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近眼、及び液体

鮮やかな赤、が道端に転がっていた。
黒いアスファルトの中で、そいつだけが妙に立体的に浮き上がって見える。
私は、その場でしゃがみ込む。
そいつは身じろぎひとつしない。
私の指先が、そいつに触れた。

っ熱い。
今年度の太陽の異常なまでの日差しを、全て吸収し尽くしているかのようである。
拾い上げて、至近距離で見つめ合う。
表面に、白が走っている。

そいつの正体は、缶であった。
多分、コカコーラの、あの真っ赤な缶。

そいつは既に、誰かの私物を引退した、ものになってしまったのだろうか。
ならば、第一発見者であろう、私が在るべき所に戻すしかないのだろう。
無造作にサブバッグに突っ込もうとしたところ、そいつの内部が揺れる気配がする。

まだ液体が入っている。
あの黒々とした炭酸水が、脳裏に浮かんだ。

アスファルトにティッシュを広げる。
一枚一枚、丁寧に。
視界の黒が白に染まっていく感覚が、オセロの勝敗を彷彿とさせる。
ここは車の交通量が少ない。
少しの間場所を借りるくらいなら、国土交通省も目をつぶってくれるだろう。
満足したところで、そいつの口を地面に近づける。
底面を持って、逆立ちをさせる。
零れ落ちた液体は、

緑、
だった。

非常に、興奮する。
完全に予想外の出来事であった。
この液体の正体を私が突き止めなければ、との使命感で満たされる。
しかし缶の中には、液体がもう一滴も残っていない。

私は迷いなく、持参していた水筒を取り出した。
水が辺りにぶちまけられる。
手の中に残った空っぽの水筒は今から、ティッシュを絞った後の受け皿となる運命なのだ。
ティッシュを絞ると、ベタベタとした液体が手首を伝った。しばし、水の落ちる音と、蝉の声が響く、空間があった。
水筒の底から1センチほど溜まったところで、手を離した。ティッシュはまだ十分湿り気を帯びている。だが、今の私は握力が皆無なもので、これが限界だ。

味を知りたいという好奇心を埋めるために、まずは飲んでみた。
謎の甘い液体が喉を伝う。
これは何の、甘味。
腐っている可能性もあるので細かいことはよくわからないが、異国の味がした。
これが初めて知るお酒の味だとしたら未成年飲酒しちゃったかもなあ、と軽い罪悪感を覚えつつも、しばし言いようもない恍惚感に浸る。

結論、熟成させたメロンソーダ。
炎天下、かつ缶が発熱するほどの長時間も置き去りにされて、それなのに中身が残っていたという、妙な後味の悪さは残る。だが、コーラに入ったメロンソーダ、これは間違いない。
知っている緑色の飲み物のレパートリーが狭い、成分の分析をしたことがない、そんな私だから、物質としての正しい答えではないかもしれないが。
緑色に変色したティッシュを、一枚一枚拾い上げながら、考えた。

缶の元の持ち主は、コーラにメロンソーダを詰める、愉快な人間だったのだな、と。

そいつは私の手で、自販機の横の穴に、吸い込まれていった。
在るべきところに、帰ったのだろう。

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