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『さくらのはなをすごくもやした/櫻樹紀』 玉野勇希/黑田依直


さくらのはなをすごくもやした/玉野勇希

記念日に啓翁櫻の枝ひとつ買ふ咲かぬまま腐ると知りつ

アスファルトに花片かへんちらちら散り首都に土鳩は還る土を持たざり

鳩の屍は鴉に食まれつすこしづつ櫻色へと変はりゆきなむ

中指を噛むくせ直せないきみは櫻の樹にはなれない 

多分 逆さまの水面に映すダァリヤをレンズ切り取る欲望機械

さりさりと霙降る街(tabula rasa)零時過ぎ頃夜は凍てつき

殺鼠剤 ミルク ドーナツ ダルメシアン 冷凍庫には翌朝のにへ

さういへば櫻にも花言葉つてあつて母にも元カレがゐる

言葉つて無色透明(てふ誤謬)花言葉とか全部嘘です。

うまいこといひたくないな 戦争 さくらのはなをすごくもやした


櫻樹紀/黑田依直

さいはてに咲く一樹最後の一樹なれを呼びとむさくら、櫻と

天体、現世、失寵の眼と堕ちつづく櫻は霧に消えかへり、春

世界頽落その弔ひの底ひへと幾世の淵の櫻舞い散る

琥珀に眠るきみを妬みて雲珠桜毟り滅びるこの世を身捨つ

天使流罪後千年の日の島々に累々と立つさくら、うるは

天球儀軋む臥所にふかぶかと刺す花の枝 誰ぞ滴る

故郷を持たぬたましひ沈む湖に千年ののち櫻咲き初む

櫻嵐はわが鏡身の鳥に充ちアクロの丘へ ゆめ撃たれるな

櫻樹滅びし幾世を祈りつつ呪へ また雨が降るゲヘナの夜に

旅立ちのかたへの花は唄ひそむ繭籠もる世は目覚めの前と


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