orange
朝起きたら誰かが横にいた。なんてこともなくて、祐利は目覚めた。「おはよう」を言う相手はもう何年かいない。欠伸をして手探りで煙草を探して火をつける。心地の良いメンソールの匂いに、窓から差し込む陽射しが眩しい。
今日は何も予定のない日曜日。もう10時で日は高いな。散歩でもしようかな。どこに行くかも決めずにぶらぶら歩いてくのは意外と楽しい。買い物行くのも友達と遊ぶのも飲みに行くのも好きだけど、ただただ適当に歩いていくのはちょっと違う楽しさがある。たとえば新しくできたお店を見つけたり、公園でブランコ乗ったり、商店街を冷やかしたりする。ただそれだけで、それ以上でも以下でもない普通のことだけど、そういう時間も大切かなあって歳を重ねて思うようになった。
てくてくと歩いていく。3月は三寒四温で寒いのと暖かいのが半分だけど、今日は後者の日。少し歩いたらどこかで蕎麦でも食べるかな。ケバブでもいいな。茹で上がった蕎麦の匂いも、回っている肉の塊を削ぎ落としていくのを見るのが好き。別に有名な場所でなくてもいい。家の近くの商店街でも線路沿いでも、歩いてたら何か見つかるから。なんのために?そんなのわからないけどただ歩いてるだけ。それに意味があるかどうかはわからない。でも、どこかに知らない何かがあるってことだけは確かだ。
もちろん家にいることも好き。映画観て音楽聴いて本読んでいるだけでも十分楽しめる。ただ、「実感」が足りない。肌で触れるものとそうでないものには大きな違いがあると祐利は思ってる。触って匂って体で感じると、外部のそれが自分と一体化するような気になるから。テレビの画面で見る人よりも、何の会話もなくてすれ違う人が好きだ。その場の空気を共有している気がするから。その人のことを知らなくても、「その時のその場所で一緒にいる人」っていうだけで特別な気がするから。
適当に新井薬師を歩く。美味しそうなお店がたくさんある。飴細工のお店もある。中には、きれいな模様した飴がたくさん。食べるのが勿体ないな。古い銭湯がある。たまには入るのもいいかも。社会人になって基本的にはシャワーだけど、湯船につかるのも悪くない。
美味しそうな蕎麦屋があった。天蕎麦一枚でお腹一杯だ。店を出てまた歩いていくと、なんだか幸せ。BGMはランダムで流れてきたのは木村カエラの「orange」。
一人ぼっちの街。だけど、そうじゃない街。誰かがいる所。わかっているから歩くんだ。キミもボクも1人じゃない。
何もないボクの心は、歩いていると満たされている。さあ、もう少し歩いて帰ろう。