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コロが泣く理由

なぜ何十年も前に飼っていた犬のことを思い出したのだろう?

コロという名前の薄茶の牝犬のこと

小学4年の、たしか冬の夕方、コロを散歩に連れて行かなければと責任感と面倒くささの間で鬱鬱としながらテレビを観ているうちに暗くなって、母が夜勤前に作っていったカレーを妹と黙って食べた。

今日も散歩はやめだ....。

自分が食べ終わるとご飯に味噌汁をかけ鍋で温めたのをコロに持っていく

もうずいぶんと年老いたコロは
真っ暗な裏庭で遅い晩御飯を待っていた
それでも彼女はそんな僕を諦めないで
首を伸ばし鼻を擦り寄せ僕を求めてくる

僕はほんの数秒、首の下を掻いて
言い訳のように頭をなでると
ストーブのついた台所へと戻った

コロが嫌いになったのではない...

コロの腹に腫瘍ができた

そして腹の腫瘍が柘榴のように爛れてしまったある日、母が「あれは乳癌でもうダメなのだ」そう僕に言った。保健所に連れて行くのだと

母の運転する車に乗せると久しぶりのお出かけに嬉しそうに尻尾を振るコロ

僕はただ押し黙って一緒に車に乗った

事前に連絡してあったのだろう保健所では小柄な50歳くらいの、片足を引き摺りながら歩くおじさんがすぐに「ここに入れて下さい」と鉄製の檻の扉を開けた。
コロは何が起きているのかわからず混乱して抵抗した。いや、わかったから必死にもがいた。
コロの様子におろおろと泣きだす僕を母は
「あなたも手伝いなさい!」と叱りつけながらコロを檻に押し込んだ。

コロの長くいつまでも切れ目なく続く鳴声と「なんで!なんで!」とグズグズする僕におじさんは「もういいですよ、あとはこちらでやりますから帰って下さい」とうんざりした風に言った。母は僕の手を引いて「仕方ないでしょ」と振り帰りもせず歩き出した。

帰りの車で僕に「注射で安楽死させるのだ。それにしてもあの人、見てるだけで手伝ってくれなかった」と何の感情もないように言う母。その横顔をはっきりと覚えている。母はいつも強い人だった

コロは死ぬのが怖くて泣いたのだろうか?

そうではなかったのだと思う...
僕がさよならも言わずに最後の時を見も知らぬ誰かに押し付け、僕たちの事を終わりにしたことがきっと悲しかったのだ

何より僕が彼女を愛することを怖れているのをわかって泣いたのだ

泣いたわけがわかってコロの夢をみなくなった。いや、わかるはずもなく、ただわかりたいと思うようになったことが今の僕に必要だったのだろう。

コロはもういない






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