映画『初恋のきた道』〜私の初恋こんなだったかな〜

はじめに

こんにちは、Umiです!

皆さま、
初恋って覚えてますか?

と、唐突な質問、
大変失礼いたしました。

実は、
うちの映画好き社長と話していたとき、
この映画が特に推しだと教えていただき、
視聴してみました!
本日はその感想を書いていきます。

前情報

本作は、
ジャッキーチェン主演映画
『ラッシュアワー2』などの
ハリウッド作品をはじめ、
日本でもCM出演があり、
とても顔馴染みのある
章子怡(チャン・ツィイー)の映画デビュー作!
とのこと。
恋愛系映画はあまりチョイスしない私なのですが、
自分の勤めてる会社の社長の趣向が気になる。
ということで、
見ないわけにはいきませんでした。笑

感想をはじめにまとめておくと、
・『初恋ってこんなだったな〜』と思った
・チャン・ツィイーが兎にも角にもかわいい
・恋愛映画ではなかった点が想定外!!
・見てよかった!
です。

では、
一つずつ、
感想をアウトプット。

ストーリー

都会で暮らすユーシェンは、父親の訃報を聞き、はるばる母のいる小さな農村へと帰郷した。父はこの村の小学校を40年以上、一人で支えた教師だったが、校舎の建て替えの陳情の為に町に出かけた際に、心臓病で急死したのだ。

父の遺体を町からトラクターで運ぶという村長達。だが、母のチャオディは、伝統通りに葬列を組み、棺を村まで担いで戻ると言い張った。葬列を組もうにも、村の若者は出稼ぎに出て人手が足りない。困り果てたユーシェンは、母と父の、若かりし日の出逢いを追想する。

母のチャオディが18歳の頃に、この村に初めて小学校が建つ事になった。町から来た教師は、20歳の青年チャンユーだった。一目惚れしたチャオディは、自分の数少ない服の中から、急いで赤から華やかなピンクに着替えた。古い時代のこの村では自由恋愛は稀で、アピールの方法もなかったのだ。

総出で校舎の建築を始めるチャンユーと村の男達。女達の役目は家で昼食を作り、持ち寄る事だった。チャンユーが食べるとは限らないのに、心を込めた料理を作業現場に運ぶチャオディ。学もなく、素朴な彼女に出来る事は、水汲みやキノコ採りの際にすれ違う事ぐらいだった。

実はチャンユーも、村に着いた時に見た、赤い服のチャオディが目に焼き付いていた。だが、チャンユーは文化大革命の混乱に巻き込まれ、町へ連れ戻される事になった。チャオディに、赤い服に似合うヘアピンを贈り、村を去るチャンユー。

高熱があるのに、チャンユーを探しに町へ行こうとして倒れるチャオディ。二日間、眠り続けたチャオディが目覚めた時、小学校から授業をするチャンユーの声が聞こえて来た。チャオディの病気を伝え聞いたチャンユーは、連れ戻されるのを覚悟で、許可も受けずに町から戻って来たのだ。

追想から覚めたユーシェンは、町から続く道が、母にとって意味深いものである事に気付き、村長に無理を言って葬列を組んだ。息子や教え子達と共に、夫の遺体を村へ連れ帰るチャオディ。都会に戻る前にユーシェンは、建て替えの決まった古い校舎で一度だけ授業を開くのだった。
wikipediaより抜粋

『初恋ってこんなだったかな〜』

皆さま、
初恋覚えてますか?

と、最初の質問に戻るのですが、
初恋の感覚って覚えてますか?

わたしの場合、
中学生の頃だったと思うのですが、
「いつ」かは思い出せても
「どんな風」に感じていたかが、
忘却の彼方、、、

歳を重ねるごとに
薄らいでいく当時の感性との離別が
悲しくてなりません。

しかし!!
この映画、
それを思い出させてくれる!!

ありがとう、
ありがとう、、、

私の感性はまだタンスの手前にあったようです。
引き出しを開けてくれて、
ただ、ただ、ありがとう、ありがとう。

チャン・ツィイーが兎にも角にもかわいい

母役チャオディの少女時代を演じた
チャン・ツィイーですが、
本当にかわいさの真骨頂です。

誰かに恋心を抱いた時、
あぁもまっすぐ、
見つめられるものでしょうか。
いつも彼が通る道を眺めては、
まだかまだかと待てるものでしょうか。
道の向こう側からやってくる、
声にハニカミ、
姿を目でとらえるとたちまちに
照れ笑いを浮かべ、
目が合うと、
逸らしたいような、
でも、
また合わせたいような、
そんな、
リズムのないゆりかごのような情緒を、
立ち居振る舞いの様相に
表現できるものでしょうか。
彼が去るその背中に向かって、
餃子の入った丼ぶりを抱えて、
全力疾走できるものでしょうか。。。
(このシーン、本当に、ジーンときます)

これを映画で、
形として、
演技として、
心をそこに置いてこれるチャン・ツィイー。
本当すごすぎる、、、、。

かわいいというのは、
外見的なかわいさもありますが、
それ以上に、
女の子が恋する瞬間の刹那を
自然に演じていて、
その姿がとてもいじらしく思えてしまうのです。

恋愛映画ではなかった点が想定外!!

実は、
先にも書いたように、
私は恋愛系要素溢れる映画を
自分ではあまりチョイスしません。

なぜかというと、
恋愛映画のプロットがだいたい決まっていると
見切ってしまっている節があるからです。

映画自体を否定するものではなく、
私はもうお腹いっぱいだなという、
個人的なものです。
気を悪くされた方、
すみません。。。

そして、
この作品も例に漏れず、
『初恋』とつく辺り、
きっと、恋愛映画だと踏んでいたのです。

正直、見る前の私の心境としては、
「好いた惚れた系映画かなぁ、
あまり、好きなジャンルではなさそうだなぁ、、
レンタルまでして見る価値あるかなー、、」
とか、ウニャウニャ考えてました。
シャチョーごめんなさい。

①惹かれ合う2人(意識し合う)

②2人を別つ事件

③難を乗り越える

④2人の絆深まる

⑤両思い

⑥2人仲良く幸せに暮らしましたとさ

っというイメージが、
タイトルだけで膨らんでは、
見るのを躊躇しました。

恋愛映画のパターン化された展開と、
②③が映画の予告とかで、
うまく宣伝材料にされる感じとかに、
もう、
「お水を下さい。」
と、言わんばかりに、
違う味を知りたかったのです。

でも、
私、
とても、
浅はかでした。

この作品、
恋愛要素は表向きで、
中国の歴史的背景を描き出し、
その中を生きる人々の情動を捉えた、
人情系映画だったんですよ。
(そう、私には見えました。)

今では、
激推ししてくれたシャチョーに
感謝しかありません。
(※決してゴマをすってるわけではありませんょ)

見てよかった理由

作品の設定は1950年代。
その当時中国は、
1949年に毛沢東が中華人民共和国の建国を
宣言して以来、
社会主義の礎を築いていくことになるので、
その様子が随所に見えるシーンが、
とても興味深かったです。

作中、
先生のもとへ右派の遣いが来ること、
赤が好きというシーンや描写で、
当時の中国の様子を伺い知ることができます。

またこの作品が、
1999年に公開されたことも、
意義がありそうで、
どれほどの動乱期を経て今の中国となったのか、
もっと知りたくなりました。

さらに、
2人の初恋を浮き彫りにするために、
村人の方々が現れる描写はとても効果的に
演出されていました。

自由恋愛があまりない時代背景でいて、
身分違いな人を好きになってる村娘に対し、
諦めろとか、目を覚ませとか、
反対意見を言う人がいるのかと思いきや、
みんな、
あたたかく、
2人の心を
大切にする様子。
村人に混じるように、
鑑賞しながら
2人を見守れるシーンが随所にあります。

見てよかった!

また、話の終盤に、
葬列で父を村へ連れ帰った翌朝、
息子が父と同じ教壇に立ち、
子供達に、
父が村に来て最初の日に読んだ文章、
教科書ではなく、父が作った文章を
父へ手向けるように、
母を慰めるように、
声高らかに
読むシーンがあります。
息子の声を聞き、
母チャオディは小走りに
学校へ行くのです。
その姿が、
彼を恋して学校に足を運んだ
少女時代のチャオディと重なる。
そう、
チャオディは、
ずっと、
初恋のままに、
生きている女性なのです。
もう、最後、その純粋さに、
心のジーンが波紋のように広がり、
ジーン、ジーン、ジーン、、、、
という感じでエンドロールを過ごしました。

あと、音楽!!
中国楽器での演奏が挿入されており、
中国の壮大な自然とともに、
チャオディの心の模様を立体的に表現した
演奏に感極まります!

さいごに

本作品、
R18指定です。
政治的要素があるため、
センシティブな分類として、
扱われているのかなと思います。
ですが、作品として、
とても見応えあるものです。
ご興味があれば、
見てみてください!

村人の視点とか、
書き足りてない部分がありますが、
この辺にしておきます。

長くなりましたが、
ここまで読んでいただきありがとうございました。

また、
シャチョー激推し映画シリーズということで、
感想書いていきます。

以上、Umiでした!

謝謝大家!

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