【介護】開かれたシステム
お願いばかりする側というのは、どうにもものが言いにくい。
たとえば、幼い我が子を預ける園で、なんとなく先生との相性が合わないなんてことはないだろうか。
そんな時、親は不安になったりする。けれど、そんなことど言いにくい。
介護だって同じだ。
ドライな対応をされる地域包括センターの担当者さん。もっと早く動いてほしいと思ってもこちらはお世話になる側だ、その一言が言い出せなかった。そんなふうにジリジリと悩んでいる間に2週間ちょっとが経過した。わたしはもうふらふらで体も悲鳴を上げているとお伝えした。ご専門ならきっと我が家の状況はお分かりだろうと思っても、反応はほとんどなかった。
相談したケアマネの友達には、そんな時には担当を変えてもらうといいよ言われてはいたけれど、それでも機嫌を損ねるのも大変だといえなかった。恐ろしかったのだ。唯一助けを求められる場から切り離されそうな恐怖があった。だから言えなかった。
ところが、母の介護保険料の支払いの行き違いで、ひょんなことから役所の方とお話をする機会があった。その時、まあ役所の方だしと、感じたままをお話ししてみた。すると、その方が実に優しかった。いつもの担当者が決して口にされないような労りの言葉が帰ってきた。驚いた。
実はもう諦めかけていた。これが介護の現実なんだろうなと思っていた。これからどれほど恐ろしいことが始まるのかとぞっとしていた。何を相談しても、「あゝ、ありますよ、そんなこと。わたしだってありましたもの」と返される。そうじゃない。わたしが聞きたいのはそこから先なのだ。だったらどうしたらいいのかを知りたいのだ。そんなことばかりが続いていた。
そんな不毛な2週間ちょっとを1人で孤独に耐えた。
すると早かった。役所の方が迅速に動いてくださったのだ。そして、あっという間に地域包括センターの担当者が変わった。なんと、こんなことがあるのかと驚いた。
それから、数日後、訪問看護師さんと契約を交わした。担当者が変わると何もかも変わって、家の中にはレンタルの介護用品が増えた。あれほど進まなかったさまざまなことが嘘のように進んだ。
その看護師さんの説明の中で、これから始まる介護の中で、たとえば、ケアマネさんや看護師さん、医師との間で何か困ったことがあれば、いつでも電話相談ができる窓口があると教えてもらえた。なんてこった。これほど開かれていたとは。
人と人とが濃密に触れ合う場だ。きっとこれまでも色々とあったことだろう。だからこそ、介護を受ける側は溜め込まずに相談ができる仕組みが作られているのだろう。
こんな素晴らしい仕組みがあるのかと驚いた。
これが子どもたちの学校にもあれば、おそらく親も子も追い詰められることがなくなるかもしれない。あらゆるところに窓口がある。介護される側が我が家のように家族と暮らしているとは限らない。独居だって普通にある。その説明の文書の中には、虐待の文字もあった。あゝ、良かったと思えた。
開かれているのが好きだ。それは誰だってそうだろう。
感動した。
これから始まる本格的な介護に向けて、心底安心できた。
言いにくいことほど言わなければならないとは思っている。けれど、その世界がどんな世界なのかもわからない状態ではなかなかものは言えない。
だからこそ、勇気を持って口にした人を受け止める仕組みがあるってことは、本当に素晴らしいと思えた。
※最後までお読みいただきありがとうございました。
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