見出し画像

『#ある朝殺人犯になっていた』藤井清美 レビュー



みすずちゃんのからだは、ぐんにゃりまがりながら、そらをとんだ。


『#ある朝殺人犯になっていた』は、ショッキングな冒頭から物語が始まります。車に轢かれてしまう美鈴ちゃん。車はそのまま走り去ります。


画像3


あらすじ

ある日の朝、売れないお笑い芸人の"浮気淳弥"が目を覚ますと、彼のTwitterに【人殺し】【卑怯者】【罪を償え!】【絶対に追い詰めてやる!】と大量のリプライが届いていました。

普段の生活に馴染みのない言葉を浴びせられる浮気。なんと彼が寝ている間にひき逃げ犯だと噂され、それが広まり、沢山の人に誤解されていたのです。もちろん身に覚えがないのですが、その日から浮気淳弥の人生はどん底に落ちていきます。

過去の写真が晒され、家がバレて、日常の写真を撮られる。噂を否定しても信じてもらえず、段々と身近な人すら信用できなくなる浮気。

噂がガセだと信じてもらうためには真犯人を捕まえるしかない。けど、どうやって?

誹謗中傷やSNSの怖さを描いている本作は、炎上に翻弄されながらも真犯人を突き止めようとするミステリーです。

誹謗中傷

画像1


この世は、俺が思っていたよりずっと恐ろしい悪意にまみれている。

ひき逃げ犯だと決めつけられた浮気は毎日沢山の誹謗中傷を受け、段々と心が病んでいきます。ネガティブになり、人間不信になり、浮気自身も他人に対して攻撃的になります。

悪意だ。
目の前の人たちは、俺がどん底まで落ち込むのを望んでいる。

噂を否定しても信じてもらえず、どうすればいいか解決策が分からない浮気は、心を閉ざしていきます。

何を言っても叩かれるから放っておけと言う人もいれば、このままじゃ肯定しているのと同じだから反論しろと言う人もいる。
どちらも正しい。どちらに行っても騒ぎは収まらない。

そして厄介なのが、ひき逃げ犯を捕まえたい正義感で浮気を追い詰めている人がいるということです。悪意を持っている人だけでなく、噂を鵜呑みにした悪気のない人ですら浮気を攻撃します。

悪意と正義感は紙一重。正義感を抱いた自覚がない悪意は、無意識に誹謗中傷となって、人を傷つける。

SNSを利用している人は誰もが浮気の立場になることも、浮気を追い詰める側になることもあり得ます。この作品は物語を通して、ネット上で気軽に発言できる恐ろしさを読者に教えてくれます。

SNS

画像2


【この道順で家に帰って、かつ、部屋の窓から橋が見えるってことは、家はこの辺?】
地図に描かれた大きな丸には、俺のアパートが見事に入っていた。

SNSの写真から住所が特定されていく。
鳥肌が全身を覆いそうだ。


『#ある朝殺人犯になっていた』はSNSの恐ろしさをリアルに表現しています。過去に投稿した写真から住んでいる地域を特定される。過去の発言をを蒸し返され、揚げ足を取られる。悪口や悪意を拡散される。

ひき逃げ犯に怒り狂うネット民の勢いは、一度火がついてしまうと消し止めるのは困難です。

噂を否定すればするほど、火に油を注ぐように逆上され、過去の写真や出来事が暴かれてしまう。前の投稿者よりも過激なことを言いたい。その火の手は家族や知人にまで燃え広がり、普段の生活の写真を撮られ、外を出歩くのが怖くなり、プライベートがなくなっていく。

アカウントが凍結されても、彼らの悪意が消えるわけじゃない。

SNSに投稿された写真や発言はスクショされてしまうとデジタルタトゥーとなり、一生消すことができなくなってしまいます。
騒動が収まっても誰かの携帯の中に残り続ける。それらは記憶から思い出される度、写真を見返される度、話が掘り起こされてしまう。

私たちもSNSへ何気なく投稿した写真から、住所や出身校、プライベートまで、知られたくない情報が流れ出ているかもしれません。

何も無かった水面に石を投げ込んだ人が発端となり、波のように噂が広がっていく。本作はSNSのダークサイドが描かれており、読者に警告をしているように感じました。

【本作の豆知識】
紙へメモする際、一目で見える範囲に書き出すと効果的。


まとめ

街ですれ違う人も、近くにいる人も、誰も信じられなくなるよ。心がボロボロになって、目に入る人がみんな敵に見える。

朝起きたらひき逃げ犯に仕立て上げられてて、その日から毎日悪口を言われ、監視され、追い詰められる。想像するだけでゾッとするストーリー。

いつ自分の身に降りかかってくるか分からない。普段からSNSを使っている私にとっては、とても他人事として笑えないお話でした。

『#ある朝殺人犯になっていた』を読んでおくことは、いつ自分の身に起こってもおかしくないSNSの問題に備えることにも繋がります。

物語形式でネットリテラシーを学べるミステリー『#ある朝殺人犯になっていた』は、ネットの中のこの記事を読んでいるあなたにおススメの小説です。

この記事が参加している募集

サポートされると嬉しいです。