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空気なんて誰にも読めない。吸って、吐くものだからね。
昨夜、乗った、タクシーの運転手さん。
高校球児みたいな髪型のせいか、可愛らしい童顔のせいか、とても若く見える男性。
「ご乗車ありがとうございますぅー。ドアにご注意くださいませぇー。それでは出発いたしますぅー」
イントネーションが独特で気になって、語尾の癖が強くて、何となく話し方に違和感がある。
その感じがふと、落語家さんの口上みたいな感じに思えて、私は、軽い気持ちで親しみを込めて
「もしかして、落研(おちけん)出身ですか?」と聞いてみた。
彼は、笑顔を崩さないままで
「いやいや、そんな、いいものではございませんっ。
私は、空気が読めないものでございますぅー。
すなわち適切な温度もわからないもので、ございますぅー。
空気が読めないものですからぁー、暑いのも気付かないものでございますぅー」と返事。
……車内のひと時の、ほんの軽いコミュニケーションのつもりで話しかけた私は、もう、言葉に詰まる。迂闊なことを口にした、と、後悔がよぎる。
どう返していいか、何を言えばいいのか、わからない。
何らかの、発達障害を抱えて、生きてきたのかなぁ。
きっと今まで、無数の嫌なことがあったんだろうな。
理不尽に𠮟られたり、お客さんに怒鳴られたり、とかも、あるのかな。
いろんな想像や、言葉が、頭の中でぐるぐる回るけれど、何も言うことができない。
空気が読めない、と繰り返すけれど、真面目に、真面目に、一生懸命、努力している感じが滲んでいて。
とても誠実に、そして律儀に、私の伝えた行き先を復唱してくれる彼。
もうニ度と、会うこともないかも知れない。
でも、ほんの束の間、乗り合わせた私は、とても快適に運んでもらえたよ。
温度だって適切で、ちっとも暑くなかったよ。
すごく安全運転だったよ。
これからも頑張ってね、て、言えば良かったかな。
空気なんて、誰にも読めないのに。誰にも、読める訳がないのに。
空気なんて、吸って吐くものなのに。
だからそんなに、萎縮することないのに。
彼は、おつりをきっちりと数え、お忘れ物はございませんかぁー、と繰り返し、するすると夜の街に消えていった。
先日、電車に乗った時、たまたま前に並んでいた、欧米人っぽい容姿の外国人力ップル。
はじめて出会った見ず知らずの彼が、電車のドアが開くとまずは彼女を、そしてわざわざ振り返って、私をエスコートしてくれた。
その、あまりにも自然な振る舞いに私は、咄嗟に泣きそうなった。泣きそうになって、うぐぅと、変な声が出た。
欧米社会のレディファーストは、むしろ女性差別の裏返し、だの、歴史的には屈辱で女性蔑視の根源、だのと、文句を言いたい人は、たくさんいるかも知れない。
一見、尊重されているように見えても、それは何の意味も持たないただの形式なのだと。
昨夜の、タクシーの運転手さんと、多分、同じくらいな年齢の彼らに、私は、曖昧な表情で、ほんの軽く会釈しただけ。
単純な言葉が、出てこなかった。
車内は少し混んでいて、空席はない。
誰も彼も、スマホに目を落としていて、妊婦さんや、赤ちゃんを抱っこした女性が立っていても、気付かない。
どういう事情や経緯で今、彼らが日本に滞在しているのか、あるいは暮らしているのかわからないけれど、この国の人たちや、習慣や、文化は彼らの目には、どんなふうに見えているのだろう。
「ありがとう」て、口に出して言えば良かった。
「Thank you」が気恥ずかしいなら日本語でいいから、とにかく言葉で伝えれば良かった。
空気を吸って、吐くように、自然に。
二人はとても素敵な笑顔で、楽しそうに、駅の雑踏の中に消えていった。
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