3.ケーススタディ:OMオーエム株
感染終息まであと数株に迫っていた2021年末、南アフリカ共和国の医師会会長の勇気によって報告された、新たな感染株 OMオーエムは、それまで流行していたDLディーエル株と全く異なる性質を持つ、奇妙な相手だった。
OM株のいち感染者が二次感染を起こすまでの『世代時間』は、早い段階でDL株の半分程度の2日間と判明。この事実から、各国の感染症専門家は「OM株のPCR陽性者数の増加率、いわゆる【感染速度】は、おそらくとんでもない速さになるだろう」と予測した。
とんでもない【感染速度】とは、言い換えれば速度の伸び率が大きい、すなわち【加速度】が大きいと同義である。
ならば【加速度】に細心の注意を払い、これを「近似的に観測できる指標」を見つけさえすれば、有意な感染対策を即座に打てる。
以上の論理的帰結から、OM株対策における各国政府の最重要ミッションは、❶【加速度】の近似的な観測と❷そこから類推できる感染ピークの早期見極め、❸感染ピークから演繹した総・重症者数/総・死亡者数の予測と❹それに応じた医療資源の最適な時系列的配分、との方向に一致していく。
もし加速度がプラスからマイナスに変われば、速度は落ちる。アクセルから足を離せば、摩擦の影響で加速度はマイナスに転じ、スピードが落ちる。スピードが落ち始めると、再加速しない限り、いずれ車は止まる。車の種類(国・地域・ウィルス・文化・気候・・・)によって、止まるまでの距離に違いはあるが、いずれ必ず止まる。誰もが知ってるこの運動法則は、量子力学の世界を除き、有史以来変わらない。
最初に【感染速度】の最高速に達したのは、アフリカ大陸だった(図1-1)。2021年12月14日に加速度がゼロとなり、以降、感染速度が急激に落ちていく。加速度がマイナスに転じて速度が低下し続ければ、どこかのタイミングで必ず陽性者数が減り始める(図1-2、1-3)。
その後、オセアニア、北アメリカ、欧州、南アメリカ大陸が、歩調を合わせるかのように2022年1月8日と9日にそれぞれ最高速に達した(図1-1)。オセアニアは5日後の1月13日、北アメリカ大陸は7日後の1月16日に、早くも陽性者数が減少傾向に転じる(図1-2、1-3)。
欧州は、感染加速度がマイナスに転じると判明するや否や、積極的にリスクを取る戦術に転換する。2022年1月中旬以降、マスク着用義務やワクチン接種証明提示などの各種規制を全面解除する国が、次々と現れる。
これらの国は「加速度がなぜ緩んだか」のメカニズムを一切気にせず、まずは観測事実(図2ー1~3)のみに着目。「厳密な科学的裏付けや対策の総括は、あとでじっくりやれば良い、まずはとにかく”結果”を求めよ」という、有事における鉄則に忠実に従い、リーダーの迅速な意思決定のもと、即行動に移った。
翻ってジェイ国はどうだったか。ジェイ政府は当時、他のアジア諸国やサブサハラ・アフリカ地域と並び、感染騒動の初期から一貫して、欧州やユーエス国よりも”圧倒的に優れた結果”を出し続けていた。そしてOM株の感染動向も、この例外でなかった(図2-3)。
ジェイ国は2022年1月17日、OM株の【感染速度】の最高速に達する(図3-1)。以降、他大陸と同様に加速度がマイナスに転じ(同図)、感染速度が急激に落ちていく。
ジェイ政府・感染症対策助言委員会は、翌18日にこの傾向を感知するや、「想定よりも早い段階で陽性者数がピークを迎える」と確信し、首席大臣官邸に即報告した。
首席大臣官邸は同じ18日、満を持して沖縄・広島・山口の各州と協議に入り、『マンボウ』を申請するよう命令する。「マンボウをやろうがやるまいが、いずれ陽性者数は減る」「ならばやらないよりも、やった方が断然マシ。政権の大きな成果として選挙対策に有効」と判断したためである。
OM株の急拡大により思考停止に陥っていた3自治体は、言われるがままにこれに従った。3つの州以外の自治体も、翌週にかけ雪崩を打って『マンボウ』適用を申請する。目前に”山頂”が見えていたにも関わらず、である。
一方、野党と古典メディアは、政府の助言委員長が発した「ステイホーム不要」発言に対し、執拗に噛み付いた。多くの州自治体と同様、感染急拡大を前に思考停止に陥っていた野党と古典メディアは
2021年春に当時の感染状況を、観測事実のまま『さざ波』と評したある数量政策学者を、寄ってたかってコキ下ろし、
DL株が流行していた2021年夏、委員会からのデータをもとに前・首席大臣が確信を持って発した「明かりは見え始めている」発言を、再び寄ってたかって散々コキ下ろし、
挙句の果てに、ワクチン接種で世界最速の成果を出していた当時の政権を、早期の退陣に追い込む
といった過去の大罪を、償うどころか、再び犯してしまったことに全く気付かない。しかも3回目のワクチン接種の遅れに対し、「スガの頃は良かった」との信じられない悪態までつく始末である。一体全体どの口がそう言う? 感染騒動の本質を見抜いていた一部のジェイ国民は、「いくら何でもやり過ぎ」「普通じゃない」と呆れ果てた。
同委員長は、1月18日の段階で「深刻な水準に至らない」との分析結果が出ていた重症者数や死亡者数をもっと抑えるべく、『マンボウ』とは別の新しいアナウンスメント効果をもたらす「人数制限」のみを、この会見で強調するつもりだった。が、OM株感染の早期終息を確信していたためか、つい口を滑らせ本音が出てしまった。
リーダーに100%の完璧さを求めるジェイ人の国民性はこれを許さず、国民の代弁者を自称する野党と古典メディアは、この些細なミスを見逃さない。こうして”他国よりも圧倒的に優れた結果”の最大の功労者だった同委員長は、ついに精魂尽き果て、メディアと戦わずして発言を撤回・陳謝。OM株の感染終息を見届けた後で、職を辞してしまう。
古典メディアによるOM株の感染状況の把握やその報道振りは、さらに「普通」じゃなかった。【感染速度】が減速中にも関わらず、どの報道機関も「感染拡大が止まりません」と連呼し続けた。
加えてDL株の流行期と同じく、足し算引き算掛け算割り算だけの【四則演算】分析ショーが連日続く。PCR検査の国全体の最大キャパシティが、当時35万~40万件/日だったにも関わらず、「一日の感染者数が最大36万人になる可能性も」と報じるメディアまで現れた。
もはや論理的な思考すら期待できない状況に、大人はおろか、本格的なデータ教育に親しみ始めていた当時のジェイ国の子供たちも、さすがに最後はシラケていった。
ただし、「アナウンス効果の伝達者の役回り」をジェイ政府からそれとなく仄めかされ、消極的な忖度のもと「不本意ながらも、メディアは”道化”を演じるしかなかった」と分析する歴史家も少なくない。
もし仮にそうなら、この感染症騒動の隠れた犠牲者は、良心の呵責に四六時中ずっと苛まれていた、古典メディアの最前線の人々だった、ということになる。
4.結論
感染症対策・助言委員会の見立て通り、ジェイ国のOM株 PCR陽性者数は2022年2月2日までにピークを迎え、陽性者数はその後激減していく。重症者数・死亡者数のピークがその後に訪れるが、その水準はDL株の流行時の10分の1以下にとどまった。
OM株の感染流行から終息までのサイクルが、極めて短期間に抑えられたことにより、トウキョウ特別圏域やオーサカ州で発生した医療機関の逼迫は早期に解消する。2022年2月末にはOM株感染が完全に沈静化、ジェイ政府は状況のコントロールにまたしても成功する。
さらには、このOM株を含む感染症騒動全体が治まったあと、「最も上手く感染症に対処した国」として、世界の称賛を浴びることとなる。こうしてジェイ国は、グローバル世界での“希少性”を高めるという自国ブランディングを、着々と進めていく。
別の見方では、「この成功の陰の立役者は、今は無き古典メディアだ」と、一見グダグダだった古典メディアを評価する向きもある。敢えて”道化”を演じたとの邪推が事実なら、アナウンスメント効果という重荷を背負った組織の悲哀を十分理解しつつ、この騒動の一番の犠牲者であり貢献者でもあった古典メディアの現場の人々を、いくら称えても称え過ぎることは無いだろう。「感染拡大を未然に防いだのは、実は我々だ」との自負を抱きながら、業界を去った人々が当時もし居たとすれば、これほどの切ない茶番は無い。
データ出所:すべてOur World in Data
図1ー1:各大陸の感染"速度"の推移(2021年11月24日~最新)
図1-2:各大陸の陽性者数(片対数スケール、100万人あたり、一週間の移動平均値、2021年11月24日~最新)
図1-3:各大陸の陽性者数(実スケール、100万人あたり、一週間の移動平均値、2021年11月24日~最新)
図2-1:主要国の感染"速度"の推移(2021年11月24日~最新)
図2-2:主要国の陽性者数(片対数スケール、100万人あたり、一週間の移動平均値、2021年11月24日~最新日)
図2-3:主要国の陽性者数 (実スケール、100万人あたり、一週間の移動平均値、2021年11月24日~最新)
図3-1:ジェイ国の感染”速度”の推移(2021年11月24日~最新)
図3-2:ジェイ国の陽性者数 (実スケール、100万人あたり、一週間の移動平均値、2021年11月24日~最新)