「悲劇の果実」
「悲劇の果実」
古より隠されしその禁断の果実を食したる者の運命は非業ならぬ業を背負い生きると知ることにある。
秘伝書には秘密の蜜とも記されているのだが、その蜜は生存を抹殺する猛毒でもある。ゆえに使用法自体も果実を食いたる者しか知ることは出来ない。
いつの世にもこの果実を食べたと錯覚する者多し。今日でもそのように語りつつ「悲劇人」と称する人物達は八百屋に並ぶ果実さながらにそこかしこに存在する。
市場にて売り買いせる商品の名札を首からぶら下げて自己宣伝に忙しい。
悲劇の大安売りに庶民はただ物珍しき一瞥をするだけで通り過ぎる。われと我が身の悲劇より強い関心などあろうはずもない。これは正当な判断である。いかにも食欲を萎えさせる得体も知れぬ歪んだ形のものを金まで出して買うはずがない。
さて、「悲劇病」そこかしこに伝染して猛威をふるい、食せざる一般人にまでその病に冒されたとの情報が飛び交う始末。
その元凶や見えざりしものなれば治療の手だて無く精神科おおいに繁盛す。いつしか悲劇は狂気に転じ、方々で事件勃発せり。
人々互いを恐れ我先にと先手を打ちては愚行を繰り返す。疑心暗鬼の世の中に錯乱狂いて乱奇行。ひとを喰らい、おのれをも喰らう様さながら地獄の鬼の所業。
ひとのこころに巣くう闇の様変わりやはなはだ怖ろしきものなり。