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きっかけより、本気でやるかどうか

中学生になってから卓球を始めた。
小学生の時はバスケットボールに没頭していて、休み時間や放課後は毎日のようにシュートやドリブルの反復練習に費やしていた。理由としては、女子にモテたい、それだけだった。背の順では前から二番目の僕が、クラブ活動ではバスケットボール長を任命され、卒業の年で行われるバスケットボール大会で優勝できたのは、モテたいから、それだけだった。実際にモテた。

そんな僕が中学になって卓球部を選んだのは、モテたいからではない。理由としては逃げだった。

当時、僕が通う予定だった公立中学校は素行が悪いということで有名だった。僕には三つ年上の兄がいるのだが、その年は創立以来最も悪かったらしく、暴走族の族長も在籍していたという話を聞いた。

そんな話を聞いて、バスケットボール部に入って目立ってモテようとする奴なんてこの世に存在するのだろうか?僕なら何度生まれ変わってもバスケットボール部には入らない。ちょっと想像力を働かせれば訪れる未来はわかる。
自分がバスケットボール部で活躍をし、試合中に黄色い声援を浴びまくり、目立ちに目立って試合に勝利したとしよう。そして校門前で金属バットを肩に担いだ5,6人の不良に待ち伏せされるのだ。もちろん素行の悪いという噂の先輩方である。

出会い頭で「テメェどこ中だぁ!?」と一喝される。
「いや同じ中学ですけど」

そう返したら最後、バットで全身を砕かれた僕は、病院で足を吊られた状態で目を覚ますんだ。
ベッドの横では可愛い幼馴染の女の子が目に涙を浮かべてリンゴを剥いている。でも、不器用だからウサギの形に切ろうとしているのに耳が全部折れてしまっているのだ。

「ははっ。ほ、ほれじゃあ、"うはぎ"じゃなくて"ヘハーラントドアーフ"じゃないか」

と、僕はパンパンに腫れた顔面で軽口を言う。ついでに耳の短いウサギの品種を知っているという知的アピールも忘れない。
可愛い幼馴染は目が覚めた僕を見て驚き

「もうっ。そんな軽口が言えるならもう大丈夫ね」

と言って、指で目を拭いながら笑顔を見せた。

うん。そんな未来があるならバスケットボールも悪くないかな。
しかし僕の人生に可愛い幼馴染は存在しない。だから、可愛い幼馴染がいる未来を作るためには、過去に戻って幼馴染作りを始めなければならない。いや、その前に過去に戻るめの研究で一生を費やすことになる。だったらもっと他にやるべきことがあるのではないか?

そんな風に、何の部活をしようか決めあぐねているときに、兄の友人が卓球のクラブチームに所属している事を知った。本気でやってる人の卓球プレーを初めて目の当たりにした。

その時は「卓球ってお遊びじゃなくてスポーツだったんだ」という感覚があったくらいで、「僕もやりたい!」というような衝撃的な感覚は訪れなかった。
一番驚いたのは、ラケットの値段だ。ラバーと板が別々になっていて、板は一万超え、ラバーも一枚三千円程度するらしい。駄菓子屋でブタメンを買うことが贅沢だと感じていた僕にとってはそれこそ衝撃的な事実だった。
そして、その威光を放って見えた高級ラケットを手にして兄の友人は言った。
 
「卓球やるならこのラケットあげるよ」
 僕は二つ返事で「やる」と返した。
 
その後、僕は人生で1番適当に選んだであろう卓球に中学の全てを捧げるほどハマった。
その理由の一つに幼馴染との再会があった。
リアルな幼馴染は当然のように男だ。
家は少し離れているが、幼稚園の時に一番仲が良かった。残念ながら小学校は学区の違いで別々になってしまったので、ほぼ6年ぶりの再会だった。

僕らは照れに照れた。すぐにでも仲良くしたいという本心はあったのだが、実際に何を話せばいいのか分からない、といった感じだった。
僕らを繋げてくれたのは卓球だった。どちらかが誘った訳ではない。お互いが自分で考えて出した部活選びの答えが卓球だったのだ。このフィーリングは大きい。僕はすぐさま卓球のクラブチームを紹介し、一緒に入ろうと誘った。
僕と幼馴染はお互いに仲の良い友人を一人ずつ誘って、計四人のメンバーでクラブチームに入ることにした。

そこから、僕らは毎日卓球をした。それこそ365日中360日は卓球をしていたような気がする。卓球の練習が辛いと思ったことは一度もなかった。クラブチームで基礎を習い、それぞれがノートをつけて自主的にトライ&エラーを重ねた。それ以外は常に4人で集まり、自転車で行ける地区の体育館をすべて巡りながら、どうにか毎日卓球ができるように動いた。四人でやる練習もダラダラと遊ぶわけではなく、自分の伸ばしたい技術や覚えたい技術をみんなで教えあったりした。

そんな奴らが下手のまま終わるはずはなく、僕らは1年で頭角を現した。
最初の大会は始めてまだ数ヶ月の初心者だった。先輩たちも地区大会の猛者に苦戦していて、スポーツの厳しさや悔しさを心底味わった。
それから一年。成長した僕達4人は地区大会に意気揚々と臨んだ。

幼馴染とは「決勝で会おうぜ」と約束した。スポーツ漫画では絶対に会えない展開になるフラグ台詞だが、僕らには自信があった。
僕たち4人は先輩たちの苦戦した相手が途中で戦意喪失するくらいの圧倒的な差で勝ち進んだ。

特に幼馴染の試合は酷かった。
その相手は地区大会の常連でいわば四天王と呼ばれる存在だった。その人は三年生だったからおそらく最後の大会だっただろう。その中学校もその四天王エースを筆頭に猛者が多く、応援も参加中学校の中で一番声が大きく目立っていた。満場一致で強豪と呼ばれる中学校だった。
その絶対的なエースが幼馴染の相手だ。

幼馴染はそのエースを0点で抑えて1セットを先取した。

相手の応援団は20人くらいいて、こっちの応援は僕一人だった。ウチの学校は試合に出る人しか大会に来てないので、僕も自分の試合が早く終わってタイミング良く見に来れた、という感じだった。
試合が始まった直後の応援はすごかった。部員全員がエースの存在を信じ切っている状態だ。出す声量、放つ言葉のすべてに「自信」がみなぎっていて、語尾には常に「俺たちは最強だ」と言っていてもおかしくないような応援だった。
その応援が今は「無」だった。元気がないどころではない。言葉の通り「無」で、シーンとしていた。メソメソしていた。みんなあんなに元気だったのに。20人もいるのに。

最低なことに、僕は笑いを堪えるのに必死だった。決して相手の努力を笑っている訳ではない。その中学校のイキった応援が好きではなかったのもある。だから、前半にあれだけイキっていた奴らが、今は口を開けてボーゼンとしている姿がどうしても面白く見えてしまったのだ。

0点に抑えた1セットが終わって、僕は幼馴染に声をかけた。

「ちょっとやりすぎじゃない?」
「いやー。でもあんなに弱かったっけ?」幼馴染は事も無げに言った。

確かに一年前に見たエースの姿はものすごく大きく見えた。僕らの成長は自分たちが思っている以上だったようだ。もちろん全国規模になると足元にも及ばない強さだが、地区大会にもう敵はいないくらいには成長していたのだ。
その後、幼馴染は相手エースに1点も許さず勝利した。
無慈悲とはこのことである。

そして、最終的に僕たちはその地区大会の表彰台を全て独占した。
決勝は約束通り、僕と幼馴染の対決だった。準決勝でクラブチーム仲間にギリギリ勝利して何とか約束を果たすことができた。
結局、最後は負けてしまって銀メダルではあったけど、決勝戦は楽しかった。

一年前の下克上だったり、決勝で会おうという台詞を実現できたりと、まるで漫画みたいな体験ができた。
始めたきっかけに特別な想いはなくても、ハマる情熱と実力の近い仲間がいれば最高の青春となる。
卓球は間違いなく僕の青春の一つだ。


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