見出し画像

[書評]カレンダーとレシピを合体したら日記になった『わたしのごちそう365』寿木けい著

これだ、と思った。ほぼ日手帳は、スケジュール帳ではなくて「LIFEのBOOK」。生活や人生をそのまんま入れる器だよって謳っているが、さっき書いた『わたしのごちそう365』も、レシピ本のフリして、暮らしの歳時記だから好きなんだ。

そうかそうか、わかったぞ。
この本『わたしのごちそう365』は、レシピ本とカレンダーを合体させたのが画期的だったんだ。手帳機能がGoogleカレンダーに移行したように、レシピを載せるだけならクックパッドで十分。そんな時代に、レシピ本にはどんな価値をもつのか?

それを教えてくれる本だ。日記っぽくもあり、インスタグラムっぽくもある本書、ほかのレシピ本にはない特徴が3つある。

1:レシピを時間軸で分ける

この本は章立てがおもしろい。目次を見れば、「4月・5月・6月…」という12か月が並んでいる。レシピを「時間軸」で区切るのは、私たちの実感につよく寄り添う。

多くのレシピ本は、季節感を載せにくい。だって、レシピ化するっていつでも同じ味にできるようにするってことだもの。つまり固定化させることだ。ハンバーグは、夏でも冬でもいつもあの味。
でも、レストランならいざしらず、ふつうの食卓はそうじゃない。旬の味や、季節ごとの身体の変化や暦ごとのイベントなどにあわせて、ゆらゆらしていくものだ。

寿木さんは、そういう季節ごとの食の楽しみ方を教えてくれている。
象徴的なのは、毎月の扉にある140字のミニコラム。これは、詩であり、ノウハウでもあり。自然のうつろいを思いっきり感じながら生活する肌感覚を教えてくれる。

▼4月
走りの筍がうまく炊けたら
春の滑り出しは上々。
小さな台所で食べるには
もったいないくらいの
清々しい水と土の香りに
じっとしてはいられない質、
「外で食べよう」
友達を芝生に誘った。
帰路にくしゃみひとつ。
春はまだつぼみだったか。
▼8月
入道雲がむくむく立ち昇る頃、
台所仕事は気怠さと戦う。
大葉、生姜、レモンにみょうが、
酸と香をせっせと刻む。
ぬるい風に誘われて夜遊び、
露店の粉ものをビールで流し込む。
水風船を手に帰ればまだ日暮れ前。
遠くの花火を聞きながら、
タオルケットをぴんと張り、
長い一日をしまう。

ただただため息。季節を、こんなにまるかじりしたことはあるかね? 

これ読めばわかるけれど、寿木さんが射程にいれるのは、食べものの調理法だけじゃないんですよね。この本に通底しているのは、「日々をどう楽しんでいくか」という上品な貪欲さ。その目的にむかって、外の空気と自分の身体と、周りの人との関係と、日々のしごとと、たくさんの変数を考慮したうえで導かれたのが、一つひとつのレシピたちだ。

レシピが素敵なのはもちろんだけど、それ以上に、一瞬あとには消えてしまうこのこの刹那の空気を、おもいっきり吸いこんで味わおうとする生き方自体がかっこいい。


2:素材ありき

だから、レシピも素材ありきだ。
カレーを作ろう、ではなくって、アスパラがたくさん手に入ったからどうしよう、と考えるのがこの本のスタンス。
そして、さっき触れたように、素材は「食べもの」だけに限らないのがおもしろいところ。食欲がない」とか「時間がない」とか「嬉しいことがあった」とか、食べ手・作り手の状況も大きな素材のひとつとして取り入れている。季節だけでなく、生活の密着度も高い。

酢大根おろし
大根おろしと細かく刻んだきゅうりに醤油と酢をたらり。驚くほど食欲なし……。「夜は大根、朝生姜」と漢方医に教わって作る。レシピというほどのものではない。後ろは花豆の煮たのと、ご飯。(5月)
焼き椎茸のスープ
レシピとよぶのも申し訳ないようなものだが。グリルで焼いた椎茸と、塩ほんの少し、昆布茶の粉末、鶏ガラスープの素好量を椀に入れ、熱湯を注ぐだけ。キャベツのすき焼きと一緒に、包丁とまな板を使わないレシピ(編集者の年末進行校了日あるある)(12月)
苺とモッツァレラ 甘いジンジャー
生姜汁とアガペシロップ好量を混ぜ、苺、手で割いたモッツァレアチーズと和えるだけ。生姜は、多めで。スパークリングワインに合う。今日は嬉しいことがあり夫婦で乾杯したく保育園への迎え前に一瞬コンビニへ。苺、モッツァレア、生ハムを買う。(2月)


……と、
1:レシピが月ごとに並んでいて、
2:作り手、食べ手の状況まで練り込まれている
となると、おのずと、

3:書き手の日記に近くなる。

つまりだ。この本の読者は、料理研究家の作品としてのレシピを享受するのではなくて、料理上手で暮らし上手なひとりの女性の生活を追体験することができる。そして、いいなと思ったアイデアは借りられて、自分の生活もちょっぴり美味しくなる。

料理だけでなく、生活の味つけも変えられるのがこの本の力だ。
ただのレシピ本にあらず。

気になる方はぜひ:https://twitter.com/140words_recipe

うめざわ

さっき書いたのがあまりにも舌っ足らずだったので追記。


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?