振り込め詐欺の詐欺師くんと、深い暗闇の底③
ある日かかってきた二度目の「振り込め詐欺」電話。詐欺師くんは正体がバレたあとも、何故かガチャ切りしないまま、私の話に付き合ってくれた。
騙される方が悪いんすよ、と詐欺師くんは言った。これもまた、世の中に根深くはびこる屁理屈の一つだ。
自分は起業した実業家で、賢く商売をして経済活動をしている。これほど警察もマスコミも騒いでいるのに、ちょっと儲かると思うと簡単に騙される。
バカじゃないですか? だからいつまでも無くならないんすよね、と、電話の向こうで笑っているのがわかる。
私はだんだん、電話の相手が、自分の子どもと重なって見えはじめた。
詐欺師くんの中にある、何か底知れない、社会や大人への怒りと憎悪。そして私の子どもの中から今なお消えない、親や教師や、取り巻く社会全体への根深く激しい憎悪。
それらはきっと同じ種類のもので、あるいは無差別殺人を企てるような人たちとも、どこか共通している感情なのかもしれない。
私はつい、説教口調になってしまった。
私(以下 ㋻) 「こんなことを続けていれば、いつかきっと後悔する日が来ますよ。自分の過去を悔やむ日が来る。でも、その時はもう遅いですよ?」
詐欺師(以下 ㋚) 「平気ですよ。なんも怖くないんで」
詐欺師くんは、話の流れが少し変わったことを敏感に察知して、鬱陶しい説教モードを遮る。空気を読むのに過敏だ。
㋚ 「⋯⋯奥さん、なんだったら俺が相手しましょうか?」
驚いたことに、詐欺組織の多角経営には、「ホスト」部門までありそうだ。
㋚ 「年いくつですか」
㋻ 「教えません」
㋚ 「⋯⋯んじゃ、好みのタイプは?」
㋻ 「ありません」
冷たいなぁ、と、詐欺師くんは皮肉っぽく笑う。
そうか、詐欺師くんには、女性への嫌悪感や、蔑視や、あるいは恐怖の感情もあるんだ、と私は思い至る。
月並みだけど、そして勝手な憶測だけど、家庭環境や母親との関係にも、何かしらの問題があったのだろう。
もちろん、どんな事情があろうとも、彼自身も、その組織も、決して許されるものではない。
私は詐欺師くんに、軽く呪いをかけた。
㋻ 「あのね、今はなんも怖くないでしょう? だけど、怖いって思う日が来ますよ。本当に。絶対に。間違いなく」
㋚ 「そうっすか?」
㋻ 「今すぐやめた方がいい。どんなに儲かろうと⋯⋯」
唐突に、電話は切られた。
さっきまでフレンドリーに話していたから余計に、ものすごく違和感があったけれど、考えてみれば当たり前だ。彼らにしてみれば、無駄な長電話など、リスク以外の何物でもない。
受話器を戻してから、不意に訪れた静寂の中で私は、ぼんやりと詐欺師くんのことを考えた。
誰だって、生まれた瞬間から、詐欺師でも、殺人犯でも、窃盗犯でもない。多くの人は、望まれて生まれてきたのだろう。
報道で目にする容疑者や被告の、親に付けられたそれぞれの名前はみな、悲しいほどに、そのピュアな願いが込められている。
それでもどこかで、曲がり角を誤り、あるいは道そのものを誤り、思いもかけなかった人生を送る。
私は、これまでの人生で、法に触れるような犯罪とは無縁で生きてきたけれど、それもただの偶然なのかもしれない。それは、誰しも同じことだ。決して罪を犯さない、と言い切れる人など、どこにもいない。
それから程なくして、また固定電話が鳴った。
今度は、合法的かつ日本を代表するような、大企業からの電話だった。