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僕の目標は小学5年生のあいつ

今でも覚えている、たった3秒の出来事。

同級生の「ここどうぞ」という声

たったそれだけ、それだけが今でも僕の心に強く残っている。

その時の話をしたい。


 小学5年生の頃、ある塾に通っていた。

 塾へ向かうバスの中で、塾でのクラスのいじられキャラ、あるいはお調子者、僕とは特に仲良くないそいつが途中で乗ってきた。

 僕に気づくなよ、と心の中で唱えながら目を伏せたが、特に何もなく、そいつは座って、バスが出発した。

 次のバス停でおばあちゃんが乗ってきた。元気そうだし、知らない人に声かけるの怖いし、と言い訳を並べながら、目を逸らした。僕は席を譲ったことがなかった。そのときの居心地の悪い罪悪感もよく覚えている。

 「ここどうぞ」と、あいつの声がした。

 あいつが、おばあちゃんに席を譲った。その瞬間、衝撃が走った。ぎこちなさを感じない、流れるような譲り方だった。そいつは、勇気を振り絞って譲ったようでもなく、ただ当たり前のように席を譲った。


「ここどうぞ」

たった一言、5音の違いが、そいつと僕の違いだった。

それから僕はそいつを尊敬している。

忘れられない。忘れてはいけない気すらする。

「おもいやり」を「当たり前」にできるそいつは、本当にすごいと思った。

そいつは、一瞬にして僕の目標になった。

頭の良さより、何よりも、僕はそういう人間になりたい。本気でそう思った。

誰かに席を譲るとき、いつもあいつを思い出す。

僕はずっと、あいつには勝てない。

小さな優しさも、きっと誰かは見ているだろう。

小さな意地悪も、きっと誰かは見ているだろう。


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