それならそれでユートピア2(ナチョスの思いつき)
昼下がり。
5月の下旬、暑くもなく寒くもない一番いい季節。
こないだまで花を咲かせていた桜の木々は新緑となり、日に照らされて葉っぱが緩やかな風にそよいで揺れている。
団地の脇をジョギングしていた重松雄二の電話が鳴った。
「へいー」
と電話にでると同時に雄二は太ももあたりに軽い衝撃を受けた。
「やっぱりここを走っていたか。いつもこの時間はこの辺を走ってますもんね。コンビニから帰る途中で後ろ姿が見えたんですわ」
後ろから自転車で軽く衝突しながらナチョスが言った。
雄二はイヤホンを外しなら走るのを止めた。
「金持ちなんやからジムに行けばええやないですか?」
「クソ庶民どもの暮らしを見ながら走るのがいいんだよね」
「誰がクソ団地野郎やっ!俺の悪口は言ってもええけど、団地の悪口は言うなや!てか相変わらず口悪いですなぁ。毎日階段登るのも辛いんやで!」
さっき起きたばっかりのような格好でボサボサあたまのナチョスが答えた。
「あ、そうそう。実はまたおもろい話がありますのや」
金持ちの雄二にいつも面白そうなネタを持ってき、雄二の金で遊ぶというのがナチョスの楽しみでもあった。
「またどうでもいいやつだろ?」
「まぁまぁ、そう言わずに。あ、まだ走るんですか?」
「もう終わるとこだよ」
「んじゃ、どっかで話しましょうや」
「オッケー、じゃ1時間後に家に来て」
雄二の家は世田谷の高級住宅地にあった。
駅から少し離れているのが逆に金持ちのステータスのようでナチョスはそのことをいつも雄二に文句を言っていた。
「駅から遠い豪邸より駅近のワンルームがええでしょ」
車もなく移動が徒歩か自転車のナチョスは何台も車を持っている重松家とは別の生き物のようだった。
重松家は戦前から続く財閥で、今でも大がつくほどのお金持ちだった。
勤勉な父や兄とちがい、雄二は仕事もしないで遊び呆けている重松家の問題児であった。しかしながら金持ちも重松家くらいに桁が違ってくると問題児の一人や二人は気にしてないようで、雄二も好き放題生きていた。
中島涼太。
通称、ナチョス。
力士になる夢をもって奈良から上京したものの、激しい稽古と古いしきたりに付いていけず相撲部屋を脱走して早10年。
いまはフリーターをしながら間もなく建て替えとなる団地に住みついて、ギリギリまで住みついて最後の一人になるのを目標としていた。
雄二が走っていたのはナチョスの住む団地の周りだった。
雄二はナチョスの6つ年上で、駅前の立ち飲み屋で知り合って意気投合をしたことで仲良くなったいわば飲み友だちのようなものであった。雄二はお金持ちの割に高い飲み屋が嫌いで、いつも商店街の安い居酒屋に出没していて、ナチョスと知り合ったのもお金持ちが来そうにない立ち飲み屋だった。ナチョスが雄二が大金持ちだというのを知ったのは仲良くなってしばらくしてからで、下心が人より多いナチョスはそれを知って一層雄二を慕うようになった。
雄二の家はナチョスの家と違い生活に必要ない高級な調度品があふれていた。
「高級な調度品よりその時必要な生活雑貨でしょ」
ナチョスは雄二の家に行くといつも口癖のように言っていた。
その後は決まって言うのは
「これ売ったらいくらになりますの?」
側面が丁寧に彫られて装飾された重厚なテーブル、重いくせに座りごごちの悪い椅子、埃の付いていないシャンデリア。
何度も雄二の家に遊びに行っているものの、いつまでたってもナチョスはその雰囲気に慣れなかった。
「ホンマ、昼は飲まんのですね」
「まあな。昼の酒は体に悪いからな」
雄二は冷蔵庫から100%のオレンジジュースを出して飲みながら答えた。
ナチョスはコンビニで買ってきたカフェオレを飲みながら、きっと自分が飲んだことがないタイプのオレンジジュースなんだろうなと思いながら色の濃いジュースを横目でみつつ
「また重松家の家訓ってヤツっすか?」
と言うと、雄二は
「俺以外、誰も実践してないけどね。親父は昼からドンペリ飲んでるし」
と答えてナチョスの前に座った。
「金持ちの考えることはよくわからんっすね」
「俺も貧乏人の考えはよくわからんけどな。んで、今回はなんなの?」
「なんかね、聞くところによると・・・」
ちょっと照れながら小声でナチョスが話そうとすると
「またいいかげんなネット情報でしょ?」
図星だった。毎回のナチョスの情報収集の甘さに雄二もあきれつつも、それくらいのネタが暇つぶしにはちょうどいいとも思っていた。
「ま、そうなんやけど。僕の見てたブログのコメント欄に書いてあったんですけど、和歌山の新宮に平家の落ち武者の集落があって、そこにある墓には宝物が仰山あるみたいでっせ。なんでも源氏が世の中を制した時、その前に天下を取っていた平家は宝を持って全国に散らばったみたいで、平家時代の宝を墓に隠しとったって噂で。それを新宮まで掘り起こしに行きましょうよ」
「また古い話だなぁ。しかも墓掘りか」
「シブいでしょ」
「シブいけど、、その話ブログのコメント欄の情報だろ?今まで以上に薄い情報だな。このSNS全盛の時代にブログって」
「それくらいの方が世間に知られてなくていいんですよ。SNSだったらあっという間にその情報が広がってしまいますからね。でね、今回の話、博物館で働いている鵜川さんに聞いてみたら、あながちない話ではないって言うてましたで」
「鵜川さん?誰それ?」
「僕もよくわからんのですけど」
「知らんのかっ」
雄二は思わずオレンジジュースを吹き出しそうになった
「まぁ、雀荘で知りおうたおっさんや」
安定の不確定情報だった。
「ま、雄二さんはあんまり金に興味ないと思うけど、観光のつもりでその宝を掘りに行きましょうよ。墓掘りってアドベンチャーでっせ!しかも新宮ってサンマ寿司ありますよ。酢の物好きでっしゃろ?」
「新宮っていってもその墓の場所わかるのか?」
「その辺の情報は現地調達ということで、へへへ」
「ま、暇だからえいいよ。どうせ俺が金を出すんだろ?」
「ヒヒヒ、そこは頼みますわ。その代わり大変は作業は僕とサトシでやりますから」
「サトシも来るの?」
「これから誘うんですよ。あいつ昼は何してるか知らんけど休みの日は大概暇してるみたいやし、酔ったら前後不覚になって記憶なくなるから女の子をダシにうまいこと言ったら付いてきますよ」
「お前、めんどくさいこと全部サトシにやらせるんだろ?俺の金を餌に」
「へへ、バレました。わたしアイディア出す人、あなたお金出す人、労働担当大臣はサトシ。出た利益はみんなで分けてウィンウィンでいきましょ」
これは厳密にいうとウィンウィンではないけど、まぁ面白そうだからいいかと思い雄二はオレンジジュースを飲み干した。
「そんな上手くいくか?」
「まぁ見とってください、あいつは乗ってきますから。ほな夜にサトシを立ち飲み屋に呼び出しますわ。雄二さんも8時くらいに来てください」