【映画紹介】『追想ジャーニー リエナクト』が刺さり過ぎる理由
先日 オンライン試写会にて
『追想ジャーニー リエナクト』を観ました。
面白そうな設定にちょっと興味を持って観たのですが
物凄いブッ刺さり方をしてしまい
観終わったあと小一時間ほど
あれやこれやと考えを巡らせることになりました。
本編は1時間ちょっとの映画なのですが
その後の脳内感想戦が1時間続くということは
もしかしたらこの映画は
「自分の中での咀嚼時間も含めて通常の尺として完成する映画」
なのかもしれません。
映画の構成自体も
演劇と映画、現在の自分と過去の自分
それぞれの境界を軽やかに飛び越えていて
不思議な感覚に陥りつつも
物語への没入感は損なわれていない、という
稀有な体験をもたらすものとなっています。
で、私にとっては久々に
心の奥深いところにブッ刺さった映画ということで
皆さんにもご紹介したいと思います。
既に予告編や、推しの俳優さんの告知などで
『追想ジャーニー リエナクト』に興味を持っていた方たちも
いらっしゃるかと思いますが
この映画紹介記事を読んで
劇場に足を運ぶ判断材料として頂きたいと思います。
それでは
どうぞ、ちょっとの間おつきあいください。
,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,
【あらすじ】
脚本家・横田雄二(渡辺いっけい)は次回公演の台本ができず
しめきりを目前にして追い詰められていた。
そんな時
「退行睡眠
失った記憶を取り戻し現代人のストレスをなくします!」
というメールが届く。
すがるように退行睡眠の利用を決めた横田は、
目が覚めると30年前にタイムスリップしていた。
現在の横田は鳴かず飛ばずの脚本家だが
その分岐点となった公演がある。
そして今まさに、その脚本を執筆中の
若い頃の自分(松田凌)に対面する横田。
うだつの上がらない現在の人生を変えるため
積み重なった悔悟を晴らすような忠告と叱咤激励を
過去の横田にぶつける現在の横田。
未来の自分の冴えない様子に失望する過去の横田だったが
現在の横田の強引な応援に押される形で
今までの自分では取らなかった行動を選択する。
自分の脚本のファンである麻美(新谷ゆづみ)に声をかけ
恋愛関係に踏み込んでみたり
納得いかない脚本のまま公演するのではなく
思い切って公演中止を決断してみたりと
過去の横田の人生は、現在の横田が歩んできた人生と
違った航跡を辿ることとなる。
また
横田には かつて固い絆で結ばれていた劇団仲間がいたが
峯井(樋口幸平)に対しては取り返しのつかない深い後悔を抱え
中村(福松凜)との間には修復しがたい軋轢があった。
しかし
人生の分岐点を選び直したことによって
異なる世界線を過去の横田と共に歩むようになり
新しい着地点が見え始める。
冴えない脚本家としての人生から脱却するべく
分岐点で新たな選択を促す現在の横田だったが
異なる世界線においても分岐点は待ち構えている…
果たして横田は
望むような未来の自分を手に入れることができるのか?
,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,
【基本情報・スタッフ・キャスト】
本作『追想ジャーニー リエナクト』は
演劇と映画の境界を自在に行き来する構成で話題を呼んだ
『追想ジャーニー』の待望の第2弾。
監督は、前作でもメガホンを取った谷健二。
数々の短編映画で国内映画祭の常連になり
長編デビュー作『リュウセイ』や
『U-31』『一人の息子』など
多くの作品で若手俳優を主演として起用し
その魅力を引き出してきた演出は、確かなものです。
撮影は、数々のCMやMVで手腕を発揮している吉田新時。
『ウルヴァリン:SAMURAI』では日本撮影チームに参加するなど
その実力は折り紙付きです。
そして脚本は、劇作家・演出家の 私オム。
劇団『こいのぼり』での作・演出は
『演劇ドラフトグランプリ2023』優勝を果たしました。
複雑な構造の本作の脚本を見事にまとめあげています。
主演は、2 . 5次元俳優として人気を博す松田凌。
ミュージカル『薄桜鬼』や
舞台版『刀剣乱舞』『進撃の巨人』『東京リベンジャーズ』で
頭角を表した人気実力ともに備えた役者さんです。
劇団仲間を演じるのは、新進気鋭の俳優 樋口幸平。
『暴太郎戦隊ドンブラザーズ』で
スーパー戦隊シリーズの主演を務め
話題のBLドラマ『体感予報』でブレイクしてからは
出演オファーが絶え間ない人気ぶり。
横田と紆余曲折あるもうひとりの劇団仲間を演じるのは
『下克上球児』での演技が印象的だった 福松凜。
そして、新たな世界線で横田の恋人を演じるのは
話題作『ナミビアの砂漠』にも出演を果たしている 新谷ゆづみ。
現在の横田を演じるのは
日本を代表するバイプレーヤーのひとりである 渡辺いっけい。
後悔にまみれた人生を歩みつつ
タイムスリップして人生やり直しのチャンスを得る難しい役どころを、説得力ある演技によって観客を映画の世界に誘っています。
,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,
【レビュー:刺さりポイント 1 】
映画の序盤、
つまらない脚本家になってしまった現在の横田のセリフが
私の心にいきなりブッ刺さりました。
「賞を取ったせいで
自分の世界は正しいんだと勘違いしてしまう」
過去の横田が今まさに書いている脚本が
地方の演劇祭で奨励賞を獲得したことによって
自分の殻の中に小さく収まったものしか書けなくなり
結果、冴えない脚本家になってしまったと
現在の横田が伝えます。
そして、書くのをやめて公演を中止しろと提案するのですが
過去の横田は、賞がもらえるならいいじゃないかと反論します。
どちらの言い分もわかりますが
私は、現在の横田のセリフの方が心に刺さったのです。
というのも
私も実は脚本家をしてますが
城戸賞で準入賞を果たした後
自分は今まで通り、これでいい
黙々と脚本を書いていれば
オファーは自然とやって来ると思って
営業活動をロクにせず
待ちの姿勢になってしまったのです。
私もタイムスリップして10年前の自分に言ってやりたいです。
「事務所も入ってないのに営業しなきゃ先細りになっちゃうよ!」
横田のケースとはちょっと違いますが
賞を取ったことで自分が変わる必要がないと思ってしまった
という点では同じです。
自分を信じることは大事ですが
自分の感性を信じるあまり
他人の意見を取り入れないままでは
独りよがりになってしまい
結局自分の首を絞めることになります。
そういった意味において
現在の横田のセリフは
落ちぶれ脚本家以外の人にも刺さるのではないでしょうか。
過去の成功体験に囚われることによって
現在の自分を苦しめてしまう。
そんな経験、みなさんにもあると思います。
現在の横田は言います。
「自分の世界、っていうそれっぽいことを言って
閉じこもって生きていくんだ
空っぽで引き出しのないまま脚本を書き続けてしまう
………
色んな人に会って 色んな人と話して
人の気持ちを知って 成長しろ」
現在の横田の熱弁に押される形で
作品世界に閉じこもるのではなく
新たな選択をすることを決める過去の横田。
そして物語は大きく動き出していきます。
,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,
【レビュー:刺さりポイント2】
横田は自身の作品のファンである麻美と交際を始めますが
自分が思ったよりも売れっ子にはならず
いつも執筆に悩まされ部屋に篭っています。
そんな様子を見かねた恋人の麻美は
横田を気分転換に外に連れ出します。
その時、横田が漏らしたセリフがこちらです――
「こんな金の無い貧乏作家で
ハズレだって思ってんだろ?」
これも私の心に刺さってしまって
かなりな痛手を負いました。
さすがにこんなストレートに聞いたことはありませんが
私も妻に対しては、ふとした瞬間に
申し訳ないな…と思ったりしてたからです。
横田の状況とシンクロし過ぎていて
なんだかもう他人事とは思えません。
ある程度のキャリアはあって
そこに受賞の報が届けば
これで安泰だと思ってもバチは当たらないと思うのですが
横田も私も、ガッツリと足下をすくわれてしまいました。
横田もこんなはずじゃなかった…と思ったことでしょう。
自分ひとりだったら貧乏であっても
自分だけが我慢すればいいんですから
ある意味気が楽ですが
一緒に暮らしている人がいるとなると
話はまた別ですよね。
このセリフのあとの麻美のセリフが
めちゃくちゃ優しくてホンワカ幸せ気分にしてくれるのですが
それから間もなく
またもや刺さりポイントとなるセリフが出てきます。
,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,
【レビュー:刺さりポイント3】
麻美と一緒に暮らして
自分の全てを受け入れてもらえる幸せを感じる横田は
しかし、脚本が書けなくなってしまい
思わず口に出すのが次のセリフ
「脚本家は幸せになっちゃいけないんだよ」
あー……言っちゃった。 って思いました。
クリエイター界隈で囁かれるジンクス。
プライベートで幸せになったら
クリエイターとしての仕事がうまくいかなくなる
…っていうやつです。
こんなに正面切って言い放たれると
こちらもひとまず受け止めざるを得ず
胸の奥にグサッと刺さってしまいました。
今、自分は幸せなのか
幸せだとしたら仕事が上手くいってないのか
幸せじゃないとしたら仕事が上手くいってるのか
そもそも、このジンクスは正しいのか。
過去の横田は、このジンクスを頭の片隅に置きつつも
執筆することに対して追い詰められているように見えました。
麻美との暮らしで幸せを享受する一方、
劇団仲間との関係は複雑にこじれていってしまいます。
過去の横田は、自分の才能を信じてくれる仲間のために
また執筆の世界に没頭していくのです
そして物語後半、
次々と悲しい出来事や辛い経験を経た過去の横田は
過酷な状況の中で創作意欲が高まっているだけでなく
自分の脚本家としてのキャリアに
チャンスが巡ってきたことに対して
吐き捨てるように言います。
「面白い作品つくりながら
人として当たり前の幸せを手に入れるって
やっぱ 無理なのか……」
これに対する現在の横田のセリフが胸を打つもので
それ以降は、ずっと感情が揺さぶられ続け
ラストまで一気になだれこみます。
そして
ラストシーンは
色んな思いが去来して深く胸に迫るものがありました。
この一連の展開は
是非とも実際に劇場に足を運んで確かめて頂けたらと思います。
,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,
【見所 まとめ】
ここまで、私の心に刺さったポイントを挙げつつ
『追想ジャーニー リエナクト』を紹介してきましたが
――いやいや脚本家の苦悩とか見せられても
そんなん知らんし――という方もいるかと思います。
確かに脚本家を特殊な職業と考えたらそうかもしれませんが
何かを作る仕事に就いている人、という視点にしてもらえると
共感を覚える人も多くなるのではないでしょうか。
特殊な事例から普遍的なものを感じとって感銘を覚える
ということは皆さんも経験したことがあると思いますが、
『追想ジャーニー リエナクト』もまた
そんな経験ができる映画ではないかと思います。
何かに没頭する余り
人生を疎かにしてしまった男の足掻きと
その後悔をタイムスリップによってリカバーできるのか
というフックが全編に渡って効いていますし
ひとつの選択肢が新たな世界線への入り口となり
別のトラブルを誘引してしまうところも見所のひとつです。
そして
他にも私が見所としてお勧めしたいのが
劇団仲間である峯井との関係性。
横田の脚本に惚れ込み
その才能を信じる余り
人生全てを投げ出してしまう勢いで
横田のことを全面的に支援する様子は
美しくもあり、同時にとても切なく悲しく映ります。
友情を超えた絆を見事に体現する樋口幸平の佇まいと演技は素晴らしかったですし、その想いをしっかり受ける芝居を見せた松田凌もステキでした。
そんなふたりに対して理解しつつも
辛辣で冷静な判断を下す中村を
力強く演じた福松凜も良かったです。
取り返しのつかない後悔を抱えた現在の横田と
タイムスリップを通して峯井と邂逅したシーンは
とてもエモーショナルで心揺さぶられるものでした。
松田凌、樋口幸平、福松凜、新谷ゆづみ
といった若手俳優の演技が光っていましたし
渡辺いっけいの深みのある演技も秀逸でした。
役者さんのお芝居が良いと
それだけでも見入ってしまう…ということが
この映画でよくわかります。
演技のアンサンブルの妙や
舞台で繰り広げられる演劇的表現と、通常の映画としての表現が
自在に交差するという斬新な表現構成など
見所の多い映画ではありますが
まず最初に驚くのが
上映時間の短さです。
『追想ジャーニー リエナクト』の上映時間は66分。
ちょっとした空き時間にも観られる時間設定です。
そういえば
タイトな作りとクリエイターもの…という点では
興行的にも批評的にも成功した『ルックバック』を彷彿とさせますし、
ローバジェットでありながら
タイムスリップを題材にして脚本の面白さで観客を惹きつける
という共通項としては
スマッシュヒットした『侍タイムスリッパー』を思い起こします。
大規模予算の大作映画もいいですけど
こうした心意気のある粋な映画もいいですよね。
ネット動画の台頭によって
映画の表現方法も新たなフェーズを模索しているように思います。
そうした新しい試みに果敢に挑戦している映画を
劇場で観るというのも良き時間の使い方だと私は思います。
そして
この映画はぜひ劇場で観て欲しい作品です。
演劇の劇場と
映画の劇場
そして実際に上映される映画館の劇場
様々なレイヤーが重なって
観客の胸に迫ってくると思うのです。
私も、劇場公開が始まったら
改めて観たいので、映画館に足を運ぼうと思います。