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客室乗務員を続けていると、お行儀が悪くなる


客室乗務員時代、ある先輩がそう言った。
私は聞いた瞬間「え?」と思った。


客室乗務員は、本当に様々なお客様にお会いする仕事だ。
中には、VIPと言われる普段滅多に会うことはないお客様、各国元首、大臣、皇室の方々まで接客することがある。

私は大臣の方に接客したことがあるが、後輩は皇室のチャーターフライトを経験している。

だからこそ、入社の際の試験も難しいし、入社してからも女性教官方からの指摘は細かく、厳しい。
そのようなトレーニングを受けてきたら、「上品さ」と言うものは、態度ばかりでなく、言葉遣いなどにも表れていくものだと思っていたのだ。
もちろん先輩方の言葉遣い、所作、振る舞いも全て真似て、1日も早く上品で優雅な客室乗務員にならなければ、と日々思っていた。

そんなとき、先輩がこう言ったのだ。

「客室乗務員を長く続けていると、どんどんお行儀が悪くなっていくのよね」と。
私は何かの聞き間違いではないか、と思った。

「長く続けていれば、どんどん上品になっていくのよ」と言ったのかと思ったのだ。

私は「え?」
と聞き返したところ、
「だって、こうしてミールを食べていても」

と、国内線のフライト中に自分たちが短いレストタイムに食べている、「クルーミール」を見ながら話し始めた。

「私たちいつも時間がない中で食べてるじゃない?」

「はい」

「だから、結局早食いになってしまって、昔だったらちゃんと一つづつ味わって、しっかり噛んで食べていたのに、今はお茶で流し込むじゃない?」

「確かにそうですね」

訓練生の頃なんて、次のフライトの準備もあるから、クルーミールはほとんど食べることなどできてなかった。

その後少しづつ仕事に慣れてきても、新人のうちは一番早くに食べ終わらないといけない、と言う、無言の圧力があり、先輩方がミールの蓋を閉じると、食べている途中であっても食べるのをやめていた。

こうしたことがどんどん続いていくと、クルーミールを開けてすぐに、「何を食べるか」を決め、
「食べたいものから食べる」クセがついた。
以前は、「食べたいものは最後にとっておく」タイプだったのに。

そして、一つのクルーミールは、5分もあれば半分は食べられ、後は時間を見ながらどこまで食べられるのか、は運次第。
先輩がゆっくり食べてくだされば、私たち新人も食べられる。
全てを食べ切ることができたクルーミールは、新人のうちにはほとんどない。

さらに、飛行機が遅れたり、イレギュラーが発生すると、このレストタイムでさえなくなってしまう。
クルーミールを食べる時間はなくなり、フライト中にギャレーと言われる、ミールやドリンクを準備する場所で、「立って」ミールを食べるのだ。

「立ってご飯を食べる」なんて、絶対に両親から怒られるマナーだ。
立ってミールを食べなければ、空腹で笑顔はでなくなるし、体力仕事なのに倒れてしまったら、もっと周りに迷惑をかけてしまう。
だからこそ、こうでもしなければできない仕事なのだ、ということは、ほとんどの人は知らないだろう。

もっと言えば、レストタイム中は、清掃の方々が機内を掃除している。
つまり、ホコリにまみれながらクルーミールを食べている。
それにもだんだんと無関心になっていく。

労働環境条件としては、全く恵まれていない。

ついに私は「本当にそうですね。だんだんとお行儀が悪くなっていますね、きっと。気をつけます」と言ったのを覚えている。

華やかな仕事には、必ず舞台裏がある。
それを知らずに、華やかな仕事の部分だけを見ていたら、入社して後悔するだろう。
先輩は私に忠告の意味で、この言葉を言ったのかもしれない。

この早食いの習慣は、今でも「ご飯をゆっくり食べる」ということがほとんどない私に残された、この時の後遺症なのだろう。

最近、「こんなにゆっくりご飯を食べたのは、どのくらいぶりだろう」と思ったのだが、数十年経って、ようやくこの習慣が抜けているのかもしれない。

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Hiromi  U.
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