挨拶に行く前夜
結婚指輪は給料の何ヶ月分だっけ?
ぼくは空港のロビーで彼女に頓珍漢な質問をしていた。これから横浜に住むぼくの両親に初めて挨拶をするために途立つわけだが、彼女は閉じた唇の間から息を吐き、ぷるぷるぷると音を立てて子供のように遊んでいる。余裕があるのだ。
「決まりはないんじゃない? でもシンプルで永く使えるものがいいな」
山形から羽田まで一時間。そこから電車を乗り継ぎ横浜のホテルへ。二人とも仕事があるので翌日には戻る予定だ。元町の宝石店で指輪を買う。横浜で買えたことが、田舎住まいのぼくらには十分な記念だった。喜んでいる彼女を見て、しばらくはこれより高価なものは買ってあげられないことを心の中で詫びる。
二人で夜のみなとみらいを眺めた。両親には明日の朝、彼女を紹介する。夜景の中で彼女は唇をぷるぷるぷると鳴らしている。ぼくは十年付き合って初めて知った。これが緊張しているときの彼女の癖なのだと。
(了)