お持ち帰られ喫茶店❾|あきたこまち姉妹と、三角形の情事条件。
※トップ画像はイメージ画像です。
※読者はお好みの人物を投影してお読みください。
長針と短針が重なる。
ポーン、ポーン、ポーンと繰り返す音。
月に雲が掛かり、影が消える。
梟が目を光らせ、猫が鳴く夜。
|
|
|ω・)コソ
|彡サッ
|…シーン
|*・ω・)ノЮ カチャ
|ε=ε=ε=(*ノ´³`)ノタダイマ〜♪
(お、お、おまい……おまいなのか?)
おー、おれだよー。
(ほんとに⁉︎ほんとか⁉︎)
おー、ほんとにほんとだよー。
(ぐぅ……うぅ……ふぐっ……あ、あいたかったぞぉーーーっ!)
おー、まじかー。
(な、なんか、ひさしぶりの感動の再会なのに温度差ありすぎて、耳キーン、なるんだけど??)
おー、感動感動だよー。
ちなみに、キーンなるのは、高低差の方だよー。
(それはそうと、おまい、何しに帰ってきたん?)
あん? そんなんあたりまえやないかいっ!!
ええ? 書きに戻ってきたに決もとるわっ!!
おお? われぇとぼけてっといてまうぞっ!!
(キャ、キャラ変しとる………か、書くって、お持ち帰られ喫茶店か?)
はあ? ほかになんがあるちゅうねんな!
:((;´☋`;)):フルフルフル
:((;´☋`;)):フルフルフル
:((;´☋`;)):フルフルフル
おい、どした??
(੭ु ຶਊ ຶ)੭ु⁾⁾アーオウッ
(੭ु ຶਊ ຶ)੭ु⁾⁾アーオウッ
(੭ु ຶਊ ຶ)੭ु⁾⁾アーオウッ
じぶん、あたま、いてもーとるやんか。
(代弁してる!全国のお持ち帰られ喫茶店ファンの童貞諸君と、枯れかけ男性軍団と、きゅん欠女性陣の!)
おー、ほんなんもうおらんのちゃう?
(いるわー、ぼけぃ!北は北海道から南は沖縄波照間島までいてるわ!)
南だけやけにピンポイントやけど、個人情報、大丈夫?
(うっ……そ、そだな……うん、ちょっと消してくるわ!)
まあ、ええけどな。その間に、ひさひざに書くとするかー、『お持ち帰られ喫茶店』。
ファン童貞諸君(੭ु ຶਊ ຶ)੭ु⁾⁾アーオウッ
枯れた男性軍団(੭ु ຶਊ ຶ)੭ु⁾⁾アーオウッ
きゅん欠女性陣(੭ु ຶਊ ຶ)੭ु⁾⁾アーオウッ
意図せず三角関係に巻き込まれること、てあるよね。辺BCを底辺としたときの頂点Aみたくね。今回は、そういう形のはなし。
さて、帰ってきたお持ち帰られ喫茶店は、やはり、こんな風に始まる。
わたしは珈琲が好きだ。
だから上京後は喫茶店で働いた。
こうして物語の舞台が整った。
世界は三角形に溢れている。
それは、二点でも四点でもない。三点であること、そして、三点のバランスが大切なのだ。恐らく、人類がどれほど進化したとしても、三角形に隠された謎を解き明かすことはできないだろう。だから、
世界は三角形に溢れている。
街角には、ほかほかのチョコレートがとろけだす三角形があり、はるか西の海には幾千の魂が眠る三角海域があり、空を見あげればオリオン座のベテルギウス、シリウス、プロキオンからなる冬の大三角形が輝いているように。
世界は三角形に溢れているのだ。
今回の主人公(ヒロイン)は、そんな三角形の頂点のひとつである。頂点Aでは味気ないので、小町糸(こまちいと)と呼ぼう。そして、もうひとつの頂点を麻(あさ)と呼ぶことにする。麻は糸の姉である。糸と麻で小町姉妹。
小町姉妹は、美人が多いことで有名な米所の地方都市から上京し、都内の2DKのアパートでルームシェアをしていた。姉の糸はわたしと同い年で、糸はわたしの四つ年下であった。一時期、わたしは当喫茶店を辞めて学業に専念していた。その際に、働いていたのが糸だった。辞めてはいたが、仲の良い先輩スタッフからお呼びがかかれば、気の利いたお土産を片手に店へ顔を出していた。血反吐を吐きながら蓄えた金に群がる飢えたハイエナどもに餌を喰らわせていた。血反吐は嘘だけど。
街がクリスマス・カラーで彩られ、もみの木が何処からともなく、にゅっと現れる頃、ピロン♪と催促メールの通知が届いた。わたしは店へと召喚された。そこで、
「Uちゃん、年末にさ、夜会やるから予定空けといてよ。」
と映画マニアで特撮マニアでカルト・マニアでテクノ・マニア諸々で忙しい先輩スタッフの誘いがかかった。夜会とは、要は飲み会であった。が、かなりクセの強い飲み会だった。メインとなるのは、先輩スタッフが世界中から集めたマニアックな映像を編集した動画になるのだが、それが、また、ひと癖もふた癖もあった。しかし、飽きさせない編集技術や演出が施されていた。観ている内に引き込まれる心理学的細工が仕掛けられていた。それはクラブでトリップする感覚に似ていた。
「オーケーです。新作、楽しみすぎます。」
わたしは二つ返事で了承した。
「いや、今回も良いの集めたよ。途中でリタイアはなしだからね、ぐふ。」
とカルト先輩は不敵な笑みを見せた。
「相変わらず変態ですね(笑)」
わたしは、先輩が好きそうな言葉を返した。
「わかってるじゃない、Uちゃん!」
「どーもです。」
「あれね、Uちゃんも、いつもの持っておいでよ。新作出来てるでしょ?」
「あー、良いですか?じゃあ、持ってくんで感想聞かせてください。」
「いいよ、もちろん。Uちゃんのいやらしい詩を読んであげようじゃないの。んぐふぅ。」
「いやいや、いやらしさでは敵いませんよ。」
「嫌いじゃないクセに〜」
「まあ、はい、嫌いじゃないです(笑)」
「いやらしい男だ、この変態!」
「まあ、否定はしませんけどね。」
ニマニマしながらマニアックな会話をしている青年二人は、側から見れば、どちらも変態に違いない。おんなこどもは近づかない方が良い人種である。そこへ、ネルの煮沸を終えた糸が戻ってきた。
「おかえり、糸。寒かったろ。」
カルト先輩の低音が響く。
「ただいまです。寒かったです。」
鼻にかかった声で糸が返事する。
糸がチラリとわたしの方を見て会釈する。
わたしも糸を見て軽く会釈する。
「あー、ふたりは初めましてか。糸、この変態そうなひとはUちゃんでね、前にここで働いてたんだ。Uちゃん、こちら糸、あたらしく入った学生さん。今度の夜会にも誘ってるから、仲良くしてあげてよ。」
カルト先輩がわたしたちを繋げてくれる。こうゆう配慮があるから、あやしさ満点のカルトは慕われている。わたしもそのひとりなのだけど。
「あ、はじめまして、です。糸です。」
糸は首を横に傾げて笑顔を向ける。鼻にかかった声が、心地良い。
「あ、はじめましてです。Uです。カルトさんはああ言ってるけど、変態ではないので、お間違いなく。」
わたしは、すこし声を低くして、信頼を得ようと試みる。
「あ、はい、あたしも『変態、変態』てゆわれてますけど、変態じゃないです(笑)」
「なるほど。じゃあ、一緒に被害者の会を作って、汚名を返上しましょう、断固拒否!」
「えへ、ですね、断固拒否!」
「よし、徹底的に戦うぞっ、おー!」
と、わたしは拳を突き上げる。
「えへ、おー!」
と、糸が小さなこぶしを上げる。ゴツン。糸はこぶしを棚にぶつける。
「いでで…」
糸はぶつけた手の甲をさする。
「だ、大丈夫?なんかごめんね。」
わたしは糸の手を気遣う。
「あ、大丈夫です。あたし、よくぶつけちゃうんです、どじ。えへ。」
「そうなんだ?てか、さっきの何弁?」
「あ、あたし、訛ってましたかね?こっちの生活に馴染めないから、つい、出ちゃいましたかね。」
糸は、痛めた手で頭をぽんぽんぽんと軽く叩く素振りを見せる。
「いや、そっち、ぶつけたばかりの手。ちょっと見せて。はい、手をひらいて、ぱーにして。」
わたしは糸にぶつけた手を見せてもらうことを促す。糸は素直に手をひらいて差し出す。わたしは、糸の手を取り、明かりの下で目に近づける。
「うん、傷にはなってないね。派手にぶつけたから心配だったけど、大丈夫。痛みはどう?」
「はい、大丈夫です。なんか、すいませんです。さっそくどじなのがバレてしまいました。」
「いや、言わなきゃわからんよ、それは。」
「あ、しまったって感じですね、どじだなぁ。」
その様子を下卑た笑みを浮かべながら見ていたカルト先輩が口を挟む。
「ほら、そうやって手を触れるのが、Uちゃんの手口なんだよ。まったく、いやらしいおとこだよ、この変態!ぐふ。」
おちゃらけたカルト先輩の合いの手に、わたしと糸はおもわず目を合わせ、吹き出す。糸のどじのおかげも手伝い、初対面のふたりは自然と言葉を交わすことができた。あざとさより、隙より、どじにに惹かれるわたしは、カルト先輩の言う通り変態だったのかもしれなかったのかもしれなかったのかもしれないかも。
夜会当日。風が吹いている。
るくるくるくる吹いている。
寒空の下、落ち葉を踏む音も静けさに沁み入る夜、カルト先輩宅に集う怪しげな者がいる。この日の怪しげな者は、わたしと糸とカルト先輩のほか三名である。いずれも、カルト先輩から『変態』の烙印を押された者たち。決して消えることのない烙印。ちょっとだけ格好いい。
カルト先輩の音頭で夜会が始まる。
寒鴉が見つめるのが虚空なら、わたしが見つめるのはケンタッキーフライドチキンのパーティバーレルに描かれた白ヒゲおじさんの虚空の瞳である。お口恋人、フライドチキン。肉汁の前に、わたしの口の中では、すでにアバンチュールが始まっている。あばんじゅるるる〜。凝視するわたしに気づいた糸が声を掛ける。
「Uさん、すっごい見てますけど、好きなんですか?」
「まままさか、たまさか、たかが鳥ですよ?チキン野郎の癖にまんなか陣取ってたんで、ガン飛ばしてやったんす!」
急な指摘に不意を突かれたわたしは、心にもないことを言ってしまう。すまない、マイ・ハート。
「ンフ♪ Uちゃん、糸の前だからって格好つけてるじゃない。チキン、嫌いじゃないじゃない。いつも、まっさきに食べてるじゃない♪」
カルト先輩が指摘する。カルトめ余計なことをと内心で思いながらら、わたしはクールなスマイルでスルーする。
「ンフ♪ 糸ちゃん、天邪鬼なUちゃんにチキンを取り分けてあげてよ。」
カルトの優しさに不意を突かれたわたしは、心の中でチキンの神に懺悔する。すまない、カルト、われを許したまえ。アーメン。懺悔が神の御身に届いたのだろう、糸はチキンとビスケットを取り分けてくれる。さり気なく横に置かれた特製ハニーメイプルが、わたしの邪心を清めてくれる。脳内では中島みゆきの糸が流れている。ああ、みゆきさん、これを仕合わせと呼ぶのですね。
カルト先輩の映像作品の視聴が終わる。すっかり酔いが回ったわたしの前頭葉は、すでに仕事をすることを放棄している。宴は続いている。参加した変態どもが持参した画集や写真集、漫画作品を堪能する時間だ。他称・変態のわたしが持参した作品集のファイルが糸に回される。
「あ、これ、あたしも読ませてもらっていいやつですか?」
「ええやつ、ええやつ、にゃはは♪」
「Uさん、酔ってますか?(笑)」
色白の糸の頬も朱に染まっている。
「ぼかぁ、酔っております、にゃははー♪」
床に放られたレジ袋をクシャクシャするだけで笑けてくるわたし。ちょっと頭が弱いのかもしれない。
「なんか、あやしい行動してるー。」
糸は笑いながら、わたしの行動につっこみを入れる。
「むむむ、あんにゃ、いとー、前髪、こう、あげてみー。」
「えー、なんでですかー?」
「んー、人相占いしてやんにゃはははー。」
「えー、そんなのできるんですかー?」
「できる!できます!できるはず!」
「なんかすごい圧(笑)えー、じゃ、はい。」
糸が手で前髪をかき上げ、額を出す。
わたしは、顕になった糸の額を掌で叩く。
ペシペシ、ペシペシ、ペシペシ。
「え、え、なに、なにー?!」
「にゃははははーっ。」
「あー、だましたー!」
「にゃははははーっ。」
前頭葉が溶解したわたしと糸が戯れる。わたしが糸の額を狙うなら、糸はわたしの手を払い除けよう構える。なるほど、酔拳の使い手という訳か。ならば、わたしは、ニャンと神拳の真髄をみせてくれよう。ふたりの負けられない闘いが始まる。待ったなしの一本勝負だ。負けた方は末代までその汚名を背負って生きることになる………はずない。ただの酔っ払いのお戯れだもの。
そんな風にして思い思いに過ごし、精根尽き果てた者がひとりふたりと床に不貞寝し始めた頃、夜会はお開きとなった。わたしと糸の家はカルト宅から同じ方向だったため、一緒に帰ることにした。
外はまだ夜の帳が下りている。東の空はまだ青褐色だ。ひとりで帰す訳にいかない。身に染みる寒さだが、酔い覚ましには丁度いい。糸は自転車を引きながら、わたしと横並びになり、てくてくてくてくと歩く。三十分程歩いたところで糸のアパートに着く。
「Uさん、送ってくれてありがとうございます。」
「うん、いいよ、酔い覚ましになった。」
「冷えたでしょ?良かったらお茶でも飲んで行きませんか?」
糸として社交辞令のつもりだったのかもしれない。しかし、このとき、わたしは思っていた。「
「初めての女性にお持ち帰られるほど、わたしは落ちぶれていない」と。これまでの数々のお持ち帰られが、わたしを少しだけ強くさせてくれました。わたしは女兵を見定めるように、スッと、半歩身を引いた。
「お姉ちゃん起きてるかもしれないけど。」
わたしの心中などお構いなしに糸が追撃を加える。
(あ、そうなの?)
(神よ、勘繰ったわたしを許してくれたまえ)
わたしは心の中で懺悔する。
東の空が白み始めている。ひと筋の陽光が建ち並ぶ家屋の隙間から挿す。光の粒子が朝を起こす。空気はまだ寝ぼけ眼で淀んでいる。温まるにはもう少し時間を要するだろう。わたしは、糸の申し出を受けることにする。
「じゃあ、眠気覚ましの一杯、もらおうかな。」
「はい、いいですよ。Uさん、お腹は空いてませんか?」
「あー、うん、空いたと言えば空いた。」
「そしたら、簡単なもの用意しますね。」
「なんか悪いね、気を遣ってもらっちゃって。」
「ううん、いつも、あたしかお姉ちゃん、先に起きた方が用意するから、大丈夫です。」
「おおう、そういうとこは姉妹で暮らすメリットだね。」
「メリットだけじゃないですけどね(笑)」
二階の東の角に位置する小町姉妹のアパートへと進む。糸のあとに続いて玄関に入る。朝日を受けて磨りガラスがつぶつぶと光っている。息する鼻腔に、生活のかおりが入り込む。他者の存在を強く感じる瞬間だ。大袈裟かも知れないが、わたしの場合、最初の生活のかおりで、その場所が自分にとって居心地の良い場所かどうかを悟ってしまう。ここは、居心地が良さそうだ。奥から「おかえり」の声がする。
「ただいま。」
「もっと遅いかと思った。メールくれれば良かったのに。」
「あー、うん、中途半端な時間だったから。」
「ふーん、まあ、良いけどね。ん?」
糸の姉がわたしの存在に気づく。
わたしは、存在に気づかれてことに気づく。
「あ、えーと、おはようございまーす。」
と、わたしは咄嗟に挨拶する。目覚め始めた前頭葉が先手必勝と判断する。
「あ、おはようございます。えーっと…」
と、糸の姉は虚を疲れて答える。ペースはわたしが掌握した兆しである。
「あ、お姉ちゃん、こちらUさん。送ってもらったんだ。」
と、糸がふたりの間合いを測り、引き離す。やるではないか、糸。
「あ、そうなんだ。初めまして、糸の姉の麻です。ええっと〜、糸の彼氏さん?」
OH!ねえちゃん(お姉ちゃん、とお読みください)、いいパンチ持ってるじゃな〜い、と心のなかで強がりながら、わたしは、ひとり、あわあわする。脳細胞は未だに立ち上がれていない。やばいぜ、このままじゃワンパンチでKOだぜ。だれか、わたしにモーニングコーヒーを!そこへ、糸がセコンドのおやっさんよろしく赤いタオルを投げ込む。
「ち、違うよ、えっと、バイトの先輩、だよ?」と、糸。
「ふ〜ん、バイトの先輩なんだ、喫茶店の?」と、姉。
「そうです、わたしがバイトの先輩です!」と、私。
いかん、これでは往年のギャグをかました挙句に朝からスベる変なおじさんになってしまう。わたすの第一印象、早くもピンチです。だっふんだっふん(ん?なんか変?)。
「寒かったからコーヒーでも飲んであったまってもらおとおもったの」と、糸。
「そう、じゃあ、ちょうど良かった。今淹れるところだから」と、姉。
「あ〜、じゃあ、いいですね〜、ちょうどですね〜」と、変。
三者三様とは、まさに。それぞれが三角形の頂点としての役割を見事に果たす朝。そんなことはお構いなしに、太陽はぐんぐんと昇り、街に影を作っていく。わたしの心の動揺と暗部を見透かすように。
「じゃあ、Uさん、上がって」と、糸。
「お言葉に甘え、お邪魔します」と、私。
「いま、コーヒー淹れますね、Uさん」と、姉。
「お姉ちゃん、わたし、ごはん作るね」と、糸。
「おっけ、Uさんのもね」と、姉。
「あ、なんか、すいませんね、へへ」と、私。
半数の脳細胞が瀕死のわたし、気の利いたことはひとつとして言えない。なんなら、部屋と姉妹の温もりで居眠りをしてしまいそうだ。
コトコトと、ポットのお湯が沸く音がする。
ジジジジと、トースターのタイマーが回る。
ぷつぷつと、たまごが目玉焼きへと変わる。
手際よく用意されていくトーストと目玉焼きとコーヒー。両者から、ほわほわと湯気が立ち昇る。晴れる視界の向こうでは、ふたりの天女が月白の羽衣を纏ってわたしに手招きしている。知らぬ間にわたしは天に召されたのか。ああ、みゆきさん、これを仕合わせと呼ぶのですね。我が曇天人生に、今、後光が射しております。
「Uさんは、ブラックでいいひと?」
天女1(麻)の声が聞こえる。
「Uさんはブラック!」
天女2(糸)の声も聞こえる。
「なに糸、おしかけ女房みたい(笑)」
天女1(麻)がケラケラと笑っている。
「別にそういうつもりじゃないけどー(笑)」
天女2(糸)がケセラセラと返している。
なんだろう、目の奥がジーンとする。わさびを食べた訳ではないのに鼻の奥がつーんと沁みる。くぅ〜。はぁ〜。これを仕合わせと呼ぶのですね、みゆきさん。わたしは、いま、鼓動が止まっても悔いはありませぬ。アーメン。
朝食とコーヒーをご馳走になり、すっかり心も身体も、なんなら懐もぬくもったわたしは、小町姉妹のアパートを後にした。見知った街が煌めいて見えた。思わず、「おはよう、小鳥さん。おはよう、風さん。おはよう、雲さん。おはよう、おはよう」と言いなが、自転車で疾走していたかも知れない。今なら、空の飛び方だって思い出せるに違いない。
I can fly!
気分はペコです(『ピンポン』@松本大洋より)。
わたしの世界に天女が舞い降りた日から、わたしは、しばしば、喫茶店に足を運んでいた。おみやは欠かさない。飢えたハイエナどもを飼い慣らすためだ。腹を空かせたハイエナが、万が一にも、天女に牙を剥きでもしたらたまったもんじゃない。あぶぶ、あぶぶよ。インシデントを未然に防ぐためなら漱石も分かってくれるだろう。さようなら、三人の漱石。
店に寄るたび、帰りは糸を送って行くことが習慣となっていた。糸のアパートに寄り、お茶を一杯飲んでから帰宅することも習慣となっていた。大抵は麻も居て、三人でたわいもない談笑をした。小町姉妹のアパートは、木枯らしでかさついたわたしの心を潤す居心地の良い場所となっていた。
脳内にすっかり忘れていた音楽が流れる。
(ずんちゃ、ずんちゃ、ずんちゃ、ずんちゃ♪)
そして、こちらは、音楽企画でつながったギタリストの『青央さん』が、『お持ち帰られ喫茶店』のために書き下ろしてくれたBGM(限定配信)↓
そんな時に限って事件は起こるものだ。
いつからか、わたしの顔も気も、締まりを失っていた。ゆるゆるのゆるゆる。両の拳はだらりとぶらさがり、ノーガードもいいところ。半開きの口端からは仕合わせという名の涎が垂れていたことだろう。
「ねえ、Uくん、聞いていい?」
麻が口火を切る。
「いいよ♪いいよ♪質問ってなあに?」
ずんちゃなマーチでわたしが応じる。
「Uくんて、いま、恋人とかいないよね?」
火炎放射器が火を噴く。あっつ!
きょうから彼女のことを火龍の麻(英:Fire Dragon ASA)と呼ぼう。
その刹那、右斜め60度の方角から、北国の冬のような冷淡な猛吹雪がわたしの視界を覆う。さっぶ!
きょうから糸のこと零氷の妖魔・糸(英:Frost Demon ITO)と呼ぼう。
あら、両方で均衡がとれてちょうどよか塩梅に……なるばすなかろうもん。でんぐりがえって バイバイバイした先には帰りたくない家に早変わりしている。おい、匠、仕事早いな!と独りごちる。
(緊急警報!緊急警報!敵機襲来!)
(総員、直ちに配置につけ!)
わたしの脳細胞が慌ただしくかけ回る。血が、血が足りない。脳内湾岸署は血液を求めてます!仲間を助けてください!わたしの心の叫びに呼応する者はいない。
「ねえ、お姉ちゃん、Uさんにちょっかい出さないで!」
かわりに糸が叫ぶ。この声はしっかりと聞こえる。というか、突き刺さる。
「ちょっかいじゃないよ、わたし、Uくんに興味あるもん、ダメ?」
OH!ねえちゃん(お姉ちゃん、とお読みください)(再)が、フックのリリックを決めてくる。
「ダメとかじゃなくて!あたしが先に知り合ったんだよ?」
「順番の問題なの?ねえ、それって違くない?」
「ぐ。そうだけど!」
「じゃあ、糸がわーわー言うことないじゃん」
糸は両手をギュッと握り、俯く。そして、肩を振るわせる。これは、あれだ、知っているぞ。くまの子みていたかくれんぼをする5歳児が泣く前のやつだ。救急班、なぐさめの準備用意!そうして、わたしは糸がギャン泣きし始めるのを待つ。
…ごくり。
…ごくり。
…ごくり。
あれ、なんかちゃいましたかね?
ああそうか、糸はつよい子か、とおもったそのとき、なにかが投下された。一瞬の静寂の後、それは爆ぜた。
「あたしだば、Uさん、好ぎだどもん!おねえちゃんなんかさ負げねぐ、、、あたしの方がずーっと前がら好ぎだったどもん!!!!!」
無音
閃光
爆発
音波
熱風
でけえ気を感じっぞ!
無垢な心を持ちながら怒りによって蘇ったスーパー三角民族・糸がそこにいた。ハッと我に帰った糸は、自分の部屋へ駆け込んだ。大きな音が響き渡る。遅れて、マッハ10.0のジェット機並みの風圧がわたしと麻の心を襲う。ん?いま、トップガン通った?
鳥か?
飛行機か?
いや、糸だ!
残されたわたしと麻は互いに目配せする。どちらも声を失ったかのように上下の唇が開く気配がない。すぅー、という吸気音で、呼吸を忘れていたことに気がつく。
最初に口を開いたの麻であった。
「えっと、ということみたい。」
世界の音楽が再開して、わたしの口もようやく開く。
「みたいですね…」
「Uくん、ごめんね、時々あるのね、こういうこと」
と、麻が苦笑いを見せる。
「こういうこと?」
と、わたしは眉を顰める。
「うーん、ほら、やかんを火にかけていると沸騰したら音が鳴るじゃない、急に。そういうところがあるのよ、糸って」
やかん人間……
聞いたことないぞと心のなかで独りごちながら、わたしは答える。
「いや、ちょっと驚いたけど、おれは大丈夫。けど、糸のことが心配。どれくらいでおさまる?」
「うーん、まちまちだけど、結構かかるかも。ほら、ことがことだけに」
「コトガコトダケニ」
麻の言葉を繰り返すしかないわたし。
「そう、ことがことだけにね。難しい問題よ」
「ムズカシイモンダイ」
「うん、難しい問題。難しくさせているのはわたしなのかもしれないけど」
「麻、聞いていい?」
「うん、なに?」
「さっきの言葉だけど、俺に対するね、あれって、どれくらいの興味?」
「あー、ええと、そうね、うん、わたし、Uくんのこといいなっておもってる。それは異性として。恋人対象として。でも、糸の気持ちよりも大きいかって言われたら、それはわからない。比べるものじゃないとおもうしね。だけど、もし、うまくいかなかったら、あーあってなる気がする。こういう言い方は狡いのかもしれないけど、すこし泣くかもしれない。でも、これがわたしの本心かな」
麻が言い終わるのを待つ。
麻の言葉のひとつひとつが、わたしのこころのなかへ染み込んでいくのを待つ。
わたしのこころのなかで、言の葉が育つのを待つ。
すぅと、ひと呼吸する。
「うん。本心を言ってくれてありがとう。俺に言えるのはね、麻の気持ちには応えられないってこと。これはね、今回のことがあったからじゃないよ。もうね、俺のなかにはね、恋が芽吹く条件が揃ってんだ。いや、もう、芽吹いてんのかもしれん。それはね、糸へね。だから、ごめん。麻。」
「………。」
「ごめん」
「……あーあ、ふられちゃったか、ちぇ」
「ごめんよ」
「ちょこっとだけ、期待してたんだけどな」
「うん」
「はい、わかりましたよーっと」
「ごめんね」
「すぐに『大丈夫』って言えるほど大人じゃないですけど、わたし」
「うん、それでいいよ」
「なんでもかんでも受け止めるな、そういうとこだぞ、ばか!」
「ご、ごまみそ…」
「なに、ごまみそって⁉︎言葉のチョイスへんー」
そう言って、麻は堪えきれずに吹き出した。
「へへ」とこぼすわたしの胸元に、どすんと鈍い衝撃が走る。
「盛大にふられて傷ついた心を温めるために、Uくんよりもあま〜くてやさし〜ココアを買いに行ってくることにしたから。高いやつ!だから、糸のことよろしく。こう見えて、わたし、妹想いのいいお姉ちゃんなの。もっかい泣かせたら、パンチだけじゃ済まないんだからね」
そう言い残して、麻はコートと財布を片手に足早に家を出た。残されたわたしの胸にも、鈍い痛みが残っている。鈍角とそれを挟む二つの辺が形成されている。残りの辺を描き、三角形を完成させることが、いま、わたしに課せられている。地球の命運を託されて宇宙船に乗り込む土木作業員の気分に相似する。だけど、わたしに彼らのように守るべき家族もいなければ、涙を燃料にした勇敢さも、ない。まして、世界一美しい数式を残した物理学者の知能もなければ、ポケットのなかには詩人の言葉の一片も入っていない。それでも、わたしは、伝えなくてはならないことが、ある。
わたしは糸の部屋のドアの前に立つ。伝えなくてはならないことがある。拳をにぎる。伝えなくてはならないことがある。鼓動が速まる。伝えなくてはならないことがある。ふかく呼吸をする。そっとドアをノックする。糸の心のドアをノックする。
「麻は買い物に出かけた。だから、ここにはいるのは俺と糸だけだよ。糸、糸に聞いてほしいことがある。いいかな。ダメならドアでも床でもいいから叩いて合図して」
音は鳴らなかった。
「うん、ありがとう。もし、途中でこれ以上聞きたくないとおもったら叩いて合図して」
音は鳴らなかった。
「俺は、糸が好きです。
夜会の後、はじめて糸を送ってコーヒーを飲んだときから、いや、違うな、ふにゃふにゃに酔っぱらって、糸の額をぺしぺし叩いてたときからだ。糸のこと、好きでした。ごめん。ちゃんと伝えられてなかった。ここでね、糸と過ごす時間が心地良くて、心地良くてね、それはね、俺にとって、ダイヤモンドダスト?が陽の光をあびて煌めくような時間でね、いつの間にか俺のなかで大切なものになり過ぎて、それを壊してしまうのが怖くて、じぶんの気持ちを伝えることができないでいた、ごめん。」
音は鳴らなかった。
「いや、ごめんじゃないね。伝えたいのは、ごめんじゃない。伝えたいのは、俺は糸が好きだってこと。たぶんね、いや、たぶんじゃない、いま、この瞬間、世界中で、誰よりも糸のことが好きだ。大好きだ。大好きじゃ足りないくらい好きだ。降り積もった雪景色よりも好きだ。だから、糸が居ないと、俺の世界から大好きがなくなってしまう。えっと、それは、えっと、美味しいコーヒーがなくなるよりも、なくなってほしくない存在というか、いや、比べるものが違うんだけど、なんていうか、あれ、ダメだな、うまく言えくて、はは……」
音が鳴った。
カチャンと鳴った。
ドアが開いて、そこに糸が立っていた。
糸の泣き腫らした瞳がわたしを見据える。一筋となった髪の束が口元に垂れている。その唇は小刻みに震えている。それでも、糸は、その濡れた瞳でわたしを見つめている。わたしは糸の瞳をうけとめる。
「糸、好きだよ」
糸の瞳が伝えるものに、わたしは言葉でこたえる。こきゅと喉を鳴らして、糸が口をひらく。
「わたし…さっき、ごめんなさい…」
わたしはかぶりを振る。
「あたま、かぁーってなって…」
わたしはかぶりを振る。
「あんなに方言でてしまって…」と、糸。
「あれ、すげーかわいかったよ」と、わたし。
「うそだ…」
「ほんと。」
「はずかしい…」
糸の耳がみるみるうちにまっかになる。
「やばい、いまの糸、すごいかわいいんだけど。」
わたしはたまらず糸の耳をゆびさきでふれる。
ぴくんと、糸の体が反射する。
「ごめん、つい」と、わたし。
「ううん、」と、糸。
「さっきのわたしがなに言ってたか、Uさん、わかった?」
「うーん、正直、解読不能なとこ多かったけど、肝心なところはわかった」
「はずかしい…」
「ちなみに、さっき、俺が言ってたこと、糸はわかったんですか?」
糸はまっかな耳をさらにまっかっかにさせて、こくんと頷く。
「では、両想いということでよろしいですか?」
糸はもう一度こくんと頷く。
「じゃあ、俺と付き合ってください」
わたしの言葉を聞いた糸の瞳から涙がこぼれ落ちる。
「だ、ダメだった?』
虚をつかれたわたしが確認する。
「ダメじゃない…」
瞳も耳もまっかになった糸が答える。
「じゃあ、そんな泣かんでも」
「だって…」
「だって?」
「だってば、嫌われだどおもっだんだもん!」
「なんでよ?(笑)」
「だってば、あんだげ恥ずかしぐなったどこ見せてしもだんでからに」
人生には、笑ってはいけない瞬間ほど笑ってしまうことがあるが、今がその時だった。耐えきれずに吹き出しながらわたしは言う。
「なに言ってるかわからんけど、嫌いになんかならんよ、むしろ、すげえかわいいよ」
おもわず糸を抱き寄せる。
背の高い糸の顔がわたしの首元にうずまる。糸は何か言っている。だけど、方言とわたしの首に塞がれて、なにを言っているか聞き取れない。代わりに、糸の両手がわたしの腰をぎゅっとつかむ。それが、何よりも彼女の気持ちを雄弁に語っていた。首元では、糸の髪の毛が、まるで絹糸のようになめらかに触れ、わたしの心を繰って離さなかった。部屋は、頂点・糸と頂点・Uを結ぶ三角形で満たされていた。
こうして、すでに家に持ち帰られていたわたしは、あらためて、糸の部屋にお持ち帰られることとなった。
以上、
三角形はおいしいだけの形ではなく、恋の合同条件であることの証明である。
ーQED.(おしまい)ー
お持ち帰られ喫茶店❾|あきたこまち姉妹と、三角形の情事条件。