【67】CHAGE and ASKAの「YAH YAH YAH」という歌が大嫌い!日本を変えてしまった たけしの言葉の罪 2022.8.26
1993年にリリースされ「振り返れば奴がいる」というテレビドラマの主題歌として用いられ241.9万枚を売り上げる大ヒットを記録したチャゲ&アスカの「YAH YAH YAH」という曲は、若い人でも聞いたことが1度や2度はあるでしょう。
私はこの歌が大嫌いです。その理由は、その歌詞にあります。
「今から一緒に これから一緒に殴りに行こうか」
「今からそいつを これからそいつを殴りに行こうか」
「なんだそれは、一緒にってなんだよ!」 と思います。
「一人だったら行かないのかよ?」と思います。
男なら行くときは一人で行けよ、と思います。
ラジオかテレビかで警察関係の人が語っていたのですが、暴走族か暴力団かの若い者に話を聞いていた時、ライバルグループとの抗争になったとき、
「ワシなんか、10対1でも思い切り行きますからね!」
といったというのです。
喧嘩して良い訳はないですが、「おう、こいつ中々いきのいいやっちゃな。」
と思いながら話をさらに聞いてみると、どうも話が食い違うのです。
よくよく聞いてみると、こっちが10で相手が1なのです。
要するに、こっちが10人で相手が1人でも遠慮なく袋叩きにしてボコボコにすると言っていたのです。
「赤信号、皆で渡れば怖くない」 1980年にツービートのビートたけしが言い出して一世を風靡した言葉です。
これって当時、「確かにそうだよな」と盲点を突かれた感じでジョークとして私も使ったりしました。
でも当時はジョークだったのです。
本来はやってはいけないことというのが基本認識としてあったのです。
「百万人といえど我ゆかん」
というのが本来の日本人の教えであり心であったはずなのです。
それがあっという間に「皆でやれば何をしてもいい」というのが、かっこよくて正義であるかのように面白おかしく変質してしまった。
チャゲアスの歌も、この影響を受けているのでしょうか。
ビートたけしは才人ではあり、ポピュリズムの達人であると思います。彼らはお笑い芸人でありそこまで深く考えてこの言葉を使ったとは思えませんが、この言葉以降、多数でやればつかまらない、ルールを守る方がダサイといった方向に多くの者が流れてしまった。
今思うと、日本の品性を破壊してしまったこの言葉の罪は重かったなあ、そしてこの言葉一つで壊されてしまった私たちはなんて軽かったんだろうと嘆息してしまいます。
何も考えず多数に流された結果どうなってもタケシさんが責任を取ってくれるわけではありません。
1人1人が自らを顧みて判断し行動することが必要不可欠な時代が来てしまっているように思います。
ところで、「百万人といえど我ゆかん」の典拠は孟子で
『自ら顧みてなおくんば、千万人ともいえども我行かん』
よくよく自分自身を見直して正しいと信じられるなら、相手が千万人いようとも臆することなく我はゆく、ということですが、いつの間にか日本では誤用されて百万人で使われることが多くなっていたそうで私も百万人で覚えていました。
基は千万だったというのは調べてみるものですね。
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