猫ぎらいだった私が要にゃんこ亭に通うわけ
子猫の声が聞こえた。とてもか弱く、心細そうだった。
独りで屋根の上から下りられなくなったらしい。
当時付き合ってた女の前でええかっこしたくて、知らない人の家だけどインターホン鳴らした。
屋根に登ってナウシカばりに子猫を抱えて降ろしてやった。
それから二十年経って、猫なんかまったく好きじゃなかった私が保護猫喫茶のSNSを毎日覗くようになっている。
一般社団法人にゃんこ亭が運営する保護猫喫茶要にゃんこ亭は池袋から東京メトロで一駅、要町にある和風レトロな保護猫カフェだ。
店長の虎之助さんは猫とともに育ち、殺処分数が犬と比較して顕著に多い猫たちに心を痛めて要にゃんこ亭の店長になったらしい。
環境省発表の令和2年度の年間殺処分数は犬が4000頭で猫が約2万頭。その数は年々減少しているが、確かに猫は犬の5倍殺処分されている。
ちなみに警察庁のデータによると令和4年の年間自殺者数は約2万人。猫も人間も生きづらい世界なんだ。
店内では保護された猫たちが、〝猫と人間の信頼を作り直す〟ために日々修行している。虎之助さんも種としての壁を越えて猫師匠として、保護猫たちに人間との関わり方を教えていた。
縁あっていくつかの保護猫カフェを訪ねたが、要にゃんこ亭の猫たちはおもちゃでよく遊んでくれるし、距離感も近い。
多頭飼育崩壊など劣悪な環境からの保護よりも、久米島で保護された野猫の割合が多いからかもしれないが、とても良く人に慣れている。言い換えれば愛し慣れているし、愛され慣れている。
名物店長のいる保護猫カフェとして評判を聞きつけたが、一発でファンになった。
久米島は島民の人口よりも猫の方が多いと言われていた。一般社団法人にゃんこ亭は避妊去勢手術のローラー作戦をくり返し、確実に成果を出している。
猫はメスが一頭いると三年後には2000頭に繁殖する試算らしい。久米島には獣医がいないので適切なケアを行う必要があったのだろう。
さらに久米島では猫エイズに感染した猫も多い。りんご猫と呼ばれる彼らはストレスの少ない環境であれば発症せず天寿をまっとうすることも多いようだが、こちらも医療的な支援の必要がある。
こうした知識も付け焼き刃とは言えSNSなどを通じたにゃんこ亭の啓発活動の賜物だ。
何事もまずは知ることから始まる。
要にゃんこ亭に行くと元気になって、仕事も生活もがんばろうって思えるようになる。そう感じているのは多分私だけではない。
イゾラや喜助というりんご猫のために医療費の寄付を呼びかければ、数日で20万とか集まった。たくさんのファンが要にゃんこ亭の動向を見守っている。それでも彼らは里親の元へはたどり着けなかったけれど。
いかなごという猫は保護された身重の猫が産んだ。生まれてすぐに親兄弟が病に倒れ、自身も生命の危機に瀕した。沖縄本島から間に合った一台の呼吸器設備で一命をとりとめて、今では里親さんの元で元気に暮らしている。
そのときの経験から設備を整えたお陰で、その後保護されたゆっちょという猫と彼女が産んだ子猫たちは元気に要にゃんこ亭にデビューすることができた。
自然界のルールは弱肉強食だなんて。そうだったらいいのにねとしか言えない。
適者生存。環境に適応できなければ強さすら役に立たない。
私よりずっとフィジカルの強かった友人は二人も自死をしてしまった。
オカルトも神様も信じない。人の不安を煽って金を出させるやり方は好きになれない。
献杯だ。ふざけるな。直接文句を言わせろよ。化けて出ても来ないじゃないか。
追悼をツイートしたくても、「いいね」なわけがないんだ。
かける言葉なんてない。うまく言うことなんてできない。
猫は孤独。でも孤立無援じゃない。
馴れ合いにこないくせに、落ちこんでると心配して顔をのぞき込みに来る。
環境に適応できないものが取りこぼされるなら、淘汰される前に社会環境の方を適応させる。それができてこそ社会性であり公益じゃないのか。
ずっとのお家につなげるための居場所が必要なのは、保護猫も人間も変わらない。私自身サポステのようなセーフティネットを利用できたから今働くことができている。
要にゃんこ亭はレディーフォー上でクラウドファンディングを行っている。
ハンデのある離島の猫たちが健やかに過ごし、里親の元にたどり着けるように。
ハンデがあるから。
可哀想だから。
猫はかわいいから。
それはきっと理由じゃない。それだけでは持続しない。
関わってしまった。縁ができた。出会ってしまったから。
そんなこと通り越して誰しもきっと〝良いこと〟がしたい。
良いことする人が必ず報われる保証なんてない。がんばりが必ず報われる世界じゃないから。だからこそこの人たちのがんばりは報われてほしいと素朴に思った。
これは、がんばりが報われる世界になってほしいという祈りだ。
「推したい」と言うより「お慕いしております」と伝えたかった。
友達でもない。家族でも恋人でもなく、そもそも人間ですらなく。
私はきっと猫を好きになったのではない。保護猫カフェを、要にゃんこ亭を好きになったんだ。
私が説明するより活動報告を見てもらった方がはやい。ご興味が御座いましたらクリックしてご覧ください。