消費者政策の新展開を読み解く~新たに消費者法に求められるものは何か(後編)~【全5/7回】
前回に続いて、「消費者法の現状を検証し将来の在り方を考える有識者懇談会における議論の整理」の「3.消費者法に何が必要か」を見ていきます。
ここまでの議論をざっくりまとめると、(1)デジタル化の進展が法にもたらす影響として、消費者取引が法や契約のみではなく、デジタル技術・デジタルプラットフォームの影響を強く受けるようになったこと、また、AIによる個別化により、消費者が影響を受ける蓋然性がより高まっていることなどを指摘し、こうしたデジタル技術やAI、デジタルプラットフォームを射程に入れた消費者法制が必要であるとしました。
また、(2)多様な主体への対応として、高齢化の進展もあり認知機能や判断力が低下した状態で行われる消費者取引がもはや例外とは言えない規模になっていることなどを踏まえ、従来の成年後見制度とは異なる形で消費者の判断などをサポートすることが必要であること、加えて、デジタル化に伴う消費者の越境取引の増加に対しても対応が必要であることを指摘しました。
今回のポイント
(拡張された)消費者法の目的を達成するためには、ハードローだけではなく、マルチステークホルダーでのソフトなガバナンスを組み合わせる必要があり、そのコーディネーションが求められる。
消費者契約法は、私人間の規律である民法の特別法という位置づけの下ではこうした役割を果たすことができず、その在り方を見直す必要がある。
デジタル技術の特徴などを踏まえ、消費者の被害・損失をリカバリーする仕組みについても、検討が求められる。
(3)様々な規律手法の役割分担と関係性の検討
ここでは、具体的な規律の手法などの議論を展開しています。大きく、
・社会全体として効率的に機能する規律のコーディネーション
・「消費者契約法」の可能性
・被害・損失をリカバリーする仕組みの検討
の3点です。
まず、社会全体として効率的に機能する規律のコーディネーションとして、これまで繰り返し述べられてきたことではありますが、「消費者法の目的を実現するためには、法律による規律だけでなく技術による規律も組み合わせること、法律の中でも法律効果・拘束力を伴うハードな要素とこれらを伴わないソフトな要素を組み合わせることにより、全体として効率的に機能するよう規律をコーディネートすることが重要である。」と改めて指摘しています。
このため、国と事業者団体との協働、国と消費者団体との協働、さらに国・事業者団体・消費者団体等の協働など、マルチステークホルダーでのガバナンスを構築していくことの必要性を指摘しています。
「消費者契約法」の可能性の議論は、やや抽象度が高い印象を受けますが、「消費者契約法について、民法の特別法としてのみ位置付ける見方から脱却し、消費者の脆弱性に正面から向き合い、生活者としての消費者像を視野に入れて、消費者が係わる取引を幅広く規律する新たな姿(法形式を含む)を追求するべきである。 」とし、「規律の対象範囲には、契約締結過程だけでなく契約履行・継続過程や契約からの離脱過程も含めていくべきであり、かつ、金銭だけでなく情報や時間、関心を消費者から事業者に提供する取引も視野に入れていくべきである。」と述べています。
指摘されている内容自体は、消費者の脆弱性に向き合うことや、金銭取引だけでなく情報や時間、関心といったアテンションエコノミーを考慮に入れるべきといったここまでの議論を踏まえたものです。加えて、法律の位置づけとして、私人間(私人には法人を含む)の規律である民法の延長線上に留まらず、より射程を広げて制度のあり方を検討する必要性が論じられているものと理解しています。また、消費者取引の国際化に対応した規律の在り方についても、改めてその検討の必要性を指摘しています。
最後に、被害・損失をリカバリーする仕組みの検討として、消費者に生じた損害の回復・補填をする仕組みの多様化を図る必要性を提起しています。例として、契約のみならず取引の内容なども考慮した形での契約解除の仕組みや損害賠償制度の活用可能性の検討、また、デジタルプラットフォーマーが提供するADRの活用、消費者団体訴訟制度の活用促進などが挙げられています。
加えて、AIやシステム間の相互依存や重層的な構造により、損害の責任の所在の特定が困難となってしまうことなども考えられることから、保険制度の導入や公費による基金の創設など、社会的に損害に対応するための仕組みを検討することも必要であるとしています。
4 消費者法の再編・拡充にあたって
「議論の整理」の全体を通したまとめです。少し長いですが、そのまま引用します。
まとめ
ここまで5回にわたって、2023年7月に公開された「消費者法の現状を検証し将来の在り方を考える有識者懇談会における議論の整理」を追ってきました。本文だけであれば12ページほどの報告書なのですが、消費者の脆弱性に正面から向き合う、ということを起点に、デジタル・AI時代の社会のガバナンスの在り方を問うという大きなチャレンジがなされています。
議論の詳細にご関心がある方は、この「議論の整理」の参考資料として、その背景にあった議論(議事録)をまとめた資料(「消費者法の現状を検証し将来の在り方を考える有識者懇談会 参考資料」全105ページ)も公開されていますので、あわせてご覧ください。
今回の「議論の整理」を起点として、消費者委員会に「消費者法制度のパラダイムシフトに関する専門調査会」「消費者をエンパワーするデジタル技術に関する専門調査会」といった会議が設置され、新たな議論が始まっていることは初回に述べた通りです。いずれもまだ始まったばかりではありますが、次稿では、それぞれどのような議論がなされているのか、覗いてみようと思います。(続く)
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