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花様年華〜12.

12.

ねぇジン。
心の準備、なんていつできるか分からないものだね。

*******


朝目覚めるとき寒さで起き上がるのに躊躇する季節がやってきた。

ジンのタイムリープ臨床試験初日が明日へと迫っている。

私はさほど緊張していなかった。
もうここまで来てしまったのだから仕方ない。
何があってもジンを守ろう。
ジンが安心して帰ってこられるよう、しっかりしていよう。

「自信あるんだな」

試験室で準備をしている最中、唐突に東条先輩が切り出した。

「何がですか?」

「いや...彼氏くんがちゃんと過去を取り戻してくるって、信じてる様子だなと」

「うーん...分かりません」

きっと私は力なく笑ったのだろう。
東条先輩の目が少し細くなった。

「ダメになってしまった家族も見てきましたし、彼と私がそうならないという保証はどこにもありません。それでも普段通りに送り出したいって思ってます」

強がりでなく本心だ。
100%の覚悟があるかと聞かれたら頷くことに戸惑うかもしれない。
今は真っ直ぐにジンを想うこと。
ただそれだけで私も前を向けている気がする。

「うん。なるほど」

東条先輩はそれ以上何も言わず、脳波計測機のスイッチを入れ、問題なく稼働することを確認した後、試験室を出て行った。

「何か変なこと言ったかな...」

明日から試験なのに変な空気のままだと気まずいな...


タイムリープ臨床試験初日。

ジンはかなり緊張した面持ちで研究所へとやってきた。

『ちょっ...どうしたの?めちゃくちゃ緊張してない?昨日眠れた?』

『まったく...』

少しクマを抱えた瞳が霞んでいるように見えた。
大丈夫かな...

私たちの研究所で行うタイムリープはタイムマシーンで体ごと時空を行き来するのではなく、意識だけを過去に飛ばし、過去の自分の体と結びつける方法をとっている。

体ごと移動すると過去の自分に遭遇する可能性が極めて高く、また過去の自分自身にタイムリープを理解させられたとしても、意図せず周囲の人間に知られてしまい、混乱を来たすことがあるからだ。

体は現在、心は過去。
そのためタイムリープ中も目の前には被験者が眠っている状態だ。

今を生きることに支障をきたすほど過去を後悔している被験者の「心の囚われ」を逆手に取り、過去にがんじがらめになっている強固な意識を過去へと飛ばす。

体はひとつ、過去と現在の意識が混在することとなるが元は同じ人間のため大きな問題もなく意識は次第に馴染んでいく。

心とは、本当は至極柔軟なのではないかと考えさせられる試験だ。

『...と繰り返しにはなりますが臨床試験の内容については以上です。何かご質問は?』

ガッチガチに緊張するジンを前に東条先輩は早口で説明を続けていた。

『この臨床試験は過去への気持ち、トラウマ、後悔、そういった強いマイナスの力を利用して意識を過去へと飛ばします。過去へ飛んだ瞬間は、もしかすると意識が混濁し、タイムリープのことも覚えていないかもしれない。しかし、過去の情景や関わりのある人間に接していくうちに自分の果たすべき役割について思い出し、行動へと移せるはずです』

ジンは緊張を解けずに拳を握りしめている。

どうしたんだろう。
あんなにタイムリープに前向きだったのに...

『タイムリープ中は思わぬ体力の消耗、精神の脆弱が予想されます。こちらの時間で48時間経つ頃には覚醒段階に入りますので強制的に意識を戻します。それ以外にも毎時チェックを行い、何か危険が身に迫っていると判断した場合はこれに限らず、こちら主導で試験を中止します』

ジンはペットボトルの蓋を開け、少しだけ水を含んだ。

『はい、分かりました』

『あの...大丈夫...ですか』

一応、ここは私の仕事場だ。
研究室内でジンと私がそういう仲であることは承知の事実だが、プライベートとは線引きしないと。

『あっ...だっ大丈夫です。昨日...というかタイムリープが決まってからあまり眠れていなくて』

そうだったんだ...
私はジンのサポートに回れていなかったことを悔やんだ。
一人の方がいいのかなって。

...いや、違う。

タイムリープをうきうきワクワク楽しみにしてるかもしれないジンを見るのが嫌だったんだと思う。

少し...敢えて距離を置いていた。

でも...まさかこんなに緊張しているなんて。
もう。言ってよ...

『もし辛ければ仮眠されますか?部屋は用意しますので』

そばに近寄ると、ジンが私の手を掴んだ。

『大丈夫。大丈夫だよ、ヌナ。僕がやるって言ったんだ』

私を見上げた瞳があまりに儚げに輝くから全て忘れて抱きしめてしまいそうになった。

『行ってくるよ、ヌナ。待っててくれる?』

『当たり前じゃない。すぐそばにいる』

視線を避けた東条先輩の横顔を気にしつつ、そっとジンの手を離した。

『東条管理士、キム・ソクジンさんの臨床試験の準備を始めます』

「おーう」

生返事の東条先輩は手元の資料から目を離さない。

「ちゃんと試験室へ連れて来てくださいよ!」

私はジンのタイムリープ試験の責任者となったので先に試験室へ行って準備を整える必要があった。

『ジン』

線引きはどうした、私!

『私がジンを過去へ連れて行ってあげるから』

精一杯のお姉さんスマイル。
ジンにはどう映ったかな?

やっぱり...どうしても不安だよ。

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