【医療機器開発プロセス】 第1章 開発研究編④:使用方法の特定
医療機器が意図した有効性や安全性を発揮するためには、適切な使用方法で使われる必要があります。そのために、適切な使用方法を定める必要があります。
医療機器開発においては、プロトタイピングやユーザによる評価を繰り返しながら、適切な使用方法を定めていきます。今回は、使用方法を定めていく流れや留意点をお話ししたいと思います。
医療機器が意図した有効性・安全性を発揮できる使用方法を定める
使用方法を特定することの最大の目的は、医療機器が意図した有効性と安全性を発揮できるようにすることです。医療機器は性能が優れていても、誤った使用方法では本来の有効性や安全性を発揮することができません。
たとえば、狭窄した血管を広げるためのバルーンやステントも、血管内の正しい位置で展開しなければ意味がありません。過度に勢いよく広げると血管を損傷してしまう可能性もあります。
そのため、血管内でバルーンやステントの位置をどのように特定するか、正しい位置にどのように持っていくか、どのくらいの勢いで広げたらよいかなど、使用方法を明確に定義することが重要です。
使用方法を特定していくステップについて、次にお話しします。
使用方法を定めるには、使用方法仮説の設定、プロトタイピング、ユーザ評価を繰り返す
医療機器に限らず、新しい製品の使用方法を定める際には、通常、仮の使用方法を設定し、プロトタイプを実際のユーザに試してもらい、検証する方法が一般的です。
医療機器の使用に関しては、一般的に開発者が実際のユーザとなることは少ないです(ただし、開発者が医師である場合は別です)。そのため、開発者が考える使用方法と現場での使用方法には、ズレが生じることも少なくありません。このような状況を避けるために、開発段階で実際のユーザとしっかりと協力して検討することが重要です。
使用方法の仮説設定は5Wの視点から
使用方法を設定する際には、ユーザの特性や使用環境など、さまざまな視点から考慮する必要があります。一つのアプローチとして、「5W(Who, Where, When, Why, What)」の視点を用いると、使用方法(How)のイメージがより明確になると考えられます。
たとえば、脳腫瘍の焼灼に使用される手術装置の場合、ユーザは医師になります。医師は医学的な専門知識を持ち、健康で理解力も高いため、装置の設置時に使用方法を説明すれば理解してもらえるでしょう。手術は顕微鏡下で行われ、清潔な環境で使用されるため、装置は滅菌されたりカバーが使用されることが想定されます。手術中は時間的な余裕がないため、素早く正確な操作が求められます。
一方で、家庭で患部を温めて痛みを緩和する赤外線治療器は、高齢者など一般の患者がユーザとなります。ユーザには認知機能の低下や手足の機能の衰えがある場合もあり、全員に対して使用方法を説明することは難しいかもしれません。そのため、わかりやすい簡単な操作方法が必要です。また、家庭のリビングや寝室に配置されることが想定されるため、子供やペットが触れても安全な設計である必要もあります。
このように、実際のユーザを特定し、上記のような5Wを明確にすることが、適切な使用方法を定めるための重要な第一歩となります。
プロトタイピングは目的を明確に。フィードバックから素早く学ぶ姿勢が大事
使用方法を明確にするためには、プロトタイピングが非常に有用です。プロトタイピングとは、開発の初期段階から実際に実働するモデル(プロトタイプ)を作成し、検証と改善を繰り返す手法です。
アイデアやイメージは、頭の中にあるだけでは相手に伝わりにくいものです。新しい製品の使用方法を検証する際には、開発者とユーザの間に共通の理解が形成されていなければ、有意義な検証は行えません。実際のプロトタイプがあると、言葉で説明するよりも効果的に共通の理解が生まれます。
プロトタイピングを行う際には、初めから完成品に近いものを作るのではなく、検証したい要素ごとに適切なプロトタイプを素早く作成することが重要です。そのためには、まず目的を明確にする必要があります。そして、目的に応じた方法でプロトタイピングを実施します。
使用方法の大まかなイメージをユーザと合意したい場合は、段ボールや発泡スチロールなどの素材で作ったものでも検証が可能です。新しく搭載した機能の検証をしたい場合は、その機能だけを実現するモデルを3Dプリンタやブレッドボードを用いて作成したり、既存の製品を改造したりすることも有効です。製品に近い形で使用方法の詳細まで検証したい場合は、より本格的な設計試作を行うことが良いでしょう。
いずれにしても、プロトタイプは仮説検証のための手段であり、最終製品ではないことを忘れないようにしましょう。プロトタイプを作成する過程で、愛着が生まれることはよくあります。また、作る過程が楽しくなり、必要以上にこだわりすぎることもあるかもしれません。しかし、そのプロトタイプに固執してユーザの意見に素直に耳を傾けられなくなると、意味がありません。フィードバックから学ぶ姿勢を忘れずに、プロトタイプは仮説検証の手段であるという意識を持ちながら取り組むことが重要です。
ユーザ評価は医療機器の対象ユーザに使ってもらうのが基本。
ユーザ評価は、対象となるユーザに直接評価をしてもらうことが最も確実です。個人的なコネクション以外にも、最近ではスポットコンサルティングなどもユーザへのアクセス手段として有用です。費用が大きくなりますが、医療機器のユーザ評価を委託できる会社も存在します。
対象ユーザにアクセスしにくい状況の場合は、可能な限り似たプロファイルの人に評価を依頼することが良いでしょう。
例えば、前述の痛みを緩和する赤外線治療器の使用方法の評価の場合は、対象のユーザは痛みを抱える高齢の患者さんですが、痛みは無くてもいいので、高齢の方に評価してもらう、といったやり方も出来るでしょう。
ただし、痛みがない場合は、患者さんよりも切実さが劣るため、モチベーションなどの観点でバイアスがかかる可能性があります。対象ユーザとは異なる場合は、プロファイルの違いによるバイアスを考慮する必要があります。
評価の目的によっては、ただ機器を持って行ってデスクの上で使ってもらうだけでなく、なるべく実際の使用環境を再現することも重要です。特に、詳細な使用方法の確認を行いたいときは、実際の使用環境をなるべく模擬した環境で評価した方が良いでしょう。
医療機器のユーザ評価の際に医師が関わる必要があるのか、という疑問が上がることがあります。どこまで医師が関与しなくてもよく、どこからが医師がやらないといけないか、については、第3章臨床試験編で詳しくお話しします。
使いやすさと安全性がトレードオフになることもある
使用方法において、ユーザにとって簡単な操作が望ましいですが、簡単さを追求すると誤使用のリスクが高まる場合があります。
たとえば、腫瘍を焼灼するためのエネルギーを放出する手術装置の場合、操作者が容易にアクセスできる位置(たとえば、手元のプローブを握る指の近く)にON/OFFボタンが配置され、一回の操作でエネルギーを放出できると簡単かつ便利です。
しかし、同時に、操作者が誤ってボタンに触れ、意図しない場所やタイミングでエネルギーを放出してしまうリスクも高まります。その結果、意図した部位ではなく別の部位に向かってエネルギーが放出され、周囲の医療スタッフや患者に危害を及ぼす可能性があります。
このようなリスクを回避するためには、ボタンを一回押すだけではエネルギーが放出されないような仕組みを採用するなど、意図的に操作がやや複雑になるような設計も行われます。
医療機器では、誤使用が患者や操作者の健康被害に繋がるリスクが高いので、安全性は使いやすさに優先されます。
このあたりのお話は、第2章 製品設計編のリスクマネジメントや医療機器ユーザビリティのところで詳しくお話しします。
まとめ
使用方法を適切に設定することは、医療機器が意図した有効性・安全性を発揮できるようにするためにとても重要なことです。使用方法の仮説検証のサイクルを何度も回すことで、使用方法をブラッシュアップしていきましょう。
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