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多元的民主主義を支え、主体者意識を育む理論と実践例の本。 リンダ・S・レヴィスティック、キース・C・バートン『歴史をする』



何のために歴史を学ぶのか?ということについて、「過去から学び、その過ちを繰り返さないため」と言われることがよくあるけれども、本書ではもう一歩踏み込んで、過去から学んだ一人ひとりが社会を主体的につくっていくために、どのような理論や実践があるのかが紹介されている。(原著は700ページを超えるらしい・・・。)本を読みながら書いた個人的なメモや気づきをブログにまとめておく。


何のために歴史を学ぶのか。エイジェンシーのこと


「何のために歴史を学ぶのか?」については、1962年のE・H・カーの著書が昔から有名で、だいぶ前に読んだから、久々に読み返してみようかなとも思っているところだった。



さて、今回読んだ『歴史をする』の中では、訳者の前書きと1章が特に心に残った部分だった。


「歴史をする」授業は、歴史の重要な概念にかかわる問いを立て、情報を収集・解釈しながらそれを探り、結果を説明することを通して根拠に基づいた合理的な判断を下す力や、自分とは異なる視点から理解する力、そして発信する力を育みます。それは、生徒が多元的民主社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うという目的をもっています。(訳者前書きiページより)


・生徒は、「私の歴史」プロジェクトによって、私たちは誰もが歴史というドラマのエイジェント(主体者/行為者)であることに気づきます。そして、それは、異なる他者と協働しながら最善の行動指針を決定する多元的民主社会に必要とされる、自分と違う価値観や理念をもっている人が何を考えているのかについて、知的に想像(エンパシー/共感)する力を育む土台となるものです。(訳者前書きⅲページより)


本書の中で、何度も「エイジェンシー」という言葉が出てくる。脚注では、原語は「環境に影響を及ぼす力」という意味の「Agency」で、OECDの「教育とスキルの未来〜Education2030」で「変革を起こすために目標を設定し、振り返りながら責任ある行動をする能力」と定義されていると、説明されている。日本語では「主体性」という訳語が当てられることが多いそうだが、僕は本書を読んで、「一人ひとりがよりよい社会をつくっていく力」という意味が適切なのではないかという印象を持った。そして、この後の各章では歴史を学ぶことと「エイジェンシー」が、どう繋がるのかを、いくつかの理論や実践例を通じて著者は示している。著者の主張は一貫してシンプルだった。それは、一人ひとりが「エイジェント」として、多元的民主社会への参画をしていこうということ。どちらかというと、公民的分野の方で強く意識されがちなことだけど、歴史分野こそ、単なる知識の暗記に陥らないためにも、この視点はとても大事な指摘だと思う。公民的分野では、参画についてはロジャ・ハートの著書が基本的な1冊だろう。



「エイジェンシー」を意識した授業づくりには、以下の箇所が参考になった。詳細は本書を読んで欲しい。


歴史には多様な活動と目的がある。「アイデンティティーのスタンス」、「価値判断のスタンス」、「分析探究のスタンス」、そして「情報発信のスタンス」p.5


過去にエイジェンシーをもっていた、もしくはエイジェンシーをもっているグループの一員であると自分自身を捉えていない、つまり歴史の中に自分を位置づけることができない生徒は未来像を欠くことになります。p.10


長年にわたる人間の対立に焦点を当てる、人間のエイジェンシーに焦点を当てる、解釈を吟味し、疑うことに焦点を当てる、身近で狭いミクロな範囲につなげる、大きく広いマクロな範囲につなげるp.12


歴史というドラマの参加者として


①多元的社会の前提からはじめる②一つの物語が全員の物語になる可能性がないことを知る③歴史が生きていることを忘れないp.20


自分自身が歴史というドラマの参加者であると、子どもが認識するには上に引用した3つの点が、歴史を捉える際に大事な視点だと著者は指摘している。私たちは複雑に相互に関連して社会をつくり、そして一人ひとりにはそれぞれの生きている物語がある。多くの学校で使われている教科書では、大部分が国家の歴史などマクロの歴史が中心に書かれていて、一人ひとりの物語は例えばコラムで「農家の◯◯さんの話」のようなものがあるぐらい。また、そういうことはフィールドワークなどの調査活動で学んでね、という取り扱いだ。もちろんマクロ・ミクロどちらの視点も大事だけれども、多くの中学校では「一つの物語」は入試に出題されないなどの理由で扱うこと自体が軽視されている印象がある。それに、フィールドワークをじっくりやる時間がなかなか取れない。一つの物語を大切にするには、どんな実践をしていけばいいのだろうか?


また、コミュニティの歴史の参加者として、著者は以下のように指摘している。


コミュニティに影響を与えた歴史の出来事やこれらにかかわる正義について考えることによって、生徒はそのような問題に取り組むための準備をすべきであり、より動機づけられるべきなのです。p.36


国家や民族、グローバル社会などのコミュニティを、過去の人々がどのような対立などを乗り越えてつくってきたのかを、単なる過去の出来事として扱うのではなく、今起こっている問題とも絡めながら取り扱うことが必須だろう。それが、よりよいコミュニティ、社会をつくっていく力を身につけることへとつながっていくのだ。


歴史をする探究コミュニティづくりと、「私」と歴史をつなげるには?


第3章では、歴史をする探究コミュニティをどうつくっていくかという言語活動の実践例がいくつか紹介されていた。その中でも、以下に引用した2つの文章が、そもそも「探究するコミュニティ」を何のためにつくっていくのか?という根っこの部分だろう。


掘り下げる形で行う歴史探究を繰り返すと、過去の出来事を受動的に受け止めるだけでなく、また現在のように知らないうちに被害者となるのではなく、歴史への参加者として自らを認識するようになっていきます。かつていた人たちと同じように、自分たちも現在と未来を変えられるということです。p.128


生徒が過去を想像的に考えられなかったり、周りの世界に関する掘り下げられた情報をもっていなかったり、多様な可能性に気づけていなかったとしたら、隣に住んでいる人も理解できない可能性が高いのです。p.129


自分も歴史の参加者であるという実感をもつことで、自分も現在や未来を変えられるということに気づく。そして、ともに歴史をつくっていく仲間には、多様な考えがあるということに気づいていく。これは、社会科や歴史の授業だけでなく、学校教育のあらゆる場面で行われるべきものだと思う。そして、その具体的実践の1つが第4章で書かれている「私の歴史」プロジェクト、である。詳細は本書を読んでもらいたいが、「エイジェンシー」を実感する歴史の最初の授業として、とても重要なものだと思った。このプロジェクトの意義については著者は、以下のように述べている。


できれば低学年で(必要であれば、そのあとにも)歴史とは何か、彼ら自身にも歴史があって、自然界にいるのと同じように自分たちが歴史の真っただ中にいるということを学ぶ必要があります。p.170


授業で使えそうなアイディアの個人的メモ


他にもいくつか授業に使えそうなことを個人的なメモを残しておく。


  • p.89 事実と誇張についてのミニレッスン

  • p.92 絵本『unspoken』や『Underground』を用いての奴隷についてのミニレッスン




  • p.188 教室の歴史の掲示物を子ども達と作っていくことのアイデア

  • p.224アウトプットの様々なパターンが提示されている。表に、「宣伝広告」「キャラクター相関図」「ディジタル・ドキュメンタリー」「伝記」「博物館展示」「ニュース放送」「詩」「歌」などの知識を自分のものにするための創造的な活動が紹介されている。

  • p.249に紹介されていた、ドキュメンタリーについて、「作品部門」「動画編集部門」「ナレーション部門」「特殊効果部門」「音楽トラック部門」に対して独自の「オスカー」を発表するという活動は面白そう。この活動をしている先生は、活動中に「舞台裏のドキュメンタリー」ということで、生徒達にインタビューをしている。

  • p.301 「歴史展示館」をつくりだす。日用品の変化の歴史についての探究。探究の成果を、子ども達と一緒に年表にする活動がある。

  • p.316 討論の授業で、対立を学びの中に位置づけることの重要性が書かれている。「アメリカの生徒は政治システムでの対立よりも意見が一致するほうが大切であることを理解しているわけですが、実際に対立をどのように対処・解決し、さらに対立が残る場合にはどうしたらいいのかについては知らないということが研究では明らかになっています。」

  • p.335 伝記形式の詩の作り方


今年の目標の1つ 社会科とライブラリーをつなげる


ここで紹介される先生達の実践には、授業の導入や足場掛けに歴史関係の絵本や物語を紹介していることが多いと感じた(ほとんど未邦訳のもの)。どういった絵本や物語を授業に使用可能なのかを、ライブラリーが充実している職場なので、今年1年間で整理していきたい。また、訳者の一人の松澤剛さんは、著者紹介で、「私にとって本書は『歴史教育「再」入門』の続編です」と書いてあった。この本も面白かったので再読しよう。



次は、『歴史をする』の著者2人が共著で書いた以前の著作を読みたい。結構な値段がするので躊躇をしていたのだけれども、こっちの方がより面白いという意見を多く聞くので楽しみだ。




4/25追記 この本についての過去の論文、田口(2008)が参考になる。


https://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/files/public/2/26067/20141225100535920456/BullGradSchEducHiroshimaUniv-Part2-ArtsSciEduc_57_59.pdf


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