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【医療機器開発プロセス】 序章①:医療機器開発プロセスの全体像

割引あり

 医療機器は多くの規制が関係しており、開発者はその規制の下、医療機器を開発し、ビジネスにしていかなくてはなりません。

 特に、品質管理や薬事申請、診療報酬制度などは医療機器特有の部分が多く、これから参入する企業や研究者にとって開発の大きなハードルになります。

 これらのハードルを乗り越えるためにも、医療機器開発プロセスの全体像を理解して、開発当初から出口を見据えた戦略を立てる必要があります。

 今回は、医療機器開発プロセスがどのようなもので、どういった特徴があるのか、主に一般の機器開発と比較してお話ししたいと思います。


医療機器開発プロセスの全体像とは

医療は、人の生命や健康に関わるため、多くの規制に守られています。医療機器開発においても、多くの関連規制があります。

下の図に、医療機器開発の開発ステージと関連規制、各ステージでの主要な実施事項を上げてみました。各ステージで様々な規制があり、開発者はその規制の下、医療機器を開発し、ビジネスにしていかなくてはなりません。


次の項からは、具体的に、医療機器はどこが一般的な機器と異なるのか、どこがハードルになるのかをお話ししていきます。

医療機器開発における3つのハードル

魔の川、死の谷、ダーウィンの海、という言葉を聞いたことがあるでしょうか。新技術を研究から開発、事業化、産業化に進めていくうえで、乗り越えなくてはいけない困難なハードルのことを指します。

研究から開発に移行するときのハードルを、「魔の川」
開発から事業化(マーケットに送り出す)に進むときのハードルを、
「死の谷」
事業化と産業化(ビジネスとして成功させる)の間にあるハードルを、
「ダーウィンの海」
といいます。

下の図に、私が思う、医療機器における魔の川、死の谷、ダーウィンの海を書いてみました。ほかにも障壁は多くあると思いますが、これらは、一般的な機器と比較して、医療機器に特有だと思います。これらのハードルに上手く対応することが、医療機器開発を成功させる肝だと、私は思っています。


研究~開発の魔の川:厳格な品質マネジメント

医療機器は、人の生命や健康に関わるものなので、品質管理も厳しくなっています。一般の機器の品質管理はメーカに依存していますが、医療機器の品質管理には国の規制がかけられています。

製造業の方は、QMS(Quality Management System)規格という言葉を聞いたことがあるかもしれません。QMS規格は、製品の品質を一定以上に保つための品質マネジメントプロセスを取り決めたもので、ISO9001という規格が有名です。

一般の機器では、こういった品質マネジメント規格に沿って製品を作るかどうかは、メーカに依存します。規格に沿って製品を作るのにも管理するコストがかかりますので、メーカとしても、品質よりも安さを優先するという戦略を採ることもあるでしょう。品質で劣るものは自然淘汰されるというメカニズムも働くので、メーカ任せにしておいても、社会的にもそれほど問題ない製品もあるでしょう。

ですが、医療機器の場合は、そうはいきません。品質が悪いと、手術の失敗や誤診、健康被害に繋がる可能性がとても高いのです。そのため、医療機器のQMS規格(ISO13485など)は、国によって法規制化されて、それに従って品質管理しないと医療機器として製造や販売が出来ないことになっています。

医療機器を作るメーカには、適切な品質マネジメントが行われているか、行政による監査が入ります。それもあって、一般機器のQMS規格に比べて、医療機器のQMS規格では、品質管理のための手順や計画、検証といった細部にわたるプロセスについて、文書化が求められています。ISO13485の中で定められている文書化の項目は140にも及びます。

こうした厳格な品質マネジメントの体制を整えることが、研究から開発段階へ移行するときの大きなハードルといえます。研究者としては、研究室で試作した試作機で、「もうここまで出来ているからすぐに製品化できるな」と思うかもしれませんが、研究室で試作することと医療機器を開発するということの間には、品質管理の面でとても大きな差があるのです。

ISO13485とは?医療機器のQMS規格、ISO9001との違いや法規制との関係などを解説 | ISOナビ (iso-navi.jp)

開発~事業化の死の谷:薬事承認のためのエビデンスの取得

医療機器の開発段階から事業化までの最大のハードルは、薬事承認でしょう。薬事承認取得のために、必要なデータ(エビデンス)を特定し、製品開発ステージで収集していく必要があります。また、人でないと検証できない場合には、臨床試験(治験)を実施することになります。こうしたプロセスは、一般の機器にはあまりない部分です。


薬事承認取得のためのエビデンスをとるのには、多くの時間とお金が必要になります。例えば、動物での安全性試験などは、数か月で数百万円、臨床試験の実施には、年単位の時間と億単位のお金がかかります。

また、開発する医療機器の使用目的や性能に合わせた評価を行う必要がありますが、それが今までにないものであれば、その評価方法などについても規制当局との調整が必要になります。

さらに、一旦、薬事承認をとった後、メーカは勝手に仕様を変えることはできません。仕様の変更内容に応じた規制当局への変更手続きが必要で、その際も変更部分についてのデータが必要になります。変更内容によっては、再度臨床試験をする必要も出てくることがあります。

ですから、医療機器メーカにとっては、薬事承認のために、最低限、必要なエビデンスは何なのかを見極め、規制当局と調整していくことが、開発~事業化に進むうえでとても重要になります。

事業化~産業化のダーウィンの海:診療報酬による価格自由度の制限

「製品化したのは良いけれど、保険(診療報酬)が安くて全然普及しない」という話は、医療機器業界ではよく耳にする話です。診療報酬とは、国/保険者がその医療にどれくらいのお金を支払うか、という医療の価格です。
下に医療機器の一般的なビジネス構造を書いてみました。


医療機器は、基本的にはメーカから病院や医師に販売されます。病院や医師は、その医療機器を使って患者に医療を提供するわけですが、その医療については、診療報酬という形で、国や保険者が価格を決めています。その価格に従って、患者さんはそのうちの自己負担分(通常の健康保険だと3割)を支払い、残りは保険者から支払われます。このような保険に対して、患者は保険料を支払っている、という構図です。

医療機器業界(医薬品もですが)が特殊なのは、医療を受ける患者や医療を提供する医師や病院に医療の価格を決める裁量がなく、国や保険者がそれを決めていることです。それにより、医師や病院は診療報酬で決められた価格で医療を提供し、その価格の中で必要な医療機器を調達しなくてはなりません

医療機器メーカにとっては、直接の販売顧客である病院や医師の事情を踏まえて価格設定しなくてはなりません。例えば、消耗品であれば、1回の医療提供の診療報酬の範囲内での価格になりますし、繰り返し使う装置であれば、1回の医療提供の診療報酬×診療患者数の範囲内になります。このように医療機器の価格は診療報酬によって上限が決められ、医療機器メーカの自由度は制限されてしまいます。

また、医療機器メーカが診療報酬をコントロールするのは非常に難しいことも医療機器ビジネスが難しい理由の一つです。一般的な製品ですと、顧客へのマーケティング等で顧客価値を高めることで、価格を上げていくことも可能ですが、医療機器の場合は、診療報酬を決めているのが国や保険者であるため、メーカから働きかけにくい事情があります。さらに、診療報酬は医療費に直結するため、国や保険者は診療報酬を上げにくいということもあります。

こういった複雑なビジネス構造の中で、国や保険者、医師や病院の事情を考慮して、自分たちの医療機器を使った医療に高い診療報酬をつけてもらい、医師や病院も医療機器メーカも利益の出る状況を作り出せるかが、医療機器ビジネスを成立させるためにとても重要なことなのです。

まとめ

医療機器は多くの規制が関係しており、開発者はその規制の下、医療機器を開発し、ビジネスにしていかなくてはなりません。
 特に、品質管理や薬事申請、診療報酬制度などは医療機器特有の部分が多く、これから参入する企業や研究者にとって開発の大きなハードルになります。
 これらのハードルを乗り越えるためにも、医療機器開発プロセスの全体像を理解して、開発当初から出口を見据えた戦略を立てる必要があるのです。

※ PDF版(有料)をご用意いたしました。社内、学内等の勉強会等でご活用いただければと思います。記事を購入いただくとダウンロードできます。内容は記事と一緒です。

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