SFプロトタイピング小説「北部回廊」3
3.溝
「いいですか、この話のキモは【新ジカ】の前身、国際協力公団【旧ジカ】による実績です。【旧ジカ】がアフリカやアジアでやっていた開発援助の歴史がほんとに大きかった。アジアでは前世紀からずっと評価されていたし、貧困層を中心に、アフリカでも今世紀初めには、評価が大きく高まりました。だけど……」
「援助の貢献度を定量的に評価できなかった、だな」
「全くその通り」
「俺の口癖、イジるな」
「ハハハ、スミマセン。いや、全くそのとおりなんです。【旧ジカ】が“めっちゃ、いいことやってる”っていうのは、世界中の誰もが何となく理解するようになった。でも、“どのくらい、いいことやってる”のか、誰も定量的に説明できなかった」
「そこで今世紀初頭の古典、2019年のノーベル経済学賞、バナジー/デュフロ夫妻によるアール・シー・ティー手法の応用がすべてを解決してくれた。お前の会社の名前は、この功績に因んだんだろ?」
「今年で創立80周年です!」
アール・シー・ティー手法とは、『ランダム化比較試行』とも呼ばれ、前世紀半ばの1950年代頃から、主に製薬業界で用いられてきた手法である。グローバル感染症が流行した2020年代、一般の人々のワクチン・治療薬開発への関心の高まりとともに、製薬業界だけでなく国民生活のあらゆる場面において、アール・シー・ティー手法を活用した“エビデンス・ベースド“が、メインストリーム化した。
すなわち「介入を受けた人」と「介入を受けなかった人」、つまり「開発中の治療薬を飲んだ人」と「偽薬を飲まされた人」の治療薬の効果差を詳しく計測することで、開発中の治療薬の有効性を厳格に評価するという手法が、あらゆるビジネス手法や政策立案のプロセスにおいて、援用され始めたのである。
世界銀行やアジア開発銀行、欧州の援助機関などは、アール・シー・ティー手法のすごさにいち早く気づいていた。試行錯誤を繰り返しながら、2000年代から対途上国・開発援助プロジェクトの社会的インパクトを厳密に計測していた。途上国の人々や社会がハッピーだと感じるのは、どういう種類のプロジェクトを、どのようなデザインとプロセスで実施したときなのか、つまり「どんな“いいこと”をやれば、どれほど“いい結果”が導かれるのか」について、その方法と結果の組み合わせが、だんだんと解明されていったのである。特定の感染症に効くワクチンや治療薬が、猛スピードで開発されていったように。
「でもって【旧ジカ】や世界銀行、そのほか世界各国の援助機関による『アール・シー・ティー・インパクト評価』事例が天文学的な数に積み上がった2030年、じゃあ結局のところ、一番“いいこと”やっている国や機関はどこなのかランキングしてみよう、ってな話になり……」
「我がジェイ国の無償・有償・技術協力援助が、他を寄せ付けず圧倒的なトップだった、ってジェイ国民なら誰でも知ってますよ。中学の歴史で勉強しますからね」
「全くその通り。そこからだ、我が国の信用度が圧倒的に高まったのは。2040年頃になると、外務省や【旧ジカ】を通り越して、ついに『ジェイ人のやってることなら“いいこと”に違いない、絶対に信用できる』ってところまで到達しちまった」
「結局ジュマさんの講義になっちゃってますよ….…まぁ、いいんですけど。で、残る質問は、“いいこと”の度合いをどうやって定量化しようとしたか、そもそも“いいこと”って何だ、の2つですか。これ明日のワカンダとの協議の最初に、ちょこっとプレゼンした方がいいですよ、ジュマさん」
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