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若き女性タクシードライバー
年末神社に行く際、タクシーを利用した。
普段あまりタクシーを利用することはないのだが、かなり急な坂を登る神社であることと、少し時間が足りなかったので利用した。
通りがかった流しのタクシーに乗ってみると、ドライバーはおそらく30代後半くらいの女性ドライバーさん。しっかり被った制帽の下から、茶髪の前髪がのぞいている。若い女性ドライバーは珍しいな、と思いながら、行き先を告げた。
しかし、そのドライバーさんはその神社を知らないのか、「すみません。行き先設定をしますね」と言って、ナビを操作しようとした。
そこで私は「あ、大丈夫ですよ。私、道教えます」と言った。以前は車も持っていて、この付近を毎日のように運転していた私にとって簡単なことだった。
「あ、そうですか。助かります」と彼女が言い、最初の会話のきっかけができたところで、タクシーが出発した。
「この辺のご出身ではないんですね」
「そうなんです。私、○○出身なんです」
と、ここよりさらに大きな都市名を言う。ここで想像力を働かせながら、話を続けた。
「えー、じゃあ、○○の道は詳しいんですよね」
「あ、まあ、○○だったら大体わかりますね」
「この神社は、まあまあ有名でおそらく初詣に行く人も多いと思うから、道覚えておくといいかもしれませんよ」
「そうなんですね。ありがとうございます」
「あ、そこを右に曲がってください。そして○○病院のところを左に曲がってください。あとはしばらくまっすぐです」
「はい、わかりました」
「タクシーのお仕事はいかがですか」
「楽しいです!」と明るく言う。そこに嘘はなさそうだ。明るい返事と、即答している様子がそれを証明している気がした。
「やっぱりそうなんですね。私、タクシードライバーさんのブログとか読むんですけど、お客さん以外誰とも拘らず自分の力で稼ぐことができるのはいいな、と思いますよ」
というと「ほんと、そうなんです!人間関係の悩みもないし、楽しいんですけど、友達とかにタクシーやってると言うと、え?という感じになるんです」
「ですよね。みなさんタクシードライバーに対してのイメージが古いんでしょうね。ブログ読んでても、自分で計算して、あともう少し走ろうかとか、この辺にいたらいいとか、いろんなことを考えてお仕事されてますよね」
「そうなんです!自分で設定した目標が、自分が思った通りに上がると本当に嬉しいんです!」
と、声は弾む。
「今タクシードライバーが足りなくて、お給料も東京あたりではずいぶん高いって聞きましたよ。年収700万もあるとか」
「えー、すごい!でも、この車、さっき深夜走ってるドライバーさんと交代するんですけど、その時ドライバーさんから売り上げを聞くと、大体深夜は3倍くらい稼げるみたいです」
「へー、3倍は大きいですね。でも、深夜だと変なお客さんっていませんか。いや、昼間でも」
「いや、そんなことないです。私はあんまり変なお客さんに会ってないです」
「でも、酔っ払いとか」
「あ、それは困りますねー」
おそらくそういう客への対応も、会社が率先して行なっているのだろう。
「今、タクシードライバーになるのに、あの道を覚えて試験受けたりってなくなったんですよね」
「地理検定ですね。お客さん詳しいですね」
「はい、以前小説に地理検定を何度受けても受からない人の物語が書いてあって、ああ、道覚えるの大変だな、って思ってたんです」
「今は、その試験はあるんですけど、絶対に合格しないと行けないという試験ではなくなったんです。もちろん覚えた方がいいんですけど」
「やっぱり、ナビがあるからその点変化したんですね」
「はい、そうなんです」
「あ、その坂を上り切ったところで、左に行ってください、そこが駐車場になってるんで、Uターンもできますよ」
「ありがとうございます!助かります」
料金を支払い、降りる際「頑張ってくださいね」と言って、15分ほどのドライブが終わった。
この会話の中で、私はいろんな情報を得た。さらに、あらゆる仮説を立て、プライバシーに触れないようにしながら、会話を主導していた。
この若き女性ドライバーは、結婚か離婚で生まれ育った大きな街を離れ、少し小さい街にやってきた。彼女の左手の薬指には指輪がなかったので、おそらく離婚ではないかと思った。
自立していくために、タクシードライバーになったのは、以前務めていた会社で人間関係で苦労したからだろう。
本や活字はあまり読まないらしいが、明るい性格で、接客適性はある。このような人が、タクシードライバーを続けていくことは、お客さんにとってもありがたいことだし、彼女もしばらくは続けていけそうな気がした。
この15分間で、世の中の変化を知る。
昨年同じように神社へ行くのにタクシーを利用した際は、70代のおじいちゃんだった。
道中の会話は、その人が年金とわずかながらのタクシーの売り上げで(週に数日しか働いていないと言っていた)休みの日は行きつけのスナックに行って、そこの仲間と一緒に酒を飲み、歌を歌うことが楽しみだと言っていた。
なんでも、元自衛官らしい。
全く興味がない話を、永遠と聞かされる苦痛は、きっと共感してもらえるだろう。
たった一年で、タクシードライバーが全て入れ替わったとは思わないが、少しづつ変化をしていることがわかる。男性が多い業界に女性が入ってくると、その業界は嫌でも変わらざるを得ない。
それも良い方向に、だ。
もちろん全てが急激に変化するとは思えないが、それでも客である私たちにはタバコくさい車内で(実はこのタクシーも新しそうなのに、タバコの匂いがした。おそらく深夜の人が車内で吸っているか、よほどのヘビースモーカーで体から発するタバコの匂いが車についてしまっているのだろう)おじさんのつまらない話を聞かされるよりは、ずっといい。
東京や大阪は、インバウンドの影響でタクシー不足が続いている。
人手不足は、賃金の高騰につながる。
日本がデフレ脱却に30年かかっても、世界中の国々は普通に経済成長を遂げていて、そのお金で日本にやってくる。
世界はつながっているし、その影響をよくも悪くも日本も私たちも受けるし、それが私たちの生活にも直結することを、この若い女性ドライバーとの15分間で感じた。
神社で引いたおみくじは、吉。
15分での人間観察や、時代の変化を感じたことは、プライスレス。
いつか、小説の1シーンに登場させるには、ぴったりの材料をもらった気がした。
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