名刺代わりの銘菓
現代ではネット通販で気軽に全国の銘菓がお取り寄せできるようになったが、旅行のお土産でその地方ならではの銘菓をもらうとやはりうれしい。
私の好きな銘菓は北海道の「六花亭 マルセイバターサンド」、東京の「銀座たまご ごまたまご」、福岡の「明月堂 博多通りもん」、そして山梨の「桔梗屋 桔梗信玄餅」だ。
特に信玄餅はおいしいだけでなく、その食べ方もエンターテイメント性があって面白い。風呂敷包みのような包みを開くと黒蜜が入った小さなボトルときなこ餅が入ったケースが出てくる。食べるときにその黒蜜を自分できなこ餅にかけて食べるのだ。初めて信玄餅を見たときにそのパッケージと自分で完成させて食べるエンターテイメント性に強い衝撃を受けた。
私の信玄餅デビューは社会人1年目のことだった。
事務職として勤めていたその事務所は来客が多く、下っ端の私は来客のたびにお茶出しに駆り出されていた。
私はこのお茶出しが苦手だった。応接室に何人入るか素早く把握し、お茶の温度や濃さに気を配り、お茶を配膳する時には席次に注意しお客様に失礼のないようにしなければならない。今でこそできるようになったことだが、社会人1年目の私にはハードルが高く、不手際ばかりでよく先輩に怒られていた。そのため来客がある日は憂鬱で仕方なかった。
そんな苦手な来客対応だったが、たまにお客様が持ってくる手土産にはテンションが上がった。
中でも一番テンションが上がったのが信玄餅だ。これは私だけではなく、先輩方もそうだった。その特徴的なパッケージに加え、遠い山梨県のお土産は他県在住の私たちにとっては物珍しかったのだ。
この信玄餅をお土産に持ってくる取引先のA社はお土産はいつも信玄餅だった。
そのため、いただいた信玄餅がデスクの上に置いてあると席を外していた先輩が「お、A社さん来たの?」と尋ねるほどだった。
信玄餅は名刺や営業資料よりもA社が来社したことを知らせるツールとなっていた。
あれから10年以上経ち転職をしてもなお、信玄餅を見るといまだにA社のことを思い出す。A社の担当者が毎回信玄餅を持って来ていたのは意図的だったのかどうかわからないけれど、少なくとも私の中ではどの取引先よりも印象に残っている。
たかが手土産だけれども、ときにはどんな名刺よりも強い印象を残すことができるのだ。そんな名刺代わりとなるような手土産を知っているのは強みだと思う。