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マネキンとか屋上とか
昔 働いていた喫茶店巡り 第二弾。
企んだわけではないのだけれど
ちょうど ぽっかり空いた時間を 持て余し
思いついて 訪れてみた。
その喫茶店は
あるデパートの紳士服のフロアにあった。
近くに焙煎もしている本店があって
デパートに出店した際の
オープニングスタッフだった。
デパートの大変なところは
お店に直接 出勤できないことだ。
従業員専用の入り口を通り
いろいろな店舗共同の更衣室で着替え
荷物を運ぶような大きなエレベーターを待ち
迷路のようなバックヤードを通り
ようやく お店に辿り着ける。
トイレも店内になく
お客様用も使用を禁じられていたので
バックヤードの遠い従業員トイレまで
わざわざ いかなくてはならない。
忙しい時間などには抜けてゆくことも憚られる。
あまり好ましい労働環境ではない。
それでも
社員食堂なるものを利用してみたことは
なかなかに おもしろかったし
それに飽きて
従業員だけの屋上スペースに気づき
そこで過ごすようになった休憩時間は
なかなかによかった。
ベンチは 空いていることはないので
人気のないフェンス近くの隙間に
自分だけの居場所を見つけて寛いだ。
同じ店で働いていた男の子にも
特別に教えてあげると
休憩時間が同じになったときは
並んで空を見上げたりした。
高校、大学と女子校だった わたしは
なんだかドラマなんかで見る学生時代みたいなんて
ちょっと フワフワとした気持ちを泳がせていた。
おとな になって
ただ それだけ っていうのが
たまらなく いいんだよなぁ。
この時間を思い出すことができて よかった。
わたしは ほこほこ とする。
わたしの変な趣味のはじまりも
このときに始まったのだと
ふと思い出す。
紳士服売り場のバックヤードには
たくさんのマネキンたちがいた。
彼らは
なぜだかコミカルなポーズをしていたりした。
お茶目な社員さんがポージングさせたのか
夜中に動き出した彼らが
人間が来た瞬間に動きを止めた結果なのか。
わたしは
携帯のカメラで彼らを撮るようになった。
哀愁のある背中
理想の胸板
精悍な横顔
お茶目なポーズ
その時の写真が残っていないのが残念だ。
思えば それがはじまりで
街角でマネキンが気になって
写真を撮ることが多くなった。
その趣味は 今でも続いている。
なにやら
珈琲に関係のないことばかり思い出した。
久しぶりに来た店内は混み合っていて
カウンターの隅に場所を空けてもらい座る。
珈琲の淹れ方。
懐かしい。
ネルドリップを初めて習ったのは
この店だった。
ゆっくりと ひと口目。
「普通に」美味しい。
この「普通に」美味しい。が
わたしは 結構重要だと思っている。
ひと口目には「ん、おいしい」とホワッとする。
激しく感動するほどではないから
その後は
珈琲に気を遣わずに 自分の時間に入ってゆける。
寄り添ってくれる存在。
さりげない だけど 確実な美味しさ。
喫茶店での主役は 珈琲ではなくて
そこで過ごす ひとりひとり だと思うから。
スケジュールを確認したり
メールの返信をしたり
短編の小説を1話を読んだり
ゆったりと過ごす。
たまに辺りを見回して
知っている顔が ふたり いることに気づく。
他は 知らない人ばかり。
考えてみれば10年近く前なのだ。
わたし自身が 記憶力が弱いほうなので
きっと覚えられていないに違いないと思う。
いや、
ちょっとだけ 見覚えあるけど誰だろう?
くらいには ひっかかっているかもしれない。
名乗れば思い出すかもしれない。
名乗り出ないことにする。
わたしは もう
ふらりと来た客のひとりでしかない。
それで いい。
なかなか いい時間が過ごせたので
満足して店を出る。
今日は いい日だ。
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