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花様年華〜⑤-1.

⑤-1.

ねぇジン。
あの日ジンと過ごした時間は夢じゃなかったよね?

もう初夏を迎えた日差しの強い昼間だというのに、プルプルと子犬のように震える自分がおかしく思える。

借りたパーカーを返すだけ。

なのに、私は待ち合わせ時間の30分も前からここに立って下を向いている。

あたりを見回した時に、もしジンの姿が見えても、笑顔で手を振ることはできない。
かと言って余裕のある佇まいもできそうにない。
恥ずかしくて怖くて顔を上げられないのだ。

これは後から気付いたことだったのだが、ジンとは連絡先の交換をしていなかった。

2週間前、韓国での待ち合わせの場所と時間を決めて最寄りの駅までジンを送り、実家に着いた瞬間に自分の失態を悔いた。

人生で出会ったことのない美青年と次に会う約束を交わし、珍しく舞い上がっていた私が連絡先を聞きそびれるのは仕方ないとして、ジンから聞かれなかったのは不安しかない。

韓国での待ち合わせ場所はよく知る繁華街の近くだし、韓国に住む私にとって難しい場所ではなかった。
それでも。
今時、連絡を取る手段もなく待ち合わせって...

やっぱり騙されてたのかな?
ジンみたいな人が私にもう一度会いたいなんて思うはずない。

じゃあ、どうしてパーカーを貸してくれたの?
おばさんに風邪を引かせて、韓国の街中でバッタリ会った時に文句でも言われたら困るから。

じゃあ、どうしてあんなに長い時間おしゃべりしてくれたの?
日本に旅行に来て、もう暇で暇で暇すぎておばさんをからかっただけ。

じゃあ、あの笑顔は?
あの約束の指きりは?

マイナスとプラスの思考が交互に浮かんでは消えを繰り返す。
ジンと別れたあの夜からもう数えきれないほどだ。

この待ち合わせ場所に来ないことも考えた。
でも、それはまもなく打ち消された。
やっぱり借りたものをそのまま、というのは良くない。
でも本当にそれだけ...

ジンが来ないなら夢だったと諦めがつく。

万に一つ、ジンが来ることがあるのなら、その時は...

『ヌナッ!』

かなり遠くから聞こえた2週間ぶりの声。
優しい声。

顔を上げ、声のする方へジンの姿を探す。

...必要はなかった。
韓国でも彼の美しさに振り返らない人はいない。
ジンが歩いてくる方向には、黄色い声が道筋を作ってくれていた。

『ヌナ、こんなに暑いのに一体いつから待っててくれたんですか?まだ待ち合わせまでには時間がありますよ』

ごもっとも。
かくいうジンも少し早く着いたんじゃない...?

『本当に会えるか心配で。ほら、連絡先交換してなかったでしょ?私うっかりして聞きそびれて』

せっかくジンに会えた。
目の前にいるのに、また目線を下に落とした。
目を合わせられない。
私、今すごく緊張してる。

『ヌナ、本当にいつから待っててくれたんですか?すごく汗かいてますね』

ジンが優しく、私の髪を耳にかけた。
緊張と太陽のせいで既に汗だくなのに、ジンの長い指が触れただけで更に汗を誘う。
顔から火が出そうだっ...

『すぐ近くのカフェに入りましょう。そこで涼んで、連絡先を交換しなくちゃ』

連絡先を交換...
本気で言ってる...?

『あっ、いやっ、借りたパーカーを返すために来ただけで、そんなカフェに行くとか気を遣わないで。連絡先の交換も必要...?』

あー...
我ながらかわいくない、ひねくれた返事だ。

『ヌナ?僕は会いたくない人にパーカーを貸しません。返してほしくて今日来たわけじゃない。ヌナに会いたいから来たんです』

ジンは本当まっすぐだ。
歪んだ自分が恥ずかしい。
元々の性格?歳のせい?
それともジンの美しさに気後れしてる?

『ヌナは僕に会いたくなかったですか?』

そんなわけ...ない。
毎日毎日、ジンとあの日話したこと繰り返し思い出していたよ。

『そんなことないよ。私だって会いたくない人と待ち合わせしない』

どうして、会いたかったよ、って言えないのよ本当ばかっ!!

私を見て優しく微笑むジン。
怒らない?呆れない?

『さぁ、カフェに行きますよ』

日が当たり、背中も暑くてたまらなかったのに、ジンが触れた背中だけ柔らかくあたたかく感じた。

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