花様年華〜16-2. save Namjoon
16-2. save Namjoon
→つづき
初めての試験後、ジンはヒアリングと身体検査を無事終えて、次のタイムリープに向けて体調を整えるリリーフピリオドに入った。
次のタイムリープまでに、訪れた過去での出来事を被験者自ら追憶・記録し、次の試験に備える。
試験に回を重ねると本来のタイムリープの目的を忘れてしまう被験者も多いため、記録はレポートとして研究所へ提出してもらう。
ここで、現在の家族などに知られては困るようなことを隠してしまうと後でとんでもないこと、極端に言えば、現在の家族との関係が破綻してしまったりするのだ。
タイムリープ臨床試験初期の頃は、この部分をNOTESが担っていたが、プライバシー保護の観点から「被験者自ら」申告する形で今は落ち着いている。
私もNOTESは行動だけでなく心の内側まで読み解かれていくような感じがして、自分だったら使いたくないな、と思っていた。
でも、こんなにタイムリープすることに熱心なジンを見ていると、ジンの過去には一体何があるのか、何をしているのか、ほんの少し覗いてみたい気もする。
「彼氏くんのレポートすっごいな。正常化してからしばらく混乱しててほとんど記憶ないって言ってたのに、NOTESで伝達してからの行動言動、場所、人、当時の時刻まで細かく書かれてる」
会議が長引いてランチを逃した東条先輩がキンパを片手にジンのレポートを読んでいるようだ。
「先輩、誰も咎めませんからカフェテリアで食べたらどうですか?パソコン汚れますよ」
いつもなら、キンパのごま油の香りで不要な食欲をそそられるけど、昨日からは蓋がされている。
「当たり前だけど、彼、タイムリープ1回目だよな?なんでこんなに色々覚えてられるんだ...」
もちろんジンのレポートの内容の正確性や信憑性については真偽を問えない。
しかし、そういった答えを求める以前に、ジンのレポートはいわゆる読み物として丁寧に綴られており、読みごたえがあるのだ。
「作り話としても出来栄えが良い」
褒めてるのかな...?
「作り話じゃないですよ、多分」
まだキンパを頬張る先輩を横目に私はカップを持って給湯室へと向かった。
東条先輩に提出する前にジンのレポートに目を通した私は少し意表を突かれていた。
「もう既に用意してあったかのようなシナリオみたい...」
カップに柚子茶のペーストを入れ、お湯を注ぐ。
マドラーでかき混ぜると柚子が香る。
研究エリアには戻らず、給湯室横のレストスペースに腰を下ろした。
ふーふー
「あっつ」
猫舌だけど温かい飲み物は温かいまま飲みたい。
冷え性は年々ひどくなる。
外を見ると雪が降り始めていた。
これからの季節、どんどん街は白で埋め尽くされていく。
ジンは...
このタイムリープについてどれくらい予習していたんだろう。
どこで誰に会うか、その順番すら自分では決められない。
自分が過去に経験してこなかったことを自分が新たに経験することで過去を上塗りするのだから、どれだけ入念に準備していたとしても、多少の誤差は発生する。
だけど...ジンはたった一回のタイムリープで既に未来である現在を変えてしまっている。
ナムジュンが拘置所から出所していたのだ。
ナムジュンの起こした傷害事件については、単独犯であり逮捕・勾留、その後に示談・釈放の予定だったが、相手が悪かった。原告が提示した示談金額は破格で、支払うことのできないナムジュンは起訴されていた。
刑期の判断基準についても不明瞭で、執行猶予無しの6年だった。
それが今回、ジンが戻ってきてからナムジュンの足取りを調べてみると、勤めていたガソリンスタンドの店主に先に暴行を加えた原告への傷害という名目に変わっており、正当防衛が認められていた。
ただし、相手にかなりの大怪我を負わせてしまった事実もあり、刑期は3ヶ月。当然ながらとっくに服役を終えて出所していた。
また、出所後はそのガソリンスタンドの正社員として勤務していることも分かった。
服役という過去は変わらないが、事件概要や刑期がすっかり変わってしまっているのだ。
もしかしたら、ジンはタイムリープから戻ってきたこの現在にて、既にナムジュンと連絡を取り合っているかもしれない。
ナムジュンの現在について調べたことはまだ東条先輩には報告していない。
次の試験でまた現在が変わる可能性がある。
あくまでこの前の一度のタイムリープでの結果が今、現れているだけなのだ。
いや...
そんなにころころと現在が変わってしまっては困るし、普通はそうならない。
たとえ過去を変えたとしても、結果として現在が変わらないという論文はいくつも読んだ。
でも。
「ジンがほんの2日過去へ戻っただけでこんなに変わるなんて...」
カップからの湯気は立ち消え、街から色が無くなっていた。
友達の一人が救われた。
ジンが前向きにタイムリープしようとしている。
何が悪いの?
一体何が不安なの?
私の心に、じわじわと仄暗い影が広がっていくのを感じずにはいられなかった。