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本城美智子『十六歳のマリンブルー』《砂に埋めた書架から》19冊目

 1986年度、第10回すばる文学賞を受賞した『十六歳のマリンブルー』

 のちに今関あきよし監督により映画化されたことで、このタイトルを小説ではなく、映画として記憶している人も多いことだろう。(私は残念ながら未見)

 現在なら、このような“超ベタ”なタイトルは絶対につけないと思われるが、「十六歳」という多感な年齢と「マリンブルー」というカラーの取り合わせは、この作品が「青春文学」であることを衒いなく伝えており、あの時代の空気でなければ生まれなかった直球ど真ん中のタイトルだと思うと気持ちいい。

 主人公のえみは、神奈川の観光地で有名な江ノ島に、母と兄の三人で住んでいる。
 16歳で、決して裕福ではない家に育ち、恋も知らず、夢もなく、静かに人生に絶望している女の子だ。
 しかし、そのような深刻な暗さは、えみのとりとめもないおしゃべりの連続で、すっかり隠されている。自立するにはまだ未熟であることを自覚しているこの女の子は、自らを家族の中のペットと位置づけ、母と兄にわざと無茶なふるまいや、支離滅裂な言動で困らせたかと思うと、妙に媚びたりすり寄ったりし、養ってもらっている負い目を、可愛がられることで奉仕しようと考えている。

 この作品の魅力は、やはり主人公の突拍子もないおしゃべりであり、また、それを相手にする母や兄との会話であろう。
 何を考えているのかわからないこの年頃の女の子にありがちな言葉の言い回しは、同級生の男の子や大人をも翻弄するレトリックに満ちていて、ああ、こういう感じの子、いたっけなあ、と出会ったこともないのに、そんな子を知っているような、そんな感覚を呼び覚まさせてくれる。

 それにしてもえみの持つ「あやうさ」は、現代では驚くほど純粋に映る。えみのような女の子は、あの頃以上に風俗が過激に乱れてしまった21世紀の日本に、果たして潰されずに存在し得るだろうか……と、そんなことまで考えてしまうくらい、十代の女の子を巡るこの社会の変化を私は危惧してしまった。悪いのは大人だ。私は断言する。

 作者の本城美智子氏は、これがデビュー作。
 かぎかっこを外した会話文が特徴で、この小説スタイルは以後に続く四作品、

『行方不明の犬の場合』(1987)
『彼と彼女の百の微罪』(1988)
『ぼくの惨憺たる一週間』(1989)
『夢境の花』(1990)

 まで貫かれる。

 私は、そんな本城氏の新作を、今か今かと十六年待ち続けているファンのひとりである。


書籍 『十六歳のマリンブルー』本城美智子 集英社

◇◇◇◇


■追記■

 この書評(というよりは感想文)は、2006年8月に作成したものです。

 まず最初に、小説のタイトルを「超ベタ」などと評してしまったことを申し訳なく思います。ごめんなさい。

 私は本城美智子さんの新作が発表されるのを、辛抱強く待ち続けています。
 けれども、もう新作を読むことはできないのかも知れません。二〇一五年四月に、本城さんは永眠されてしまったからです。

 私がその訃報を知ったとき、すでに亡くなってから二年が過ぎていました。新作が出ていないかと思い、久し振りにインターネットで検索したら、逝去されたことを知らせる記事が目に入ったのです。あっ、と短く声が出ました。

 最初に読んだのは、平成元年に発行された集英社の文芸誌「すばる」七月号に掲載された『ぼくの惨憺たる一週間』というおよそ二二〇枚くらいの作品でした。私は久し振りに小説を読んで興奮しました。いい小説に出会ったとき、私がとる行動はだいたいいつも同じです。読み終えた直後、最初のページに戻り、ゆっくりと文章を噛み締めながら、また一行目から読み始めることです。

 小説の冒頭を引用します。

 地上五十一階の眺めがもたらす眩暈イリンクス、ぼくはこれが好きだ。どんなに高い建物を作りあげたところで、垂直に這う機械でしかない人間は、足の裏に地面のつづきを貼りつかせていることにかわりはない。遠い地上に目をおとせば、墜落の恐怖と墜落へのひそやかな願望がうずまいて、羽根をすっかりもぎ取られた鳥の気分を味わい、楽しむ。

本城美智子『ぼくの惨憺たる一週間』すばる1989.7月号:


 この作品は、書籍化されていません。おそらくこのまま埋もれてしまうことでしょう。“ニューウェーブ純愛小説”と謳われながらも、今となっては三十年も前の作品です。ただ、この小説に感動し、この小説を好きだという気持ちを、いつか作者に伝えたいと私は思っていました。SNSが発達した現在なら、それも可能ではないかと思っていました。しかし、それはもう叶わなくなりました。

 この作品の後、本城さんは『夢境の花』という四四〇枚の長編小説を刊行しました。夏になると今でも読み返している大好きな作品です。これが小説としては最後の作品となっていますが、私はまだ信じることができません。私は本城美智子さんの新作を、今か今かと二十九年待ち続けているファンでいたいのです。

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