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くそこん4 クソにまみれた婚約指輪

手伝うってのは自分のやるべきことが終わってる人の権利だってこと、どうして忘れちゃってたかなあ。

処方薬の副作用で睡眠時間が乱れ、どんどん勤怠が安定しなくなってしまった。
気ばかりあせって正社員の業務であるファミリーファーストのゴーストライターだけは夢中でやっていた。
でももらってないお給料の分の仕事をしちゃうとおかしなことになる。
非正規が正規になるためには、職場から必要とされるように、なくてはならない人材になるように、進んで給料外の仕事もしろという考え方もあるようだけれど。

ファミリーファーストは利用者のご様子をご家族に伝えるために書くメールだ。
リハビリや看護や栄養部などいろんな部署の人たちが書いたものがまとまって送信される。
でも手紙なんてみんな書き慣れていないのか、ご家族が受け取っても喜ばないような記録やサマリーみたいなものも多く、事務部が嘆いているのを知っていた。
正社員の同僚に書かせて欲しいと伝えて、1フロア分のファミリーファーストを書いたこともあった。
すると「普段お返事なんていただくことないのに!」とご家族から反響があったことを事務部に教わった。
自分にアサインされた仕事ではないけれど、自分の居場所を見つけた気がした。

利用者のためになることと利用者のご家族のためになることは別のこと、というかズレがあることも多かった。
これだけ元気に歩けていれば在宅復帰も近いかと思っていたら、「診察代が払えないからできればそこで看取って」なんてことをご家族から言われることもあって。
施設側も施設側で利用者の救急搬送が決まったら「次の人入れないと」なんて言葉が聞こえてくる。

良い仕事がしたくても良い仕事をしたくなるモチベーションを維持することは難しい。
あこがれた人たちもどんどん辞めていった。
ぼくは必死でサンキューレターを書いた。

サンキューレターは職員同士が感謝を伝え合う小さな手紙だ。
サポステからインターンに来させてもらったときから、私はいろんな部署の同僚たちにこれをずっと書き続けていた。
他にも月間MVPというのがあって、職員同士で投票して表彰する制度もあった。
私が所属していた入所介護の人は「MVPは通所とリハのもの」とやっかんでいたし栄養部で飛び交う「同じこと2回言わないからね!」みたいな怒号に「あそこで働きたくないっすよね」なんて言って、蛸壺化していたように思う。
理事長にサンキューレターを書いたこともあったけど、ちゃんと届いただろうか。裸の王様になっていないか気がかりだった。

身体介助はいつまで経っても苦手で、弄便する利用者のおむつ交換で、給料三ヶ月分貯めて買った婚約指輪は、何度も何度もクソにまみれた。
人糞にまみれ、親より年上の人に手を噛まれても思うのは、介護の仕事は楽だということだった。
処遇改善手当もつくのでパートの方がむしろ時給は良かったし。

つらいのは業務内容ではなく風通しの悪い人間関係の方だ。
他部署をやっかんだりこき下ろしたり、同じ部署の仲間に対する差別的な発言を責任者クラスの人間が、こちらに同意させる前提で言ってくる。
日常的に尊厳を踏みにじられることに慣れて、鈍感になってしまったのかもしれない。


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