SFプロトタイピング小説「北部回廊」4
4.澗
2064年の97億人をピークに、人類文明は人口減少時代に突入した。環境問題も、食料問題も、温暖化も、すべて吹っ飛んだ。「いずれ人口は減る。一時的な問題に、何を騒ぐ必要があるんだ」と。
各国は、人口減に加えて高齢者層の増加に悩んでいた。80歳以上が保有する貯蓄の地球規模的増加と、平均寿命の世界的急上昇は、低インフレーション社会への無言の圧力となった。インフレは長生きする高齢者の将来資産を、静かに刈り取ってしまうからである。何もしなければ、今日の10億イェンが20年後には5億イェンに激減する。
2010年頃まで各国の経済学者は「高齢者層は貯蓄を切り崩して生活する」「だから高齢国家はインフレになりやすい」と断じていた。でも超高齢化社会を迎えたジェイ国は、インフレどころか、いつまで経ってもデフレから脱却できなかった。経済学者たちは「なんだ、違うじゃないか」と臆面もなく転向した。2050年、高齢者が人口の過半数を占める国は70を超え、マイルドなインフレターゲット政策を掲げる政党ですら、これらの国でことごとく議席を失った。世界は極・低成長、極・低インフレ、極・低金利の状態を保持したまま、半世紀を経ていた。
例外だったのがアフリカ大陸である。他国を尻目に、若年層人口は増え続けた。また今世紀初頭の高度経済成長により、欧州やユーエス国に散らばっていた優秀なディアスポラが、母国の大きな可能性を信じて2015年頃から帰国を開始した。2030年までに、これらディアスポラの“アフリカ帰還”は6,000万人を突破。アフリカの人口増に寄与し、欧州各国の人口減にさらなる追い打ちを掛けた。
欧州各国の人口減は、2040年代まで環境問題をリードしてきた欧州市民の意識を、大きく変えることになった。「人口が減るのに、カーボンを気にする必要があるのか?」「我々は、ひょっとして政府による『官製市場創出』に引っかかったんじゃないか」と。
今世紀初頭、ユーエス国に代わる覇権国家を目指したアジアのシー国は、こうなることに気づいていた。自国の人口増が無理ゲーと見るや、アフリカに目を付けた。地球上に残される唯一の人口増地域だと、分かっていたのである。
「AI 化が進んでも、シンギュラリティを迎えたら、いずれ生産性向上は限界を迎える。国民を食べさせていくには、人口増地域に投資し、その果実を取り込むことで、自国の経済成長を維持していくしかない」
シー国大統領の言葉は、国民に響いた。シー国の為政者に選択肢は無かった。ユーエス国とその同盟国に軍事衝突をチラつかせつつ、あるグローバル感染症がもたらした短期の経済混乱に乗じ、中央銀行デジタル通貨『シーユアン』をいちはやく導入。アフリカ諸国と同様に、2022年には経済のV字回復を果たした。
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