【ショートショート】エイドフィリア
「荷物、持ちましょうか」後期高齢女性の食材や日用品がぎちぎちに詰まったレジ袋を代わりに持つ。僕は「あぁ、人を助けるって心地がいいものだなぁ」と心の底から思う。別に他者貢献とか、道徳的にこうあるべきとかいう大層な動機じゃない。ただ僕がしたいからそうするだけだ。見返りを求めるわけでも人間関係を優位に運ぶための打算ということでもない。とにかく人助けがしたいのだ、僕は。
9月だというのに秋の気配を微塵も感じさせない暑さ。真昼間のコンクリートジャングルは地獄だ。コンビニエンスストアで清涼飲料水を買いがてら涼む。会計を済ませようと列に並んでいると、僕の前で支払いを行っていた大学生風の女性がワイヤレスイヤホンを落としたことに気が付かないまま店を出ようとしていた。僕はすぐさまイヤホンを拾い、外国人店員の「ポイントカードやアプリなどは…」という呼びかけを無視して彼女のもとへ駆け寄った。「あの、イヤホン」女子大生は振り返ってすぐに、僕が彼女のイヤホンを届けにやってきたことを理解したようだった。店員の声をちゃんと聞きとれるよう、会計中にわざわざイヤホンを外す律儀さを前に体が勝手に動いてしまった。ああいう、人の誠実な部分を目の当たりにしたら、助けずにはいられない。気が付くと彼女は横断歩道を渡って向かいのほうへ消えていったあとだった。僕は人助けの幸福感に包まれて身震いしていた。
僕は通勤手段として電車を利用している。無個性のスーツを着て、決まった時間に乗車し、決まった時間に決まった場所へと向かう。今日も優先座席で目的の駅への到着を待ちながらぼんやりと考える。そんなルーティンを繰り返して数年、同じ車両に同じ顔ぶれ。中には見かけなくなった人もいる。同じ空間に居合わせているということ以外なんら接点はないが、何度も顔を合わせていると親しみを覚える。単純接触効果も馬鹿にできないものだ。
彼らはどうしているだろうか……
停車する。杖をついた老人が乗車してくるのを視界にとらえる。計画通り。あの老男性が乗る駅に到着するこのタイミングは必ず、座席が埋まり切っている。このためにとっておいたんだ、僕は。
「よかったら、お座りください」立っているのがつらそうに自分の足を目でかばう老人に席を譲る。前々からこのおじいさんには目をつけていた。日によって現れないこともあるが毎週水曜日は必ずこの車両に乗ってくることはここ数ヶ月の観察で明らかだ。彼のために僕は熾烈な座席の奪い合いに身を投じ、勝ち取ったこの椅子を温めていた。足の悪い高齢者に席を譲る若者、なんて絵に絵に描いた親切なんだろう。僕はいま、猛烈に親切をしている。あぁ、人助け、気持ちがよすぎる。あ、ンっっっっっ
席を譲ったおじいちゃんの目の前で僕は棒立ちのまま、恍惚の表情を取り繕うことなく射精した。