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【妊娠中の胎児発生解説note】⑥34週の壁、肺が完成

 筆者は現在妊娠34週を迎えました。いわゆる「34週の壁」に到達したのでもう生まれてきても大丈夫だと思われます。受精卵から始まったヒト発生がいよいよクライマックスと思うと感慨深い……!

 34週には肺が完成すると言われていますが、今回の記事では具体的に肺がどのような状態になるのかと、肺の研究が進み胎児が救えるようになったドラマチックな物語をご紹介します!

●妊娠中に乗り越える壁

 妊娠週数のうち特徴的な週数には「〇週の壁」と名前が付けられています。人によって分類の仕方はいろいろですが、主だった壁は以下の6種類かと思います。

・心拍確認の壁:受精~着床~初期発生(心原基形成)までできた
16週の壁:いわゆる安定期(妊娠中期)
22週の壁:流産から早産に変わり、堕胎できなくなる
24週の壁:胎児が750gを超え、早産児の生存率が高まる
34週の壁:肺が完成し、生まれてきてok
37週の壁:早産から正期産に変わる

 生存率は24週頃に80%を超えますが、24-33週に生まれるとまだ赤ちゃんの臓器が十分できておらず、積極的な治療が必要になります。また何らかの障害が残ったり合併症を抱えたりするケースが多くなります。
 一方、34週を超えると赤ちゃんの臓器が概ね完成し、肺の成熟により自力で肺呼吸できるようになります。外の世界で生きる準備が整いました。
 37週未満での出産は早産なので医学的な介入をする可能性はありますが、赤ちゃんの状態をチェックし身体の機能を補助するような治療・処置に留まり、障害や合併症のリスクはかなり減少します。

図1-1 出生体重別NICU生存率(N=16,001)
図1-2 在胎週数別NICU生存率(N=12,918)
出所)大阪府母子保健総合医療センター, 低出生体重児保健指導マニュアル, 発行:平成24年12月, 平成24年度厚生労働科学研究費補助金

●肺の中に洗剤ができる

 私たちは普段無意識に呼吸していますが、これは頑張らなくても肺胞が自然と膨らみ、空気が入って酸素の取り込みと二酸化炭素の排出をしているからです。
 肺胞の中にはサーファクタントという洗剤のような物質があり、表面張力で肺胞を広げる役割があります。原理は少し難しいですが、サーファクタントが泡立って肺胞を広げるようなイメージと思ってください。 

 できたばかりの胎児の肺胞にはまだサーファクタントがなく、肺胞は伸縮性のない袋のような感じであまり広がってくれません。
 34週になると肺胞の細胞がサーファクタントを産生し、肺が膨らめるようになります。

図2 肺の成熟
出典:病気が見える 産婦人科 第10版

 胎児がお腹にいる間は肺が羊水で満たされていて、肺胞が膨らむ必要もないのですが、外の世界に出てきたら肺胞が大きく膨らんで、できるだけ空気と接する表面積を広くする必要があります。

 でも、34週を待たずに生まれてきてしまう赤ちゃんもたくさんいますよね。肺が十分成熟しないまま生まれてしまうと、肺胞が広がらないので赤ちゃんはめちゃくちゃ頑張って息を吸ったり吐いたりしないといけなくなってしまいます。この状態は呼吸窮迫症候群(RDS, Respiratory Distress Syndrome)と呼ばれ、治療が必要となります。

図3 肺の成熟とRDS
出典:病気が見える 産婦人科 第10版

●呼吸窮迫症候群の治療

 呼吸窮迫症候群の治療は、外から肺胞にサーファクタントを入れるというシンプルな方法です。17年前の論文ですが、実際に赤ちゃんに挿管しサーファクタントを入れている写真がありました。

図4 人工サーファクタント補充の実際

 人工サーファクタントはいくつかの製品が出ており、日本の製薬メーカーでは田辺三菱製薬から「サーファクテン」という名前で販売されています。初回投与は生後8時間以内が望ましいとされており、投与後は肺全体にサーファクタントを行き渡らせるために何回か体位を変えるようです。

 呼吸窮迫症候群では肺が十分膨らめないため、レントゲンで肺が白く映ってしまいますが、人工サーファクタントを補充すると肺に空気が満ちて白い影が映らなくなります。

図5 人工サーファクタント補充前後のRDSの胸部X線写真
出所)千田勝一, 岩手医科大学医学部小児科学講座, 肺サーファクタントの基礎と臨床, 小児保健研究 第64巻 第2号 2005(157-163)
田辺三菱製薬株式会社, 新生児呼吸窮迫症候群治療剤 サーファクテン気管注入用120mg 添付文書 2015年4月改定(第11版)D8

●早産児が救えるようになったのはサーファクタント研究の成果

 今から120年前、1903年に初めて呼吸窮迫症候群が報告されました。今よりずっと早産児の死亡率が高かった時代、一つの理由が肺の異常ということがわかりました。
 その後長年にわたり原因や治療法が研究されましたがなかなか原因がわからず約80年の時が流れました。まさか肺のなかに洗剤のような物質があり表面張力で肺胞を広げているとは誰も思わなかったのでしょう。そのうち「サーファクタント説」が出てきましたが、動物実験で証明できてもヒトの赤ちゃんで証明できない時代がしばらく続きました。
 1980年、岩手医科大学の藤原哲郎先生が人工サーファクタントの補充で小さな赤ちゃんでも息ができるようになると報告し、著名な医学雑誌Lancetの巻頭論文を飾ります。
 それまで動物から抽出したサーファクタントはヒトの体内で固まってしまい使えなかったのですが、藤原先生は動物のサーファクタントに化学処理をすることでヒトの体内でも使えるように改良し、実際にサーファクタント補充で多くの赤ちゃんを救うようになりました。先ほどご紹介した田辺三菱製薬から出ている「サーファクテン」もウシ由来のサーファクタントです。

図6 サーファクタント補充のイメージ

 今ではステロイドを妊婦に注射すると胎児のサーファクタント産生が増えることもわかっており、妊娠後期で早産の可能性がある場合にステロイド注射が行われることもあるようです。


 早産で生まれても生存率が高くなっている背景に、洗剤のようなサーファクタントの研究物語がありました。
 実際に早産になってしまった産婦さんは「もう少しお腹にいさせてあげたかった……」と考えてしまうと思うのですが、出産は赤ちゃんと母体のタイミングで決まるので、きっとその親子にはその時期がベストだったのだと思います。赤ちゃんを信じて、元気に退院できる日まで1日ずつ乗り越えてください!
 
 そして34週を超えたらもう赤ちゃんは外の世界で生きる準備ok! という状態なので、いつ出産になっても大丈夫なように準備をしたり、マタニティライフのラストスパートを無理ない範囲で楽しんだりして、赤ちゃんと会える日が来るのを待ちましょう。


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《終わり》

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