6日目:やがて悲しきバドゥムジャン
紫色の丸い車体
扉の写真ははじめてバクーを訪問した2014年3月撮影のもの。紫色の車体が目印のこの車はアゼルバイジャンのメーター制のタクシーでした。後部座席が乗客用になっていて、広々として乗りやすいのと、メーター制である意味安心ということもあって、以前からよく利用したものです。
紫色の車体ということで、通称「なすび」(badımcan; カナ書きするなら「バドゥムジャン」となりましょうか)として愛されていた…はずでしたが、というお話です。
さて今日6日目。午後から人に会うということで、久々にタクシーに乗ってみようと思いました。歩くのには多少距離が離れていたということもあって。それで、街中のタクシーを探してみるのですが、たしかに上に”taxi”とある車は見受けられるものの、「なすび」が少ない。本当に一時期に比べたら減ったのだな、と思ってしばらく歩いてみます。
イチャリ・シャハルのサビール像の近くでようやく発見して、乗っていい?とジェスチャーすると、満面の笑みで乗れ、という。で、さっそく後部座席に乗って、「どこに?」と聞くので行き先を告げると、「いくら?」と言うではありませんか。
いくら?…え?今あんた、値段を聞いたの??
メーター制ではないということにショックを受け、仕方なく5マナトでどう?と聞くと、首を振って「7(マナト)だ」とおっしゃる。なんだこの値段交渉。しょーもな。
いいよそれで、と言ってとりあえず走ってもらったのですが、どう説明したものか。この興醒めした感覚を共有していただけるでしょうかどうでしょうか。ああ、昔のイメージが崩れていくなあと。
紫色のタクシーに愛がなくなった瞬間でありました。昔あったかと言われるとまあたしかに自信はないのですが。
岡田環さんと会う
さて、今日面会したのは、現在バクーに在住していらっしゃる岡田環さん。念願の面会が叶いました。
出版されている本でも文章を寄稿されたりなどしていて、書き手として個人的に注目していた人でした。バクーにいらっしゃるというからには、ぜひご挨拶したいと渡航前から連絡をしていたのでありました。
果たして、イメージ通りの方でした。明快にお話になるし、外国語に愛着を持つ身同士として意見の合うところが多いなと(岡田さんが同じく思ったかどうかは自信がないので、どなたか後で確認してみてください!)。
話題は多岐に及びました。現在のバクーの状況から、海外で暮らすとは、という話、外国語に携わるとは、という話、書くということについての考え方等々。大変興味深いお話を伺うことができました。
聞くと、東京外大卒とおっしゃるので、あーわかるなあとも思ったことです。私自身は大阪外大の卒業ですが、東外大の関係者になんとなくシンパシーを感じるということがあって、岡田氏についてもまさにその感覚を感じたことでした。
ということでランチをご一緒した次第ですが、大変おいしいところを紹介してもらったという僥倖でありました。やはりこういうことは現地にいらっしゃる方がお詳しい…。
そう、詳しいといえばその「なすび」の料金体系が変わってしまったということも岡田氏から教えていただきました。今やバクーでの移動は完全にUberが席巻してしまっているようで、なんなら「なすび」の車体もUberに登録しているケースもあるとか。
なんといっても、紫色の車体自体、数が昔に比べるとずいぶん減ってしまっているようにも思います(気のせいかもしれないけど)。
その意味で、バクーの光景というのも、少しずつ変わっていくということなのかもしれません。寂しいが、詮無きことでもあるのかも。
我々、異国の地の言語に魅入ってしまったタチですよね、という話です。ともかく、今後ともなにとぞよしなに、と一方的によろしくお伝えして、解散した後再び単独行動に。
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