![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/133092264/rectangle_large_type_2_e32e6b709da085bb30c81cc4e934e4af.png?width=1200)
花様年華〜JIN side⑥
JIN side⑥
君と出会って僕は変わった。
ほんの少しだけ前へ進みたくなったんだ。
溢れる涙を僕は敢えて止めなかった。
彼女を想って泣くのはこれが最初で最後になるだろう。
好きなだけ。
泣けるだけ泣けばいい。
ホテルのチェックアウト申請と韓国へのフライトを予約した。
あと一日。
明日一日でけじめをつけよう。
ダメならダメで帰ればいい。
こんなヤバいストーカーじみた僕のこと、韓国では誰も知りえない。
彼女に会うことは、もう二度とないんだから。
夜のうちに荷物を整理して部屋を片付ける。
気付けばしとしとと降り続いた雨は止み、気温がぐっと下がったようだ。
涙が濡らした頬も乾いてきた。
『明日には咲くかもしれない』
冷たい窓にもたれかかり、眼下に流れる車のライトをぼーっと眺める。
こんなにも何も考えない時間を過ごすのはいつぶりだろう。
結局眠ることはできず、白んだ空を迎えた。
あの土手へ行こう。
僕は彼女に会いたい。
日中は暖かくなる予報だが、朝の早い時間は羽織るものが必要だ。
ラベンダーカラーのパーカーを着て、ホテルを出た。
土手へ向かう途中、少しずつ太陽が照り出し、早足の僕にじんわりと汗をかかせる。
彼女、来てないな。
雨のせいで土手の草むらが少し濡れている。
来るのはもう少しあとかもしれない。
昨日の大きな犬と飼い主に見つからないように、彼女をすぐに見つけられるように、僕はキョロキョロと辺りを窺う。
川の水面が太陽に照らされ、キラキラ輝く。
強い光から目を守るために顔を背け、時間を置いてうっすらと目を開けた。
彼女だ!
来たんだ!
さぁ。
どうする、僕!
いや、実は何も決めてないんだけど...
彼女に話しかけるのか?
彼女の姿、見納めに来たのか?
彼女を好きだということは自覚できた。
でもそこからどうすればいい?
こうして木の陰から見つめることができるのは今日で最後だ。
だったら。
だったら?
『せめて一言だけ話したい』
彼女がフラれたことは言っちゃダメだ。
それを見てました、なんて絶対言えない。
この土手でお茶飲んでましたね、犬と遊んでましたね。
ダメダメ、日本で警察沙汰なんて困る。
木の根元にしゃがみ込み、頭を抱え、ああでもない、こうでもない、と考える。
答えなんて出るはずもない。
やったことないんだから!
太陽は既に空高く登りきっていた。
地面の草むらはすっかり乾き、昨日の天気と打って変わって、晴々とした春らしい気候へと落ち着いている。
何か...
初対面でも自然に会話が始められそうな話題は...
生い茂る桜の葉の隙間から柔らかな陽射しが一筋差し込み、導かれるように見上げる。
『さっ...咲いてるっ!』
桜の花!
今日咲いたんだ、やった!
小さくてかわいくて、それでいて花びらをしっかり開き、強さも感じる。
とてもきれいだなぁ。
...そうか。
桜のことで話しかけるなら不自然だと思われないかもしれない。
そっと彼女を見てみると、いつもの場所に座っている。
もうずっとあの姿勢のまま、川を眺めているのかな。
目がチカチカしそうだよ。
あたりを見渡すと、視界には彼女と僕しかいない。
もう...今しかないっ...
拳を固く握り立ち上がって、そっと彼女に近付く。
心臓の音が周囲の音をかき消していく。
お願い...お願い...
彼女の風になびく髪すらも、既に愛おしい。
僕は僕が自覚しているより、彼女の全てが気になるようだ。
静かに深呼吸し、話しかける。
「さくら、きれいです」
...あれ...
反応...ないっ!?
「さくら、すごくさいてます」
「ってだれっ...」
驚いて振り向いた彼女の顔を初めて正面から見た。
あぁ。
この人なんだ。
あの日から僕の心をいっぱいにしていたのは。
かわいいな。
ってのは言っちゃダメ。
まだ、ね。
⭐️ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
次回からはジンのタイムリープを見守るヌナ目線で物語が進みます。お楽しみいただけたら幸いです😊