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【テュル活】『星の王子さま』から入るテュルク諸語(5): キプロスのトルコ語、ここが注目ポイントだ

絶賛展開中の『星の王子さま』収集プロジェクト。昨日またコレクションを一つ増やすことができました。今回はトルコ語、キプロス方言版

キプロスのトルコ語

キプロスの地図はこちら。トルコの南、地中海に浮かぶ島です。キプロス方言はいわゆる「北キプロス」に話者が多く分布しているトルコ語の方言の一つ。

私も直接北キプロスの出版社から購入しようとしたのですが、ウェブサイトの不具合なのか、日本からの入手が難しかったのです。

それでもめげてはいけないのが、テュル活の掟であります。
利用できるネットワークを駆使する。すなわち、トルコの知り合いにお願いして(超安易)まずトルコのその方宛てに送付してもらって、そこから日本に郵送してもらうという作戦。

果たして、この知り合い。なんと2冊も購入した上で送ってくださいまして、うち1冊には訳者のサイン入り(私本人宛て)というサプライズでした。先日の私の誕生日(9月25日でした)のため、との由。

面倒な手続きをやってくれた知り合いには、ただただ感謝しかありません。サインをくださった訳者の方にも、心よりの御礼を。

キプロスのトルコ語の特徴を見る

さて、キプロスのトルコ語。いわゆる共通語としてのトルコ語(以下、共通トルコ語と書きます)とどのあたりが違うかがやはり気になります。気になるでしょう?ざっと目を通してすぐ気づくポイントを列挙してみましょう。


1. 有声音と無声音
まず気になるのは、共通語では無声子音(声帯のふるえを伴わない子音)が有声子音になっているところです。語頭、語末いずれにも

(キプロス方言)(共通語)
kita                        kitap「本」
cız(-mak)                  çiz(-mek)「描く」
gork(-mak)               kork(-mak)「恐れる」
açıgla(-mak)             açıkla(-mak) 「説明する、解説する」

一方で、共通語での有声音の部分が無声音になっているものも早いところで見つけました。「斧」を表す語はキプロス方言でpaltaとなっていますが、共通語ではbaltaとなります。

3. 語形そのもの、あるいは付属語形式の違い
前項と関連するのですが、「へーキプロス方言ってこういう言い方なの」と感じる語形もあります。ぱっと目につくのは、/l/と/n/の対応関係でしょうか。共通語だと/l/なのが、キプロスのトルコ語では/n/が対応していることがあります。別の/n/の部分に近接すると特にそうなるようです。

この点含め、本の中で気づいただけでもざっと以下のような感じです。たとえば共通語では付属語の形式が直前の音節の母音に合わせて母音調和するはずのものが、キプロス方言ではしていなかったり、あるいは全然共通語と違う語形になっていたり。

(キプロス方言版)(共通語)
anna(-mak)              anla(-mak) 「理解する」(/l/→/n/)
ilan-nar                     ilan-lar「蛇(複数形)」(/l/→/n/)
eyice                         iyice「よくよく、かなり」(昔の語形が残っている)
(benim) yerimsa       (benim) yerimse 「ぼくの立場なら」(付属語が母音調和しない)
yaşındaykan             yaşındayken「…歳のときに」(付属語が母音調和しない)
sora                          sonra「後(あと)、あとで」(/n/の脱落)
gene da                    gene de「またも」(付属語が母音調和しない)
buraşda                    burada「ここで」(指示語でのş(/ʃ/)の挿入)
N'apan                      Ne yapıyorsun「(君)何をしているの」(ne「何」の融合(ただし共通語でも実際の音声ではこれはある)、現在形接辞と人称接辞の融合)
dilbilgisiynan           dilbilgisiyle「文法と」(付属語形式の違い)
Neyi begleyceyik?     Neyi bekleyeceğiz? 「(ぼくたち)何を待つ(予定な)の?」(述語の人称語尾形式の違い)

目を引くような表面的な違いは、ざっとみただけでもかなりあるなという印象。実際の音声を聞けば、もっといろいろな発見があるだろうと推測しますよね…。

便宜上、上記の語が訳書の何ページ目にあるかというのは省略してありますことをあらかじめお断りしておきます。

4. 疑問の付属語の脱落
このほか、やはり個人的な研究テーマに関連するところでは疑問文の違いが気になります。共通語では諾否疑問(「はい」「いいえ」で解答可能な疑問)に付属語が出てきます。母音調和してmi/mü/mı/muのいずれかで出てくる…という例の付属語ですが、キプロスのトルコ語ではこの付属語そのものを使わない傾向があるようで、

(1) Bu goyun sence çok ot ye-r?
 この 羊 君の意見では たくさん 草 食べる-中立
「君は、この羊、たくさん草を食べると思う?」(p13)

これを共通語で書き直すと、(2)のような感じかと。

(2) (Sence) bu koyun çok ot ye-r mi?
(君の意見では) この 羊 たくさん 草 食べる-中立 疑問
「君は、この羊、たくさん草を食べると思う?」

ちなみにまだ調べていないのですが、sence(「君によれば;君の意見では」)の位置も地味に気になるところで、この手の文副詞的な意味を持つ語は文頭に来るほうが自然な気がするのですが果たしてどうでしょうか。精査する必要はあるでしょうが、統語構造(というよりは語順かな)のほうでも差異があるかもしれません。ないかもしれないけど。

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なお、キプロス方言についてはもちろん先行研究があります。特にトルコ本国のほうで盛んに研究がおこなわれているようでもあるので、詳細に立ち入るためにはさらにそちらも参照する必要があるわけですが、やはり疑問文がアツいな…

トルコ語のバリエーション

疑問の付属語miの省略という現象はアゼルバイジャン語などで見られることが知られていますが(私自身も科研費の課題でこのことについて一時期研究していたことがあったりなどしました…)、トルコ国内でもキプロス方言についてはその現象があるということは見聞きしていました。

上記リンク先の本がキプロス方言について書かれてある重要な研究書の一つ。しかし相変わらず文字化けしますね…
書名、"Kıbrıs konuşuyor"と綴ります。「キプロス」はトルコ語ではKıbrıs. "konuşuyor"は「話す」という動詞の現在形です。

キプロス以外のアナトリアのほかの地域方言でも、そのような現象がみられるという話をトルコにいるときに聞いたことがあります。この辺も状況が許せばフォローしていきたいところではあります。

日本語でも、地域の多様な方言の記述が研究として行われていますよね。あれのトルコ語版とでもいうのでしょうか。将来的にやれたら面白いでしょうね…もっとも、トルコ国内でのフィールド調査というのは日本と比べると相当制約がありそう、ということはありそうですけどね。

…といったことにも思いを巡らせる、『星の王子さま』キプロス方言翻訳版であります。

トルコ語の地域方言版、ほかにも何冊か存在するようです。私の手元にはこれでアンテプ(ガズィアンテプ)方言に次いで2冊目のトルコ語地域方言訳がやってきたわけですが、ガズィアンテプ方言のこともそのうち書いてみますか。

なおほかの方言版についても、現在2冊ほど到着待ちだったりしましてね…テュル活の日々はやはり続くのであります…ゲヘヘ…

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