お持ち帰られ喫茶店❻|黄色ノ宵、夜ヲ駆ケル。
※トップ画像はイメージ画像です。
※お好みの人物を投影しながらお読みください。
全国百万人の童貞諸君!
全国一千万人のきゅん欠の女性陣!
全国三千万人の枯れたおっさんども!
大変、長らく、お待たせしました。
『お持ち帰られ喫茶店』新作出来です。
はい、終わったと思ってたひと、正直に手をあげてくださーい。
U「委員長、数えて。書記、記録しといて。」
U「おまいらの顔、一生、忘れないからなっ!」
(え?え?こわっ)
(え?なに?そんな??)
(めっちゃ根に持っとる!!)
「おい、おまえ、それ本気で言ってんのか?」
「いや、本気だったら、こうして続き書いてないだろ。」
「えへへへ〜。」✖️2
(懐かしのオードリースタイルね)
や、でもさ、『お持ち帰られ喫茶店』、終わったと思ってたよね?だって、前回のタイトル【番外編】だったものね?多くのひとが、「あ、こいつ、ネタ切れだわ」そう思ったですよね?
ふふ、うっふふふぅ
いひ、いーひひひぃ
うへ、うへーへっへ
ぶひ、ぶひぶひぶひ
……がっ
ごふ、ごほっごほっ
ぐぼ、ぐぼっぐぉぼっ
ゔぇーーーーーーーっ
ふひぃ、ふひぃ、ふひぃ
ふぅー、ふぅー、ふぅー
…すぅーは、すぅーは。
あ、あぶない、窒息死するとこだった。
ん゛ん゛ん゛、では、改めまして、
終わっとらーーーんっ!!
終わっとらーーーんっ!!
終わっとらーーーんっ!!
終わっっっとらわいっ!!
まだ、あるんじゃ!
わてしがジョジョだったらオラオラしとる!
「だが断る」
くぅー、カッケーす、露伴先生。
「だが断る」
くぅー、サイコーす、露伴先生。
「だが断る」
(いや、書けよ。)
ですね、はい、書きます。この所、気分なんですよ、露伴先生。
お持ち帰られ喫茶店は、いつも、こんな風に始まる。
わたしは珈琲が好きだ。
だから上京後は喫茶店で働いた。
こうして物語の舞台が整った。
今回の主人公(ヒロイン)を、宵と呼ぶ。
わたしが宵と初めて顔を合わせたのは、本喫茶店で働き始めて、1〜2ヶ月過ぎたころだった。その日は、いつもよりはやく店を閉めることになっていた。出入りしたスタッフの歓送迎会を、閉店後の店内で催すためだ。
わたしは歓迎側、宵は送迎側だった。
シフトに入っていない買い出し班が戦利品を手にして戻って来る。焼鳥、焼き餃子、お好み焼き、搾菜サラダに蛸のマリネ、枝豆に素焼きナッツ、お菓子にチョコレートと鉄壁の布陣。普段の戦場なら目にすることのない戦士たちが、テーブルという名のピッチに集結する。勝ち点3を取りに行く攻撃的なメンバーとフォーメーションだ。壮観な景色に腕が鳴る。や、足か。いや、どちらにせよ間違いだ。腹が鳴るぜ。貧乏学生には堪らない。口の中では試合開始、いや、宴会開始の前に早くも涎が止まらない。ごくりと飲み干す側から、また、ごくり。ヒャやくキュわせろ。打ち込む文字も誤変換の嵐だ。
_Are you humgry?
YES!あとコンマ何秒かでわたしの額に『肉』の文字が浮かび上がっただろうその時、店の扉が小気味良い音を鳴らして開いた。
そこに宵、の姿があった。
黒のノースリーブとショート丈のスカートに黄色のカーディガンを羽織っていた。ゆるいパーマのかかったショートボブ。素足にサンダル。爪にはあかいマニキュア。彼女は著名なデザイナーを輩出している服飾の専門学校に通っていた。
(おしゃれ番長やん)
わたしは腹の底で呟いた。
と言うか、空の腹が鳴っていた。ぐぅ。
(して、おぬしは、何を持ってきた?)
空の腹の底で相手の出方を探る。
そこにいるのは、お土産の品でその日の参加者をランク付けする、下卑たわたしだ。だって、しょうがないじゃないか、滅多にありつけないご馳走を目の前にしているのだから。一番美味しそうなブツを持って来てくれた者に媚び諂うのは、野武士として当然だ。(ん、サッカーどこいった?)しっぽを振る準備は、とうにできている。わん!(え、野武士どこいった?のたれ死んだか? おたーすけザムーライ、いかーがそーろー。)
時を、時を進めよう!
宵が持ってきたもの、それは、PASTELのなめらかプリンという小洒落た洋菓子であった。なんじゃこりゃ、見たこんねえプリンでゲス。ふるふるふる、ふるふるふる、ふるふるふる、いまにも崩れそうなや。なんでゲスか、なんつーぷりんdeゲースカー?
わたしは心の中、あらん限りの声で叫んだ。たぶん、ここは世界の中心だろう。
(こ、こやつ…で、てきる…!)
おしゃれ番長宵のお土産は、小洒落おみや番長でもあったのだ。わたしが瞬時に胃袋と心を掴まれたことは言うまでもない。宵は、上客としての地位を難なく手に入れたのだ。わたしは、あのふるふるを続ける物体もといなめらかプリンなるものを手に入れるために、下手に出ることを決めた。下衆の極みとは、まさに。
「こんばんは。来るの早かったですか?」
宵が、他のスタッフに声をかける。
「宵、久しぶり、グッドタイミングだよ。」
スタッフが答える。
スタッフに促され、わたしと宵は、はじめましての挨拶を交わす。
「先月から働いてるUです、はじめまして。」
「あ、宵です。先月の少し前まで、ここで働いてました。」
「あー、そうなんですね、じゃあ、入れ違いですね。」
「はい、きょうは呼んでくれたので来ちゃいました。」
「呼ばれて飛び出るヤツですね。」
「え?」
「あ、なんでもないです。」
「…あ。」
宵は上目遣いで考える素振りを見せ、くしゃっと微笑む。
モードな着こなしとスタイリッシュな髪型からはクールな雰囲気を醸し出す彼女の、それとは正反対な人懐っこさを感じさせる『くしゃった笑顔』にわたしのハートはくしゃられた。そして見事にマウントされていた。
人生は、パラレルワールドとの分岐点の連続だという。振り返れば、このときすでに、宵にお持ち帰られる世界線の軌道を辿ることが決まっていたのかもしれない。
(『くしゃった顔』と言っても、決して、くしゃおじさんではない。この点は十分に心に留めておいていただきたい。くしゃおじさんを知らない方は、こちら。そうだな、イメージとしては、小松菜奈が、ふいに見せる笑顔に近い。小悪魔的な魅力の破壊力たるや、半径5m以内の童貞諸君は堪えられず、膝折れ必至。)
宵はわたしの隣に座った。
どうやら、この世界には予定調和というものがあるらしい。お酒とぶるりんぷりんの魅力も手伝い、わたしと宵の会話は、まるでスーパーボールのようにぽんぽん弾んでいった。ぽ⌒ん、ぽ⌒ん、ぽ⌒ん⌒●゛
「宵さんは、どんな音楽聴くひと?」
「えっと、今ね、空の飛び方ってアルバムにすごいハマってて。」
「待ちなさい。」
「え?」
「それは、スピッツというバンドのアルバムに間違いないですか?」
「え、なんで急にかしこまって?(笑)」
「わたしは、いま、大事なことを聞いております。ミステリーで言えば、真犯人を暴き出す場面ですぞ、ワトソンくん。」
「あはは、そうなんですね(笑)そうです、そうです、スピッツです。」
「ほう!ほほう!」
「え、なになに??」
「きみ、今夜、時間はあるかい?」
「ありますよー。まだ来たばかりですから。」
「では、スピッツについて大いに語り合おう!や、語り合っていただきたい!」
「え、何、もしかして、Uさんスピッツ好き?」
「うむ!わたしからスピッツを除いたら、ビートルズとはっぴいえんどとくるりとThe Jesus and Mary ChainとPrimal ScreamとRadioheadと、あと、Fountains Of WayneとTeenage Fanclubと、えーと、くらいしか残りません。」
「めちゃめちゃ残ってるんですけど?笑
え、なに?ビートルズしかわからない。(笑)」
「こほん!こほん!失礼、おもわず興奮してしまいました。面目ない。」
「え、良いですけど、教えてください。」
「お、食いついた。興味あり?」
「すごい興味あります!」
「ほんの、とう?」
「ほんの、とう!」
「よし、まかせろ!」
「よし、まかせる(笑)」
「あのさ、その代わりといっては何だけど…」
「何だけど?」
「ファッショのこと教えてくんさい。」
「え、良いですよ、ファッションに興味あるんですか?」
「あるね、不純な動機だけど。」
「え、不純な動機って?」
「おんなのこにモテたいのです。」
「あはは。」
「ひいた?」
「全然!正直なひとだなーって。」
「交渉成立?」
「ですね(笑)。」
「じゃ、握手。」
「はい(笑)。」
宵の細く冷たい手を握ると、わたしの酔いは一層まわった。わたしたちはまるでふたつの衛星が惑星の周りを回るかのように、スピッツほか音楽の話題を中心として、ぐるぐるとまわり、笑い転げた。結果的に、後日、スピッツのアルバムを彼女に貸す約束をした。同時に、彼女のお勧めする洋服屋に買い物に行く約束もした。
所謂、デートというやつです。
一石二鳥のラッキー・デートdeある。
(ん?使い方これdeあってる?)
彼女はagnes b.とA.P.C.というブランド好きだった。そのほか、彼女が勧めるブランドの路面店をまわり、わたしは古着屋から卒業することとなった。そして、MARGARET HOWELL(ま、まるがれと、ほ、ほえる)とChristophe Lemaire(ちゅりすとぷへ、れ、れ、れまいーれ)を、身に纏うようになった。
※先述の『agnes b.』と『A.P.C.』二つのブランド名(『アグネスビー』と『エーピーシー』)も読めなかったことは、ひた隠しておく。
私史上、おしゃれ時代の幕が開けた。
わたしと宵は、月に何度かデートを重ねた。宵の縫製道具や画材道具を探しに、世界堂や月光荘、ユザワヤなどを巡った。わたしにとっては新しい世界だった。また、わたしは宵を、ジャニスやディスクユニオン、ABCや神田古書店街に誘った。宵にとっては、新しい世界だった。また、その度に、ふたりで喫茶店を探して入り、時間の許す限りおしゃべりすることがお決まりとなった。
「Uさん、おすすめの本、何冊か貸してくださいよ。」
「いいよ。文学に目覚めた?」
「うん、なんか創作の刺激が欲しくて。」
「なるほどね、服飾もアートだものね。どういうのがいい?」
「Uさんにまかせます。見繕ってくれる?」
「縫製だけに?」
「あはは、そうそう、そう言う感じで。」
「かしこまりました。」
「ありがとう。」
「エッチなのも可?」
「エ、エッチなのも?」
「性表現と向き合わなければ人間は芸術を産み出せない、と言っていたひとがいる。」
「へぇー、そうなんだ。なんかすごい深い感じ。誰ですか、それ?」
「U、という人物です。」
「おまえかーい!」
「お、ツッコむね、宵。」
「あは、ついつい(笑)。」
「許そう。おれの心はコーヒーカップより広いのだ。」
「せまっ!」
「ツッコむねー、宵!」
「だって、わかりやすくボケるから。」
「で、どうする?」
「えーと、んー、じゃあ、可で。」
「ほほう。あんたも好きねー。」
「えへへ、興味はあるよ。」
「おじさん、張り切っちゃうぞ。」
「同い年でしょ!」
「ええ⁈」
「いやいやいや。」
「いやいやいや。」
「ん?」
「おれ、歳バレしとーと?」
「え、だって、最初に言ってたよ。」
「最初?送迎会の日?」
「そうそう。」
「記憶にございませんぜ。」
「え?そうなの⁈」
「はい、この澄み切った瞳をご覧なさい。」
「ちょ、薄目しないでよ。」
「生まれつきこれでやっとるわ!」
「あはは」
「おぬし…できる!」
「じゃあ、あんなことやこんなことしたのも覚えてないんだ…」
宵は伏し目がちに呟く。その姿は、軽犯罪級であった。恋愛取締法違反で逮捕したくなるほどの威力だ。
「せ、責任は…取るつもりなので、何があったのか包み隠さず何からナニまで教えていただきたい!」
ぱちんと両手を合わせるわたし。違法薬物を所持して職質される売人さながら頼み込む。逮捕されるのは時間の問題だ。
「…ぷっ、だめだぁ(笑)」
宵が吐き出す。
「ぬぁー、ん、だよ⁈」
案じていたわたしは瞬時に察する。
「なんもなかったよーだ。」
くしゃっと悪戯な笑顔を見せて、小さな舌先をぺろりと突き出す。
「おまえというやつは…あたいの心を弄んだねっ、しどいわ!」
と強がりながらも、くしゃっと笑顔とぺろりのワンツーパンチに、わたしの心はノックアウト寸前。立っているのがやっとの状態。相手に悟られてはならぬと、最大限の強がり、ブ・ルースリーよろしく無表情での『クイッ、クイッ』仕草で余裕をかます。
大きな笑いがふたりを包む。
恋の始まりと宇宙の始まりのインフレーションは、相似なのかもしれない。
この機会にわたしが宵に貸した本は『キッチン』、『サラダ記念日』、『ニュートンの林檎』、『忘れられた日本人』、『痴人の愛』という、カオス理論提唱者のローレンツーも認める、驚き桃の木山椒の木セットであった。どうかしてんな。多分、すこーしでも良く見られたかったんだろうね、見栄の管楽五重奏。
十月の昭和記念公園。
色づき始める銀杏並木。
夕日が頬を丹色に染める頃。
宵は、ぽつり、ぽつりと言の葉を落とした。
「Uさん、まだ時間ある?」
「うん、あるよ。」
「あのね、ちょっと相談、になるのか、聞いてほしいことがあって。」
「おれで良ければ。話せるだけ話して良いよ。」
「うん、ありがと。」
「そうだな、美味しいクロワッサンふたつで手を打とう。」
「あは、そんなでいいの?」
「クロワッサンが、おれの大好物であることを付け加えておく。」
「ちょっと、ハードル上がった(笑)でも、なんでふたつ?もっと多くてもいいのに。」
「おれと宵のぶん。『おいしい』はシェアすると、『おいひい』にレベルアップするでしょ。」
「そういうとこがなぁ。」
「なに、だめだった?」
「ううん、Uさんだなぁって。」
「ふーむ、こういう人間のようです。ちなみ、朝のコーヒーと食べるクロワッサンは『おいひー!』の上級魔法になるけどね。」
「食べたいかも。」
「宵、よだれよだれ。」
「うそ⁈」
「うそぴょん。」
「もう!」宵はわたしの肩をこずく。
「話しやすくなったでしょ。」わたしは宵の頭をこずく。
「あ、うん、かも。」
そう言って宵は店を辞めた経緯や家のことについて話し始めた。
宵が店を辞めたのは、働き始めて三ヶ月も経っていない時だった。束縛の激しい親が、その原であった。宵の帰宅時間が少しでも遅れると、彼女の携帯電話には着信とメールの雨霰が降った。今で言うゲリラ豪雨さながらに。応じることができなければ、次は店の電話が鳴った。
「非常識だ。何かあったらどう責任を取るつもりだ。今すぐ帰宅させろ」
などの苦情であった。店まで乗り込んで来たこともあったようだ。就労時間も当初の契約より短く、早めに上がれるような配慮を行なった上での出来事だった。宵の帰宅が門限を数分でも過ぎた場合、内鍵が掛けられ、家から締め出されることもしばしば。挙げ句の果てには一週間の外出禁止令が発令された。気に食わなければ、家庭内での無視や無言の圧力は当たり前で、夕飯が用意されていないこともあったという。
うん、そう、これ、今で言えば毒親・機能不全家族ってやつ。で、宵がされていたことは虐待に当たる。専門的には(小児期)逆境体験という。これは、愛着障害・発達障がい・気分障害などの精神疾患や心的外傷の要因となるものだ。
話し終えた宵が、ぼそりと溢す。
「このままUさんのとこに逃げちゃおうかな…なんて。」
ふたりの間に長い沈黙が訪れる。
宵は沈黙の後の言葉を待っている。
「いいよ、うちおいで。」
「え…」
「かくまってやる。」
「でも…」
「覚悟なしに言っているように聞こえるか?」
「ううん。」
「宵が決めていいんだ。宵がしたいようにしていい。おれはそれをおれにできる全部で支えようと思う。ただ、それだけ。宵が、無理をすることはない。」
再び、ふたりの間に長い沈黙が訪れる。
わたしは沈黙の後の言葉を待っている。
「ゆく。ごめん、迷惑かけるかも。」
「オーケー。 いつでも来い!」
「じゃあ、今夜ゆく!」
「お、おう、今夜か。」
「あ、怖気付いた?」
「バカゆえ、ただ、ちょっと隠さなければならないものを思い出しただけ。」
「はは〜ん。」
「なんよー。」
「エッチなやつでしょ?」
「ほほ〜ん。夕日が眩しいぜ。」
「沈んでますけど。」
「ほほ〜ん。」
「うふふ。Uさん、ありがと。」
「うん。」
その夜、宵は親が寝静まった後、家を出た。
わたしは、彼女の最寄駅の改札口で待っていた。
駅前の街灯と月明かりに照らされながら、宵は小走りにやって来た。
あの日と同じ黄色のカーディガンを羽織り、Miu Miuのサンダルを履いて、夜を駆けて来た。
ローカル線の上り電車には、乗客は疎だった。宵の最寄駅からわたしの家の最寄り駅前まで、ふたりは無言のまま過ごした。言葉以上に、しっかり絡めた指先が会話をしていた。宵の気持ちが、指先から痛いほどに伝わって来た。
わたしの家に着く。
簡単に荷物を片付けた後、宵は畏まった顔で、ぺこりと頭を下げる。
「ふつつか者ですが、お世話になります」
わたしは掌でぽんぽんと宵の頭を叩く。
「この部屋と、おれの人生を、君にあげよう。」
宵を抱き寄せる。
宵の頭がわたしの鼻先に近づく。
わたしは、宵の髪の匂いをかぐ。
「宵の髪の毛、クロワッサンの匂いがする。」
「え?うそ、クロワッサン?」
「うん。」
「焦げ…臭い?」
「んーん、いい匂い。」
「…変な人(笑)」
「お風呂入って、寝よっか。」
「うん、そうだね、遅くなってごめんね。疲れたよね?」
「身も心もへとへと、立っていられるのが奇跡。」
「あはは、わたしも。」
宵がシャワーを浴びる音が聞こえてくる。
ひとりの部屋に生まれる人の気配に、ふと、宇宙は孤独ではないことを知る。
そうか、人間は出会うために生まれるのかと錯誤するひと時を過ごす。
湯により肌を上気させた宵がいる。
窓辺で涼を取り、灯を消す。
ふたりでシングルベッドに潜り込む。
「狭くて悪いけど。」
「ううん、わたしこそ、ごめんなさい。窮屈だよね。」
「宵、ひょろひょろだから、丁度いい。」
「失礼ー。」
「おれ、アルエ好きなの。」
「アルエ?」
「うん、RAで、アルエ。綾波レイのイニシャルだよ。」
「あー、エヴァか。綾波派なんだ。」
「そ、だから、褒め言葉。」
「うーん、なんか誤魔化された気もするけど、まあいいか。」
夜が更ける。
黄色い月が、ふたりの頭上を通り過ぎる。
宵との会話は続く。夜を駆けるように。
「よく眠れると良いんだけど。」
「わたし寝相悪いんだ。蹴ったらごめんね。」
「何人たりとも、わたしの眠りを邪魔するやつは許さぬ。」
「だから、最初にごめんてー。」
「まだ、何もしてないでしょ。」
「そうなんだけどね。」
「もし、朝まで蹴らなかったら…」
「蹴らなかったら?」
「ご褒美あげるよ。」
「え、なになに?」
「おいしいクロワッサンと、淹れたてコーヒー。」
「だから、それ絶対食べたい。なんとしても寝相よくしろ、わたし。」
「頑張りたまえ。」
「がんばります。」
「検討を祈る、宵隊員!」
「はい!」
「…でも、もし、失敗したら?」と、宵
「そのときは仕返しするであります。」と、わたし。
「えー、暴力反対。」
「ふふ、別の攻撃手段があるのだよ。」
「別の攻撃?」
「人はそれを、くすぐり攻撃と呼ぶ。」
「えー、くすぐったがりだから困るんだけどー。」
「キミ、ワガマーマ、ユウアルネー。」
「え、なんで、カタコト(笑)」
「中華料理ばりに注文多いから。」
「あー、それは、ごめんなさい。」
「ここ、おれん家、なんだけど。」
「んー、ごめんなさい。」
「仕方ないなぁ、じゃあ奥の手。」
「奥の手?」
「気づかれないように、ほっぺに触れる。」
「うふふ、なにそれ。」
「あ、これはいいんだ?」
「うーん、それくらいなら、ね。」
「それ以上は?」
「それ以上?」
「ほっぺ以外。」
「ええー?うーん…気づかなれば…いいよ。」
「ほー。二言は?」
「…ない、かな。」
「宵とUの平和条約成立ということで。」
「ん。」
「宵。」
「なに?」
「ずっと居てもいいよ。」
ふたりの間に短い沈黙が訪れる。
宵の目からひと雫の水滴がこぼれる。
わたしは、指でそれを拭う。
「Uさん…」
「ん?」
「……」
「ん?」
「…好き」
「うん」
「…好き」
「うん」
「…好き」
「うん」
「どうしよう、好きって言ったら好きがあふれちゃうよ。」
「どうする?」
「どうしよう…」
「ぜんぶ出したら?」
「ぜんぶ?」
「うん、そう、ぜんぶ。」
「好き、好き、好き、好き、好き…やだ」
「やだ?」
「ゆってもゆっても好きが出てくるよ。溺れちゃうよ。」
「いまんとこ余裕で息できてる。」
ふたりの距離は近い。
言葉が互いの顔を近づける。
わたしはこのとき初めて、言葉にも物理的引力があることを知る。
いつの間にか、ふたりのくちびるは触れ合っている。ふたりの言葉は止まることを知らない。
触れてるだけのキスは、すこしずつ、重なりを増していく。言葉がでる度に、ふたりのくちびるが重なりを増す。次第に距離はマイナスになる。
「ここからはどうしたらいい?」と、宵。
「どうしてほしい?」と、わたし。
宵は、かぶりを振る。
「あのね……わたし、こうゆうのしたことないの。」
わたしは、宵の潤った瞳が揺れるのをみる。
「はじめて?」
宵は、今度は、小さく頷き、わたしの目を見つめる。
「この先、教えていい?」と、わたしが言う。
「うん…へたっぴだったらごめん。」と、宵。
「大丈夫、それも愛しいから。」
「うん…」
宵は、こくんと頷く。
わたしは宵の頬に手を添える。
宵のくちびるの間から舌を入れる。
宵の湿った舌に絡ませる。
「宵の舌、美味すぎるんだけど。」
「やだ、比べないで。」
宵はわたしの首に手を回す。
「わたしUさんが好き、大好き。」
わたしは宵の腰に手を回す。
「その好きを超えるくらい宵のこと好きになるよ。」
「無理だよ。だって、すごいもん。」
「余裕だよ。」
「海くらいあふれてるよ。」
「おれのは宇宙くらいあふれるよ。」
「好き、大好き。」
「うん、好きだよ。」
宵のサンダル履きの足裏に見惚れていたあの日から、ふたりがこうなることは決まっていたのかもしれない。サンダルと黄色いカーディガンが持つ物理的引力の法則によって。
こうしてわたしはお持ち帰られた。
いや、正しくは押しかけられた。
大きな荷物とともに夜を掛けた宵に。
-おしまい-
お持ち帰られる喫茶店|黄色ノ宵、夜ヲ駆ケル。
あなたのはじめてのチュウ エピソード募集!
コメント欄でどうぞ(*´з`*)
あとがき
宵がどうなったかの後日譚を少し書き加えておく。わたしと宵の生活はひと月ほど続いた。ある日、宵の母親からわたしに電話がかかってきた。父親が常軌を逸した精神状態であるため、帰宅するように宵を説得してほしいとの相談、というか懇願だった。わたしは、同じことが繰り返されるなら帰す訳にはいかないと答えた。暫くして再び母親から電話があり、宵の父親と会って話をして欲しいと懇願された。わたしは、宵の家の最寄駅で宵の父親と向かい合った。詳しい内容は省く。その際、わたしは宵の父親から顔に水を掛けられ、拳で殴られた。それでも意見を曲げず、殴り返すことのない様子を見てか、最終的に、宵の父親が折れた。そうして、宵への異常と言える束縛を解くことの約束を交わした。そのひと月の間に、宵も変わっていた。家族間の境界を明確にし、距離を取る術を覚えた。そんな経緯を辿り、勇敢なる宵の家出は幕を閉じた。ひょんなことから始まった同棲生活の終わりは、すこし悲しくもあったのだけれど、くしゃっと笑う宵の顔は、やっぱり最高に可愛くて、ちょっぴり勇ましかった。家出の最終日、宵は、初めて出会った時と同じあの黄色いカーディガンを着ていた。
『お持ち帰られ喫茶店』の続編を心待ちにする読者はコメントください。何だか、全部書いていたら、そのうちご本人登場なんてことがあるのかもしれないなんてことはないのかもしれないなんておもったりおもわなかったりラジバンダリするこの頃。さて、
ベストレビュアー賞の文字が光るあの人の回収コメントを待って、今回の『お待ち帰られ喫茶店』の幕を閉じるとしよう。
後日、朗読者募集記事出します!