研究成果を社会実装する-紆余曲折のキャリア構築のススメ-
横浜市立大学 国際商学部
准教授 芦澤美智子
略歴
2013年より横浜市立大学国際商学部准教授。前職(公認会計士としてKPMG、産業再生機構、アドバンテッジパートナーズ)の経験を活かし、企業変革の研究を進めている。2018年からはイノベーション・エコシステム/スタートアップ・エコシステムの研究に力を注ぎ、研究成果を生かして、イノベーション拠点形成の政策提案や自らも実践活動に力を注いでいる。
現在、3社の上場企業(ネットイヤーグループ、NECネッツエスアイ、日本発条)の社外役員を務めているほか、国や横浜市の各種委員等を多数担っている。
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キャリアについては将来を見据えて事前に準備し考えてきたわけではありません。その時々のご縁や様々な状況の中で進路を決めてきています。今アカデミアの世界にいることも、学生時代にはまったく想像していませんでした。ただ不思議なことに、振り返ってみるとすべて繋がっています。まさにスティーブ・ジョブズの言うConnecting the Dotsです。
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公認会計士として
学部時代の専攻は経済学でしたが、大学院に進むのは成績が極めて優秀な人のみ。当時は大学院進学など1ミリも考えていませんでした。そこで就職を考えるわけですが、私が卒業した1995年は就職氷河期で就職も狭き門。また、たとえ素晴らしい企業に入社できたとしても、女性が男性と平等に生涯働き続ける事例が少なく、キャリアの見通しが立たずに暗澹たる気持ちになりました。そんな時、資格を取るのがいいだろうとアドバイスをくださった方がいて。なるほどそれなら結婚・出産した後も求められる場所があるかもしれない。そう考えて、公認会計士の資格取得を志しました。
2年かけて資格を取得した後、KPMGの監査法人に就職。今振り返っても、学部卒後の最初の職場として大正解だったと思います。プロフェッショナルとして生きる(稼ぐ)ためのスキルが身につきました。またこの事務所は入所3年目には早くも小規模クライアントの責任者にアサインされるので、20代からチームを率いてのリーダー経験が得られたのは、その後の大きな糧となりました。
ただ、何年か実務に携わっているうちに、公認会計士として一流になるためには経営の勉強をする必要があると気づきました。当時の私は、会計や監査の知識は一通り修得しましたが、経営全般のことや業界特有の動向などについては知見がないので、クライアント経営者と深い会話が成立しないことにもどかしさを感じるようになりました。そこで思い切ってMBAを取得するために慶應義塾大学のビジネススクールに行くことを決めました。28歳の時のことです。なお自費進学でしたので、海外ビジネススクールに行く余力はなく、当時の私には国内ビジネススクールは妥協的な意思決定でした。しかしながら後述しますが、この意思決定は意図せずキャリアを好転させることになります。
ビジネススクールでの学び
ビジネススクールでの授業は経営を幅広く見られるようになり期待通りでした。そして想像以上に良かったのが、多くの人との貴重な出会いと日々の議論。あらゆる職業のクラスメイトがいて、また、日本のトップビジネススクールということでゲスト講師も豪華でした。視野が広がり世界がより鮮明に見えるような気がしました。さらに2年生の時に半年ほどロンドンビジネススクールに交換留学生として留学する機会があり、この時は世界数十か国のクラスメイトとの出会いがあり、自分の世界が一気に広がりました。
産業再生機構・プライベートエクイティファンド(PE)での経験
ビジネススクール卒業後選んだのは、当時の日本で最大の問題だった不良債権の処理と大型企業の再生をミッションとして誕生した産業再生機構でした。2003年の4月から4年間限定で存在していた会社です。私はカネボウの再生チームに現場リーダーとしてアサインされましたが、この仕事はとにかく強烈でした。KPMG時代の知識、ビジネススクールで身につけた知識を総動員するのですが、それだけでは足りません。
たとえばあらゆる角度から分析して「このままでは中国企業に勝てない」との結論に至り、それをどんなに説明しても、納得してもらえません。人も組織もロジックだけでは変わらないこと、すなわち変革を成し遂げようとすると教室で得た知識だけでは太刀打ちできず、現場に出て人としてぶつかることが重要だということを、この時期に心底理解しました。
産業再生機構で一定の成果を得て自信もついてきたので、アドバンテッジパートナーズの門をたたきました。プライベートエクイティファンド(PE)は、業界再編までを手掛けられるダイナミックな職業であり、案件成功時のリターンが大きく経済的成功も目指せるので、世界中のビジネスエリートが憧れる職場です。アドバンテッジパートナーズは日本でトップクラスのPEであり、以前から「是非ジョインしたい」と思っていました。ただこれはようやく笑って話せるようになったのですが、入社したもののまったく歯が立ちませんでした。優秀な人たちが真剣勝負で大きな案件に取り組んでいて、知力、体力、精神力、どれをとっても私は落ちこぼれ。ここでは挫折感を味わうことになります。
ここで自分自身の限界に気づかされ、自分の生き方を真剣に考え直しました。自分は万能ではないし、世の中にはとてつもなく優秀で真剣にやっている人がたくさんいる。だとすれば、差別化できる自分の武器は何だろう、どこに人生をかけて取り組んでいくべきだろうと。そしてたどり着いたのが今のアカデミアの仕事です。
実はアカデミアに進むことに可能性を見出した背景には、私が海外ではなく日本のビジネススクールに行った選択が影響していました。ビジネススクール時代の恩師はすぐ会える距離にいて卒業後も繋がりを持っていました。そんな中で日本の経営学の様子が垣間見え、そこに私が貢献できそうな余地があると気づきました。経営学は実践的学問であるにもかかわらず、アカデミアと実務家とに橋がかかっていないように見えたのです。当時、最先端のエリート集団の中で働いていた私の知見やネットワークを駆使して橋をかければ、双方が大きく発展する可能性がある、そう思ったら、ワクワクして寝られなくなったことを今でもよく覚えています。
そして現在、研究者として
そのような背景があるので、研究者として一貫して、現場を重視する姿勢を取っています。ラボでの調査、特に大規模データの分析を高く評価する国内外の学会のトレンドがある中で、現場に立ち続けるのは不効率かもしれない。それでもこれが私の研究者としての道だと信じています。その先に、アカデミアと実務に橋をかけるというビジョンがありますから。紆余曲折して研究者になったからこそ、その間の人と違う経験、悩み抜いて見出したビジョンを大事にしようと日々思えます。そうやって「自分の道」が歩めることが今は幸せだと感じます。
さらには、希少な経歴があるがゆえに、活躍の機会がどんどん広がっています。上場企業の社外役員や、国や自治体の委員なども務めているのですが、研究者としての知見に加えて、現場で学んだことが大いに活きている。真剣勝負を積み重ね身につけてきたスキルを掛け算することで、自分自身の価値が高まり、未来に貢献できていると感じます。これからも研究者としての枠に縛られず、失敗をおそれずに未来創りのために挑戦していきたいです。
若い人へのメッセージ
挑戦すると必ずと言っていいほど失敗に直面します。また挑戦は時に妥協的意思決定を伴うこともあります。それでも挑戦してください。なぜなら世界はどんどん変化します。挑戦しなければ適応できず力を失っていきます。力を失うと、自分らしく生きるのが難しくなります。逆に挑戦し学び進めば自分の血肉となり、その延長線上に自分らしい生き方見えてくるはずです。上の世代の常識に縛られず、大いに挑戦し未来を切り開いていってほしいです。
それから研究者は高尚な職業であるべきと過度にラボにこもらず、外に出て研究を社会実装し稼ぐことに貪欲にあって欲しいと思っています。今は大学発ベンチャーを支援する社会的流れがありまし、大学発ベンチャーにも挑戦する人が増えるといいなと思っています。私も経営学分野から、また、幅広い実業界とのネットワークを駆使して橋をかけ、大学発ベンチャーを支援していきたいと思っています。
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