特別支援学校の開かれた学校づくり -Part1 養護学校義務制実施の頃-
植草学園大学発達教育学部 教授 佐川桂子
「特別支援学校」に行ったことがありますか。長く特別支援学校に勤務していた私にとってはとても身近な存在ですが、多くの方々にとっては知る機会や訪れる機会の少ない学校なのではないかと思います。
障害のある人もない人も共に活躍できる共生社会の実現が求められている今、特別支援学校が地域の中で果たす役割について、ささやかな私自身の経験を振り返りながら考えていきたいと思います。
Part1は、「養護学校」の義務制が実現した頃のお話です。養護学校とは、特別支援学校の前身「盲・聾・養護学校」の一つで、知的障害、肢体不自由、病弱のお子さんを対象とした学校です。第2次世界大戦直後の1948(昭和23)年に盲・聾学校教育の義務制が施行されましたが、養護学校の義務制については施行が遅れ、それから30年以上の歳月を経て1979(昭和54)年に実現したのでした。
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私は、1982(昭和57)年4月に千葉県の養護学校に就職しました。養護学校義務制実施の直後で各地に新しい学校が設置されていました。
就職した養護学校も、義務制実施の流れの中で1981(昭和56)年に開校したばかりの学校でした。就職した年に校章を、翌年に校歌を、保護者や教員で意見を出し合いながら作りました。まさしく歴史の第一歩を踏み出す感覚でワクワクしながら作業に加わったことを覚えています。
この頃の養護学校には、就学年齢を過ぎて初めて「学校」に通うお子さんも入学してきました。これまで「教育」を受ける機会を免除あるいは猶予されてきたお子さんです。中には、家庭以外の場所や家族以外の人と生活する経験がほとんどない子もいて、朝、スクールバスを降りてくるその子たちの表情が、日に日に穏やかになっていったことを覚えています。教育を受けるという当たり前のことから外されてしまっていたお子さんを目の当たりにし、そこで実践された障害のあるお子さん一人ひとりを大切にしていく教育を体感しました。
「千葉県特殊教育40年の歩み」(1992.1発行)の資料によりますと、千葉県の不就学児は、1970(昭和45)年に791人、義務制実施前年の1981(昭和56)年には344人でしたが、義務制実施翌年の1980(昭和55)年には78人と2桁の人数になり、昭和の終わり1988(昭和63)年には、20人となりました。ちなみに2022(令和4)年の千葉県の不就学児は9人で、発育等を理由とする子は3人となっています(「千葉県の特別支援教育」データより)。
一方で、お子さんを「しかたなく」養護学校に就学させた保護者の方もいらしたと認識しています。就職して日の浅い教員としては、お預かりしたお子さんが充実した毎日を過ごせるよう、実践を工夫し、「ここに入学してよかった」と思えるようになっていただきたいと願うばかりでした。
前出の「千葉県の特別支援教育40年の歩み」では、当時の義務制実施の課題として、「義務化は障害児を一般の子供たちから隔離する差別教育につながる」として義務化反対の声があがったことや就学を巡るトラブルが発生したことに触れ、「あくまでも障害児にとって何が幸せかを第一に考え、」「一方、『車イスの子は養護学校に』ではなく、障害の状態によっては車イスの子どもも通学できる普通学校に改善していこうとする―それが教育行政の基本的な姿勢であろう。盲・聾・養護学校を閉鎖的にしないために、普通学校との交流や、訪問教育の拡充も必要である。子どもの教育権の保障が義務教育であり、戦後教育の原点である。障害児教育は、この原点が問われているのである。」と書かれていて、先人の熱い想いを感じます。
あらためて昭和50年代を思い出しますと、この頃、障害のある方たちが外に出るのは大変な時代でした。養護学校の校外学習は、ポータブルトイレ持参でした。公共の施設に多目的トイレはおろか、洋式トイレもない(ことが多い)時代だったのです。電車に乗って出かける時も大変です。エレベーターが設置されていない駅が多く、ホームへの階段を車いすを持ち上げて昇り降りしました。自分にも駅員さんに手伝ってもらうという発想はありませんでしたし、おそらく周囲の方たちもどうしたらよいのか分からなかったのではないかと思います。
こうした時代に実現した養護学校の義務制実施でした。教育の対象外とされてきた子どもたちが生き生きと生活し学んでいることを多くの方々に知ってもらいたい・・・。そのための方策の一つとして、学校の近隣の小中学校や地域との交流活動が進められました。(Part2に続く)
https://www.uekusa.ac.jp/university/dev_ed/dev_ed_spe/dev_ed_spe_047
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