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ノーススターメトリック(NSM)を使ったゲーム制作整理方法。〰️プロマネ、プロデューサーのための考え方〰️
~ユーザー体験とビジネス成果を両立させる“北極星”~
はじめに
ゲーム開発は、技術やデザイン、マーケティングといったさまざまな領域が交錯する複雑なプロセスです。その中でも、開発チーム全体が「何を最優先すべきか」を明確に共有することは、成功への鍵となります。
従来、売上やダウンロード数、プレイ時間といった定量的な数字はプロジェクトの指標として重視されてきました。しかし、ゲームにおける「面白さ」や「達成感」といったユーザー体験は、必ずしも数字だけでは測りきれない曖昧な要素でもあります。
そこで注目されるのが、ノーススターメトリック(NSM)です。NSMは、単なるKPI(重要業績評価指標)とは一線を画し、ユーザーが「このゲームで本当に価値を感じる瞬間」を捉えるための、チーム全体が共有すべき唯一の指標です。この資料では、NSMの必要性や導入するメリット、そして実際の導入プロセスや注意点について、具体例とともに解説していきます。
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NSMが必要な理由と導入するメリット
ユーザー体験の定量化と現場感覚の融合
従来、ゲーム開発では以下のような課題がありました。
定性的な評価の曖昧さ
ゲームの「面白さ」や「達成感」は、言葉で表現するには非常に抽象的です。たとえば「爽快感」や「やりこみ感」といった表現は、個々の感覚に依存しがちです。数字だけに偏った評価のリスク
売上やダウンロード数といった結果指標だけでは、現場が本当に大事にすべき体験や改善点が見えなくなることがあります。たとえば、「10億売れるものを作れ」という漠然とした指示に従って開発を進めても、実際にはユーザーが感じる面白さを逃してしまう危険性があります。
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NSMの役割は、こうした問題点を解消することにあります。
NSMは、ユーザーがゲームを通じて感じる価値の瞬間、つまり「コア体験」を定量的に捉えます。これにより、現場の感覚と数字が融合し、プロジェクト全体の方向性が明確になります。
NSMはユーザー体験を数値化し、チーム全体で共通の目標として設定できる。 現場の直感やアイディアを数字に落とし込み、無駄な施策や費用の浪費を防ぐ。
チーム全体の一体感と方向性の統一
NSMを設定すると、プロジェクト内の各部門が同じ「北極星」を共有することになります。プログラマー、デザイナー、企画、サウンド、マーケティングなど、各専門分野がそれぞれ独自の指標を持つと、時として方向性がずれてしまいます。しかし、NSMが明確であれば、全員が「このNSMを伸ばすためには何が必要か?」という共通認識のもと、迅速な意思決定が可能となります。
チーム全体が同じゴールを目指すことで、コミュニケーションのズレが解消され、効率的な開発が実現する。 施策の優先順位が明確になり、場当たり的なアイディアの採用を防止できる。
長期的なファン形成と事業成果への寄与
単に一時的な売上やダウンロード数を追求するだけでは、ユーザーの継続的なエンゲージメントやファン形成は望めません。NSMは、ユーザーが本質的な体験を得ているかどうかを測る指標であり、その体験が口コミやリピート購入に繋がることを期待できます。結果として、NSMが高い状態は次回作への期待や、関連グッズ、コミュニティの活性化など、長期的なビジネス成果に結びつきます。
ユーザー体験の充実が、長期的なファン形成や口コミ、リピート購入を促進する。 NSMを重視することで、ビジネス全体の健全な成長を図ることができる。
NSM導入の具体的プロセス
以下では、NSMを効果的に導入するための具体的なステップを、買い切り型ニンジャアクションゲームを例にしながら解説します。各ステップは、文章による説明とともに、重要なポイントを箇条書きで整理しています。
NSMの定義とその必要性の共有
まずは、チーム全体にNSMの意義を理解してもらう必要があります。NSMは単なる売上やダウンロード数ではなく、ユーザーが「このゲームで本当に価値を感じる瞬間」を定量的に表す指標です。たとえば、アクションゲームであれば「高難易度ステージクリア数」が、そのゲームの醍醐味を端的に示す可能性があります。
NSMは、ユーザー体験の核となる瞬間を数値化するための指標である。 チーム全員がこの指標に向かって進むことで、プロジェクト全体の方向性が明確になる。
ゲームコンセプトとコア体験の再確認
次に、プロジェクトの基盤となるゲームのコンセプトや、ユーザーが求める「体験」を再確認します。これは、NSM候補を絞り込むための羅針盤ともなる作業です。例えば、アクション忍者ゲームの場合、次のような要素が考えられます。
忍者ならではの超人的な動き
ユーザーが驚くほどのスピードや敏捷性を体感できる動き。高難易度ステージの攻略による達成感
難関ステージをクリアすることで得られる充実感。スタイリッシュな必殺技の演出
視覚的にも魅力的なアクションが、プレイする楽しさを倍増させる。
ゲームのコアとなる体験を明確に言語化する。 このコア体験が、後にNSMやサブKPIを設定する際の基準となる。
▼作業ステップ1:ユーザー体験を4つの視点で洗い出す
NSMの策定には、ユーザー体験を多角的に評価することが重要です。そこで、以下の4つの視点から指標候補を洗い出します。
Breadth(幅)
ゲーム全体の規模や多様性を示す指標です。
例:プレイヤー数、販売本数、DLC数、キャラクターやステージの数など。Depth(深さ)
各ユーザーがどれほど深くゲームに没入しているかを示す指標です。
例:ステージクリア率、周回回数、実績解除率、トロフィー収集率など。Frequency(頻度)
ユーザーがどれほど頻繁にゲームをプレイしているかを測る指標です。
例:起動回数、セッション数、継続日数、イベント参加率など。Efficiency(効率)
ユーザーがストレスなくゲームの価値にアクセスできるかどうかを示す指標です。
例:ロード時間、操作レスポンス、チュートリアル離脱率など。
各視点から洗い出したアイディアが、NSM候補の選定に役立つ。 バランスの取れた指標設定が、ユーザー体験全体を正確に捉えるために不可欠。
これを整理するための参考図がコチラ。
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何回かやると分かってくるが、要素や指標のところは大差変わらない。
難しいのは、各視点にどんなアイディアが入ってくるのかという点。ここのアイディア数と振り分けがなかなか難しい。
▼作業ステップ2:相関関係を整理する
ここでは各要素に出てきたアイディアを元に、付箋などを使って相関図を作っていきます。
とりあえずつなげてみます。
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▼作業ステップ3. NSM候補をいくつか挙げ、1つに絞る
上で出てきた相関図を並べていくと、どの要素が、経営目標、プロダクトの成功、ユーザー体験、すべてにインパクトがあるのかを考えるヒントが出てきます。
ゲームの場合はシンプルで、
・どこを突き詰めればプレイ時間が延びるのか?
・どこを突き詰めれば好意的な評価になるのか?
・どこが一番プレイヤーにとって価値に繋がるか?
結果的には好意的なレビューになるのか?
結果的に販売本数に繋がるのか?
になります。
たとえば先ほどの例ですと、そもそもこのゲーム、どこがコア体験なんだっけ? にも紐づいており、かつ事業部的な達成や目標って満たせているか?とか、さらに結果的に売上にもつながっていたり、未来にも繋がるよねっていう評価を得られる指標になってるか?ということを見るベースでもあるということです。
で、その思考プロセスをたどると、
コアな作品体験ってなんだっけ、候補例
ここはプロダクトのコンセプト次第でもブレる。
仮に世界で楽しんでもらうためのアクション忍者ゲームを作るという仮定でのNSMを設定したとする。
そうすると、気持ちよさや周回プレイをしてもらうために必須な最小限の要素とは何か?を突き詰めることになる。
「高難度ステージクリア数」
「累計周回プレイ回数」
「やりこみポイント(実績解除数やボス撃破数を合算)」
評価基準
ゲームのコア体験(忍者アクションのスリル・達成感)を最も端的に表すのはどれか?
指標が上がれば“ユーザーはしっかり楽しんでいる”と確信できるか?
シンプルで測定しやすく、チーム全員が一瞬で理解できるか?
最終決定
例:「高難度ステージクリア数」をNSMにするのはどうか? その理由は、クリアに至るまで忍者アクションを多用し、ゲームの醍醐味を味わっている証拠でもあり、最後まで楽しんでくれていることになるなと。
結果、「高難度ステージクリア数」がNSMとなります。
開発や要素の優先度は、このNSMに沿って開発優先度を整理する。
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4. NSM候補の選定と最終決定
洗い出された多数の指標候補の中から、実際にユーザー体験の核を捉えるもの、かつチーム全員が直感的に理解できる指標を選びます。
たとえば、アクション忍者ゲームの場合、「高難易度ステージクリア数」が、ユーザーが忍者アクションのスリルや達成感を十分に体感していることを示す有力な候補となります。(もちろん他の候補もありえます)
この段階では、以下の点を検討します。
NSM指標がユーザー体験のどの側面(Breadth/Depth/Frequency/Efficiency)に最も寄与するか
NSM指標が経営目標やプロダクトの成功とどのように連動しているか
NSM数値の上昇が「ユーザーはしっかり楽しんでいる」と直感的に判断できるか
シンプルかつ直感的な指標を選定する。 選定したNSMが、プロジェクト全体の優先順位決定の根幹となる。
5. NSMを支えるKPIツリーの作成
選定したNSMをより細分化し、各要素がどのようにNSMに寄与しているかを明確にするため、計測可能なKPIツリーを作成します。
たとえば、「高難易度ステージクリア総数」をNSMとする場合、次のように各視点のサブKPIを整理します。
NSM:高難易度ステージクリア総数
幅: 販売前ではテスト数、アンケート数
深さ: 周回率、実績解除数、難易度クリア率
頻度: 起動回数、イベント参加率、タイムアタックモードプレイ数
効率: ロード時間、チュートリアル離脱率、操作レスポンス
KPIツリーを作成することで、各施策がNSMにどのように影響を与えるかが一目で分かる。 因果関係を明確にし、優先度の高い施策を見極める基盤とする。
6. MVP(必要最小限のプロダクト)でNSM計測環境を整える(モック制作)
NSMを実際に運用するためには、まず最低限の機能でNSMが計測できるプロダクト(MVP:Minimum Viable Product)を構築します。いわゆるモックというやつ。
たとえば、先ほど設定したNSMのアクション忍者ゲームの場合、以下の条件が整えば十分です。
ひとつの高難易度ステージが用意され、ユーザーが忍者アクションの真髄を体感できる
基本操作、UI、ロード時間など、ユーザー体験に直結するコア部分が完成している
MVPで得られたデータをもとに、NSMの推移や課題を早期に検証できる
初期段階でコア体験を提供することが、NSMの正確な計測につながる。 MVP段階で得たフィードバックをもとに、追加機能や改善策を検討する。
7. 施策の効果検証とPDCAサイクルの運用
MVPのリリース後、βテストやEarly Accessなどを通じて、NSMおよび関連するサブKPIのデータを収集・分析します。
具体的には、NSM(例:「高難易度ステージクリア数」)の推移とともに、ユーザーの離脱率や起動回数、周回回数などをモニタリングし、どの要因がユーザー体験に影響を与えているかを分析します。
その結果、問題が見つかれば、たとえば以下のような施策を実施します。
難易度調整
ユーザーが途中で挫折しないように、ステージの難易度を適切に調整する操作レスポンスの改善
ユーザーがストレスなくゲームを進められるよう、操作性を向上させる追加ステージの投入
周回プレイが促進されるよう、コンテンツを拡充する
データに基づいた課題の特定と、それに対応する改善策の実施が重要。 施策の効果を定期的に検証し、継続的なPDCAサイクルを回すことで、NSMの向上を図る。
8. NSMの運用と将来への応用
最終的には、NSMが上昇している状態=ユーザーがコア体験を十分に享受している状態と判断します。
この状態が確認できれば、評価や口コミ、リピート購入の増加、さらにはファンコミュニティの形成といった成果が期待できます。また、NSMを運用することで、以下のような長期的な効果も見込まれます。
次回作への展開
現在のプロジェクトで得られたノウハウやデータをもとに、次回作や関連コンテンツの開発に活かせるブランド価値の向上
ユーザーが「このゲームは本当に面白い」と感じる体験が蓄積され、企業やブランド全体の評価が向上するチームの組織力強化
全員が同じNSMを共有することで、チーム内の連携が強まり、より高度なプロジェクトにも柔軟に対応できる
NSMは一度決めたら終わりではなく、常に見直し、改善を続ける必要がある。 長期的な視点でファン形成やビジネス成果に寄与する仕組みとして運用することが重要。
NSM設計・運用時の注意点
NSMを策定し運用する際には、以下の注意点を常に意識してください。
コア体験との直結
NSMは、単なる売上やダウンロード数ではなく、ユーザーが実際にゲーム内で感じる「価値」を反映していることを確認する。
→ ユーザーが「何に感動し、どこで達成感を得るのか」を定義することが先決。シンプルで分かりやすい設計
計算方法や指標が複雑すぎると、現場や経営層への説明が難しくなり、運用が煩雑になる。
→ 誰もが一目で現状や進捗を理解できるシンプルさを心がける。データ計測の仕組みの確立
NSMやサブKPIを実際に数値として把握するためには、ゲームログや解析ツールを通じたデータ収集体制が不可欠。
→ 初期段階で「どのイベントログを記録するか」や「DBの設計」を明確にする。継続的な見直しと改善
ゲームのフェーズや市場の状況は常に変動するため、NSMやサブKPIも定期的に見直し、改善を加える必要がある。
→ 定期的なPDCAサイクルを回す仕組みを確立する。ビジネス成果との相関確認
NSMが上がることで、実際に売上や評価、口コミなどのビジネス成果に結びついているかを常に検証する。
→ チーム全体で、NSMと経営指標との関連性を議論し、合意形成を行う。
結論
NSM(ノーススターメトリック)は、ゲーム開発における最も重要な指標として、ユーザー体験の本質を定量化し、チーム全員が共通の目標を持つための「北極星」として機能します。NSMの導入により、開発現場は次のような成果を実現できます。
ユーザー体験の明確化と最適化
どの瞬間にユーザーが真に価値を感じるのかを数値として捉え、改善施策を具体的に打ち出せる。優先度の高い施策の抽出
数値データに基づいた施策判断が、場当たり的なアイディアや無駄なコストを削減する。チーム全体の方向性統一
プロジェクト全員が同じ「北極星」を目指すことで、認識のズレが解消され、スムーズな意思決定が可能となる。長期的なファン形成とビジネス成果への寄与
コア体験の向上が、口コミやリピート、次回作への期待など、企業全体の成長に結びつく。
「我々のゲームはユーザーにどんな体験を届けたいのか?」という問いを常に軸に、NSMを策定・運用することで、ゲーム開発は単なる数値目標の追求ではなく、本当にユーザーが満足するプロダクト作りへと導かれます。
NSMの導入は、現場の感性と数字を融合させた強力なフレームワークであり、今後の開発現場においてますます重要な役割を果たすと思います。
①NSMは要素の書き出し、
②相関関係の並び替え
③NSM候補出し
④KPI指標の設定
⑤バックログの作成
という要素が必要になりますが、
最初は②と③が慣れないと難しく感じると思います。
しかしこれは2回ほどやると頭の中が整理されてきて、スムーズにNSMの候補が導きやすくなります。
NSMは定期的に見直しも必要なため、プロダクトの方向性やコンセプト、目的にあわせて見直しが必要です。
やや面倒な作業ではありますが、迷った状態で突き進むプロダクトが上手く着地した経験はありませんので、ぜひ時間をとってでもやってみることをオススメします。
おまけ
このNSMをやった後のプロダクト開発時に、ユーザーストーリーマッピングという概念を使って、UIやコンテンツ調整を行うと、より良いプロダクト設計ができるようになります。それはまた別のところで。
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