heldioリスナーに届けるしおのはなし#15 令和6年8月8日「うみしおって自然物ですか?人工物ですか?」(8月11日改訂 注3を追加)
heldio#1163「言葉って自然物ですか?人工物ですか?」はとても興味深いテーマである。言語は果たして自然物なのか?それとも人工物か?エスペラントは特定の人物が作ったのだから人工物なのか?思いついたことをコメントしたら、早速、Ko ichikawaさんから次のような返信コメントを頂戴した。
私の脳裏を見透かしたようなコメントにびっくり🫢実は、今回のテーマは、定義するには難しく、類推で理解するしかないのかな〜、だとすると何を?などと妄想を膨らましていたところに、Koさんから、製塩法における自然と人工とは何か?という製塩の本質を突く返信が届いたのでチョー驚いた。このコメントを今回風にアレンジすれば「うみしおって自然物ですか?人工物ですか?」って〜ことになる。こりゃ一本取られました🙏などと言ってる場合ではない。今回のテーマとうみしおを絡めて何か言わないわけにはいかんだろう。
と、取るものもとりあえず次のように返信。「…岩塩や天日塩など自然にできた塩が自然とは限らず、揚げ浜や釜焚きなど人為的に作る塩が人工物とは限らず、実はむしろ逆。…」そして、詳細については後日と約束。その約束を果たすべくちょースピードでこれを書いている。とはいえ、この周辺は、製塩における肝中の肝、そしてちょっぴり難しい箇所。製塩事業者でもこれをしっかり理解している人は少ないはず。というわけで、どこまで皆さんにご理解いただけるか自信はないが、できるだけ多くのリスナーに理解してもらえるよう頑張ってみたい。
なお、今回はできるだけ早くお届けするために現時点で自分の頭の中にある情報だけで書き進めることにした。そのため、データ、名称などに間違いがあるかもしれないが、おおよその意味だけ汲み取っていただきお許しいただきたい。もちろん、後で間違いを見つけたらその都度修正したい。(といいながら注釈では書籍を参照したが…)
そもそも、自然であるとは何か?人工であるとは何か?今回の配信でも言われているようその区別は実に難しい。そして、それは製塩においても同じだ。早速、皆さんに質問である。今、世界で作られている塩にはどんな種類があるかご存知か?生産量の多い順に答えてほしい。厳密に種類を定義しはじめると夜が明けるので、原料や製法をぶっ込んだ一般的なくくりでお答えいただきたい。
ドルルルルルル〜♫(口蓋垂ふるえ音)ジャン!結果はっぴょう!生産量の多い順に、1位岩塩(4割)、2位が鹹湖などの利用(3割)、3位が天日塩(2割)、4位が平釜式製塩(1割。日本の伝統的製塩法。)となっている。各製法を簡単に説明すると、岩塩は地中に埋まった塩の塊を採掘してそのまま、あるいは加工する製法。鹹湖は塩分濃度の高い水溶液を蓄えた湖のことで、この水溶液を原料とする製法。天日塩は海水を広い塩田に引き入れ蒸発させる製法。平釜式製塩とは海水に火力を加えて水分を蒸発させる製法である。
で、これらの塩のうち、どれが自然物でどれが人工物と言えるか?今回の配信における英語や日本語は自然物、エスペラント語は人工物、という流れからいけば、岩塩や鹹湖、天日塩は自然にできたものだから自然物、平釜式製塩は火力を使っているから人工物、となりそうだが、これがそうとも言い切れないのだよ〜。(だから今回のテーマにピッタリ!とハードルを上げてみる)どういうことか?以下、述べていくが、時間の制約上、皆さんに馴染みのある岩塩に絞ってお伝えすることをお許しいただきたい。
岩塩といえば、高級レストランでステーキの真上からミルから削り出されるアレである。(悲しいかな現場に居合わせたことはない。)。今、百貨店などではヒマラヤの岩塩など実に様々な岩塩が並んでいる。色もピンクからブルーなど実に多彩で、自然物だよ〜とアピールしているようにも見える。(注1)
言うまでもなく、岩塩を作り出すのは自然の力である。簡単に説明するとこうだ。なんらかの要因で海水が蒸発する→干上がって塩だけが残る→地殻変動で隆起を繰り返す→地中に埋まり岩塩層となる。(地殻変動がないとき、そこに雨や川が流れ込めば塩湖となる。死海は有名だ。)よって、多くの場合、岩塩は地下から採掘することになる。
で、ここからが少々ややこしい。岩塩層の厚さは大きいものだと1kmほどある。そして、その岩塩層の大部分を占めるのは塩化ナトリウムで、その上下にわずかにその他の成分の層がある。(下の手書きの図をご覧いただきたい。)ちなみに、塩化ナトリウムは塩の味、すなわち鹹味を有している唯一の成分だ。そして、塩の全成分の8割ほどを占める。
ここで考えてもらいたい。このような岩塩の層から塩を採掘する場合、あなたならどこから手をつけるか?恐らく、塩化ナトリウム層に取り掛かるだろう。これがないと塩の味(鹹味)しないし、しかもまとめて大量に存在する。したがって、岩塩は塩化ナトリウムほぼ100%の塩となる。
で、この塩化ナトリウムほぼ100%の岩塩は自然物なのだろうか?もちろん、自然にできたものには違いない。人が関わっているのも採掘のみだから圧倒的に自然味が強い。しかし、その塩の成分は純度が高くとても自然とは思えない(後述)。いや、そもそも人が採掘してるんだからぜーんぶ人工物ではないか?ともいえ、この辺りが今回のテーマと繋がるところこでもある。
分かりやすさを狙ってここまで一気に述べてきた。ポカンとされている方もおられるのではないか?とりわけ、塩の成分が自然であるとはどういうことか?首を捻っておられるのではないか?もう少し我慢してほしい。ここで、塩の成分に関する二つのことについてお話ししたい。一つは、海水と体の成分比率について。もう一つは各成分の溶解度、並びにその違いがもたらすものについて。(もう少し表現をわかり易くしたいのだが😢)
まず、一つ目の海水の成分について。現在、海水中には80を超える元素の存在が確認されている。その中にはほんの微量の元素も入っている。自然界に存在が確認されている元素の数は89という。だとすれば、海水中にも全ての元素が存在するが、微量すぎて確認できない元素があるので今のところ80超、というところの解釈でよいか。(注2)
それはさておき、重要なことは、その海水に含まれる成分の比率と人間の体液の成分の比率がほぼ同じであるということだ。このことは生物の進化で説明できる。即ち、4億年前、海でしか生息できなかった生物が上陸する際につぶやいた。「体に海を抱えて上陸したらいいじゃないか?」そして、この決断が大当たり、その後私たち人類が誕生した。
母なる海から離れた私たちは、水と塩を摂ることを欠かさず、体内に海を保持しつづけ、過酷な陸の環境においても生命を維持しつづけた。(水と塩がないと海を喪失するので死ぬ。)当然、口に入れる塩は海の成分と同じのものが望ましい。となると、平釜製塩の塩がもっとも望ましく、かつ自然なもの、となる(理由は後述)。そうなると、塩化ナトリウムほぼ100%の岩塩は人工物ではないか?となる。
次に、各成分の溶解度の違いについてだ。「溶解度」は中学理科で履修するが、私の時代は、塩がどれくらいの水温で溶けるか、という実験をしながら学習した記憶がある。海水に含まれる成分の溶解度は異なる。つまり、一斉に溶けたり、逆に溶けていた成分が一斉に出てきたりしない。バラバラに溶けたり出てきたりするということだ。そして、このことが製塩における自然物か人工物か問題に拍車をかけることになる。
先ほど岩塩の図をご覧いただいたが、成分の溶解度の違いが製塩上どのような結果を生み出すか、これを見れば分かる。溶解度の低い順に成分が出てきて、層を成していく。しかも、固結するのでお互いが混ざり合うことはない。結果として、層が厚く鹹味のある塩化ナトリウム層から採掘する、ということだった。
それとは対極にある平釜製塩について述べてみよう。まず、海水を釜に組み上げる。海水の塩分濃度は約3%。その海水に火力を加え水分を蒸発させていく。塩分濃度が20%くらいに上がったころから、溶解度の低い順に成分が姿を現しはじめる(析出という)。そして、塩分濃度が25%くらいになると、主成分の塩化ナトリウムが大量に析出する。さらに塩分濃度が30%くらいになると、塩化ナトリウムに代わり、塩化マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化カリウムといった成分が析出を開始する(いわゆるニガリ成分)。平釜製塩ではこのニガリ成分が析出しはじめたころをもって製塩を切り上げ、残った水分(ニガリ)を脱水して最終的な製品とする。
(8月9日追加)で、ここが岩塩と異なるところだ。岩塩の場合は析出した成分が固結して他の成分と交わらないが、平釜製塩法の場合、液状内で析出するので岩塩のように成分ごとに固結しないため、様々な海の成分が塩の中に含まれることになる。こうなると自然物ではないか、ということだ。
このように述べると、平釜製塩で得られる塩は海水の全ての成分を含んでいると思われるかもしれないが、これは正確ではない。実は、ここがもっとも興味深いところ。最後の方に析出するニガリ成分は人体に害を及ぼす(腎臓など)ので、このニガリ成分は除去するのだ。除去して初めて自然に見合うことになる。(注3)これほどまでの人為が自然に適う事実に触れると、自然とは何か?人工とは何か?と軽々には論じられなくなる。
以上、自然にできた岩塩が人工物とも言えるし、人為まみれの平釜製塩による塩が自然物とも言えることを述べてきたが、では、人工物とも言える岩塩が、塩化ナトリウムほぼ100%の岩塩が体に悪いのか?自然に逆らっているのか?というとそんなことは決して言えないのだ。それは、塩単体を見ているだけでは結論が出せない。塩よりも上位の概念に昇って初めて解決できることになる。つまりこうだ。岩塩が豊富に取れる大陸における水は硬水が多いという。つまり、ミネラル(海水の成分と同義と考えて良い)を多く含む。よって、岩塩で不足しているミネラルは硬水によって補充されていると考えることができる。対する日本において水は軟水である。ミネラルが少ない。つまり、日本では軟水のミネラルの不足を塩のミネラルで補っている、と考えることもできる。つまり、塩単体から一段高い「食文化」というレベルに上がるとまた違った景色が見えてくる。単体だけを見て自然か人工かを判断していては見えるものも見えてこないということか?
ここまでくると、もはや「神の見えざる手」というほかあるまい。昔の人々による優れた知恵の数々もよりマクロな視点でみると自然の力に等しく見えてくる。もしかすると、今回の「自然物か人工物か」の議論は、私たちを超えたもっとマクロな視点が必要になるのかも?
な〜んて考えている私たちだって、実は「神の見えざる手」によって動かされているだけかもしれない😛
いや〜3日がかりとなった。とにかく早めにと頑張ったが、製塩に関する事項をコンパクトに伝えるのがなんと難しいことか!分からなかったらごめんなさい。質問などありましたら懇切丁寧に伝えますので遠慮なくどうぞ。
(注1)塩の色は基本的に無色透明。白く見えるのは結晶表面の凹凸による乱反などが原因。
(注2)確認された元素の数は戦前で36種、1970年頃で59種と徐々に増加しているので、徐々に89に近づいていると言えるだろう。
(注3)海水の成分と人体の成分比率が等しいのにニガリ成分を除去するのはなぜ?おかしいのでは?とおっしゃる方がいるかもしれない。素晴らしい👏たしかにそう思える。でもこれにはちゃんとした反論が用意されている。即ち、ここでいう海水とは4億年前、生物が陸地に進出したときの海であって現代の海ではない、ということだ。生き物が上陸する際に体内に抱えたわけだからそれは当然、4億年前のでしょ、というわけだ。その後現代に至るまでに海には陸地からさらにいろんな成分が入ってきた。その成分の一部がニガリ成分で、それを取り除くことにより4億年前の海を実現している、ということだ。
もし、ニガリ成分を除く必要がなければチョー楽ではある。住まいが海の近くだったら、わざわざ水分を蒸発させて塩にする必要はない。海水をタンクに入れておいて、そのままお吸い物(3倍に薄める)に使えることになる。しかし、これをやると腎臓をやられ早死にする。昔、海水をそのまま利用していたコロボックルという民族はとても短命だったそうだ。私自身はやったことはないが海水をがぶ飲みすれば顔が腫れるという(もちろん、喉の渇きも止まらないが。)。製塩とは海水からニガリ成分を抜くこと、と言い換えることもできるのだ。(こんなこと言ってる製塩事業者はいないかも。)
(特別注)天日塩が気になった方もおられると思うので一言。天日塩は自然と人為の半々というところだろう。蒸発するのは自然だが、食用の塩を作るためには(これもニガリが関係している)人為的に工程が不可欠(段階的貯水地の設定)なので、岩塩と比べるとかなり人工的に近いと言えるだろう。