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三反園哲治さん - 本を読む人

ロンドンのFinancial Timesの同僚から親しみを込めて「サンタさん」と呼ばれている三反園さん。どんなに忙しいときでも本を手放さない読書家です。インタビューでは、洋書で小説を読むこと、憧れの作家から直筆サインをもらうという趣味、そしておすすめの本・読書術について伺いました。


海外特派員を志して新聞社へ

1991年に新卒で日経に入社しました。経済の専門紙だから世界の主要都市に拠点があり、記者が海外に出る確率も高いと踏んでいました。

最初に配属されたのは名古屋支社の編集部。しかも、愛知県警察本部の記者クラブに詰める事件記者でした。刑法や刑事訴訟法を読み、殺人や強盗、交通事故、火事などの記事を毎日書きました。2年後に東京本社に異動してからは、上場会社の財務や株式・債券マーケットなどの担当になりました。

20年以上ファイナンス分野の記者をした後、2016年春にペンを置き、経営企画室に移りました。日経が Financial Times(以下FT)を買収した直後です。海外のベンチャー企業に出資したり、東南アジアのスタートアップを買収したりする仕事に携わりました。

1999年から2003年までは念願の海外特派員としてニューヨークにも駐在していました。911テロ、エンロン事件などの取材に追われる激動の時代でしたが、小説を通してどんなものだろうと思っていた「ニューヨークの摩天楼」で働く機会を得られて嬉しかったです。

911テロが起きて米ウォール街は警備が厳しくなった(2001年)

2019年からグローバル事業の担当部署に移り、2023年4月から現職・ロンドンに駐在しています。オフィスはセント・ポールズ大聖堂の近くの、歴史あるブラッケン・ハウスの中。FTの役員も兼任しています。日経とFTとは「経済金融分野におけるクオリティ・ジャーナリズム」という共通の理念を持つので、それぞれの独立性を尊重し協力しあっています。

ロンドンはニューヨークに比べてコスモポリタンで人種差別が少なく、歩いて楽しめる街並みと歴史があります。社会の成り立ちは違えど、住む街としては日本に近いところも感じ気に入っています。

娯楽の読書

小学生の時に江戸川乱歩の『少年探偵団』シリーズに夢中になりました。平井和正の『幻魔大戦』や『ウルフガイ』、Edmond Hamiltonエドモンド・ハミルトンの『キャプテン・フューチャー』シリーズにも、はまりました。星新一のショート・ショートや、漫画ですが白土三平の『カムイ伝』にも衝撃を受けました。

やがて子供向けの本に飽き足らず、大人向けの推理小説やSFにも手を出すようになりました。横溝正史の金田一耕助シリーズなど手あたり次第に。

時代はArthur C. Clarkeアーサー・C・クラークRobert A. Heinleinロバート・A・ハイライトIsaac Asimovアイザック・アシモフなどの大作家が現役で活躍する、SFの黄金期で、お小遣いをためて買う月刊誌「SFマガジン」(早川書房)が楽しみでした。

高校生になってからは大学受験のために娯楽小説は封印し、現代国語の試験問題に出る作家の本を図書館で借りて読みました。まだ特定の作家の全集がたくさん出版されていた時代だったので、辻邦夫や小林秀雄、大江健三郎といった難解な作家の全集を読み通すことに挑戦しました。でも、結局なにを言いたいのかよくわからなかったことを覚えています。

世代的には「ニューアカ(ニューアカデミズム)」が流行っていて、浅田彰・蓮實重彦らが解説したフランス現代思想の本を読みました。それで言語学や論理哲学に関心を持ち、仏文を専攻したのです。OBには小林秀雄もいたし、在学中に芥川賞をとった大江健三郎も仏文を出ています。しかし、いざ自分でやってみようとして、小説を書くことの難しさに気が付きました。

でも、私は結局、勉強することが好きなのかなと思います。新しいことを知るのが面白い。新聞記者というのは、新しいことばかりの仕事です。常に自分が知らないことについて、取材という名目で専門家から教えてもらえる、しかも会社から給料をもらいながらそれができるのだから最高です。

ちゃんと勉強していかないと良い質問もできないから、仕事に付随して読む行為もたくさんあります。企業のことならアニュアルリポートや決算書を読むし、規制の話を聞くなら政府の刊行物や法律を読んでいきます。読むのが好きというのは、そのまま仕事の役にたちました。

洋書の読み始めはベストセラーから

大学1年生のある日、ふと思ったのです。読み物として好きなのは相変わらずミステリーやスパイ小説、SF、分子生物学・物理学・数学などのサイエンス解説書でしたが、娯楽の本を英語で読めば、勉強にもなって一石二鳥ではないかと。

それで、最初手にした英語の原書が、John Irvingジョン・アービングの『ガープの世界』です。とにかく長い現代小説ですが、夏休みをつぶして読破しました。

やはり英語で読むのは大変だったので、一計を案じました。

当時、新宿の紀伊国屋書店の洋書売り場には、ニューヨーク・タイムズのベストセラーリストが張り出してありました。万人が読むよく売れる本は文章や構成のクオリティが高いはず。また、印刷も奇麗で活字が大きいハードカバーは読みやすいはず。

そう考え、慎重に吟味して最初に買い求めた英語のハードカバーは、米国の流行作家・Danielle Steelダニエル・スティール『スター』でした。こんどはすらすらと読み終えました。

思い出深いのは、Ken Follettケン・フォレット『大聖堂』です。とても面白かったので、大学生協が発刊していた機関誌に書評を投稿しました。自分の原稿が雑誌にのった初めての経験でした。

それから累計で500~600冊も洋書を買ったでしょうか。安くはない洋書を買うために、出版社の下請けで、中学受験の試験問題集の模範解答を書くアルバイトなどもやりました。

家が狭いので洋書は戸棚に詰め込んでいる

新聞記者になってからも、しばらくは小説家になる夢を持っていました。『ジャッカルの日』のFrederick Forsythフレデリック・フォーサイスや、『消されかけた男』のBrian Freemantleブライアン・フリーマントのような、ジャーナリスト出身の国際スパイ小説作家がいいなと思っていました。

でも、日々の仕事で原稿を書いているとそんな余裕はありません。いつしか、読書は娯楽と割り切るようになりました。最初は勉強にもなるから英語でと思っていたのですが、そのうち、好きな作家の新作をいち早く読みたくて原書を買うようになりました。

米国の流行作家の多くは、毎年1作品を出版します。スリラーやミステリー系なら、Lee Childリー・チャイルド, Greg Ilesグレッグ・アイルズ, Daniel Silvaダニエル・シルヴァ, Jeffrey Deaverジェフリー・ディーヴァー, Michael Connellyマイケル・コネリー, Robert Goddardロバート・ゴダードなど…好きな作家のリストを追うだけでも、毎月のように新しい小説を読むことになります。

これから英語の読書を始めたい人には、原則として「誰でも読みやすい」共通点がある、ベストセラーから始めるのがおすすめです。特に小説は、会話も多く読みやすいです。

ニューヨークタイムズのベストセラーリストを参考に、実際に書棚に行ってみて手に取り、まずは立ち読みしてみてください。最初の2、3ページをスラスラ読めるかどうかがリトマス試験紙。受験英語を通過した人なら、通読できる可能性が高いと思います。最初は日本語の読書の3〜4倍の時間がかかるかもしれませんが、慣れればスピードがあがってきます。

直筆サインをもらう楽しみ

好きな作家のサイン会に足をはこぶのが、ひそかな趣味です。もとをたどれば、鹿児島から東京に進学した時、大手書店が主催する有名作家のサイン会で、阿川弘之や大江健三郎に会えたのに感動したのです。ニューヨークに駐在していたときは、『レッドオクトーバーを追え』のTom Clancyトム・クランシーや、『ジュラシック・パーク』のMichael Crichtonマイケル・クライトンからもサインをもらいました。ロンドンに来てからは、娯楽作品よりも歴史や法廷をテーマにしたノンフィクションなど硬派の作品を読むようになり、実際に筆者と会って話すチャンスが増えました。

ここ10年くらいは家が狭くて本を置く場所がなくなったから電子書籍を買うようにしているのですが、最近は作家とあった時にサインをもらうために、これぞと思う作品は紙の本も買うようになりました。

しめくくりに、私が最近お会いした作家の先生方とおすすめの本を、いくつか紹介したいと思います。邦訳版が出ている本もあるので、ぜひみなさんに読んでいただきたいです。

1. フィリップ・サンズ 『East West Street』

昨年(2023年)夏に仕事でスコットランドに向かう途中、事故で1時間以上足止めになったことがありました。そこで偶然同じ電車に乗っていたのが、世界的に著名な国際法学者であり作家でもあるPhilippe Sandsフィリップ・サンズでした。

彼は、私が好きなスパイ小説家のJohn le Carréジョン・ル・カレの近所に住んでいて交流もあり、そういう意味でも私の憧れの作家です。

代表作は『East West Street』(邦題:『ニュルンベルク合流』)というノンフィクション。第二次世界大戦後に戦争犯罪を追及するニュルンベルク裁判で、「ジェノサイド」と「人道に対する罪」という新しい法的な概念が生まれました。それを考案した2人の法学者の人生を追うとともに、ユダヤ系である筆者本人の隠されたファミリー・ヒストリーを、祖父が残したわずかな写真や手紙をもとに追跡調査していくという内容なのですが・・・とても要約しきれません。ぜひ、読んでみてください。

偶然で持参の本がなく、サインをもらい損ねましたが、
プラットフォームで記念写真をとらせてもらいました。

英国弁護士の作家としては、もう一人、企業法務の分野でナンバーワンのThomas Grantトーマス・グラントも好きです。アパルトヘイト時代の南アフリカが舞台のノンフィクション『The Mandela Brief』がおすすめです。政府から弾圧を受ける反体制派の活動家を、法廷の場で巧みな弁論を駆使して助ける人権派弁護士の生き様を描いた本です。

ロンドンで、FTの同僚に誘われて出版記念パーティーに参加して、サインをもらったので知り合いましたが、そこには本の題材となった弁護士が100歳近いご高齢ながら出席していましたが、グラントがスピーチの中でその方の功績を讃えながら涙して、声につまるシーンがありました。それを目の当たりにしたうえで本を読んだら、本当に感動しました。

2. ジュリアン・バーンズ 『フロベールの鸚鵡』

また、2023年秋には、純文学作家のJulian Barnesジュリアン・バーンズの講演会に行く機会があり、事前に英語の原書を買い求めてサインをもらいました。実は、学生時代に『フロベールの鸚鵡』という小説を読んで自分はとても叶わないと思い「作家になって気ままに生きたい」という夢を打ち砕かれた記憶があります。

「30年以上前に日本語訳で読んで衝撃を受けました」と話しかけたら「翻訳の質はよかったか?」と聞かれました。もちろん、「素晴らしい翻訳でした」と答えました。

なぜか、とても小さな字でサインしてくれました

3. アンナ・ピトニアック 『The Helsinki Affair』

今年の5月、米国のワシントンDCのイベントに出張した際に知り合ったのはAnna Pitoniakアンナ・ピトニアック、CIAの女性エージェントを主人公にしたスパイ小説『The Helsinki Affair』で話題の作家です。テンポの良い展開に引き込まれ、あっという間に読んでしまう面白さなので、洋書の読みはじめにもお勧めできます。

気さくに記念撮影にも応じてくれました

同じ会場で、David McCloskeyデヴィッド・マクロスキーとも話しができました。こちらは作家本人がCIAの元アナリストで、スパイ小説『Damascus Station』(邦題『弔いのダマスカス』)というデビュー作で有名です。もちろん、イベント会場であったサイン会では、2人の本を買ってサインをもらいました。

一時期は、娯楽の読書が好きすぎて罪悪感すら覚えていましたが、ふりかえってみると、私にとって、本を読むことは、職業にも密接に関わる、人生を豊かにするための不可欠な要素だと思います。洋書で読むようになったことでいっそう広がる世界もありました。

これからも未知なる世界への扉を開いてくれる、素晴らしい本やその著者との出会いを楽しみにしたいと思います。ただ、老眼が進み、若いころに比べ本を読む量は半分くらいに減ってしまったのが残念です。