消費者政策の新展開を読み解く~消費者法の「対象」を捉え直す~【全3/7回】
前回まで、「消費者法の現状を検証し将来の在り方を考える 有識者懇談会における議論の整理 」の検討背景や「1 消費者法で何を実現するのか」を見てきました。
ごく簡単にまとめると、デジタル化の浸透により、消費者が合理的な意思決定を行うことが容易でなくなった現実(消費者の「脆弱性」)を受けとめ、消費者の「幸福」を実現するためには、消費者法制の在り方のみならず、インセンティブ設計や消費者の側に立ったテクノロジーの活用などを含めた社会のガバナンスを再構築していく必要性が指摘されています。
今回は、これに続く「2 消費者法の対象主体とその考え方」を見ていきます。
今回のポイント
消費者の幸福を実現するための消費者法制度という観点から、「消費者」の概念を、生活の主体(生活者)としてより拡張する必要がある。また、金銭を払う「消費」のみではなく、時間や注意を費やすこと(アテンションエコノミー)も射程に入れる必要がある。
「事業者」については、消費者の脆弱性を意図的に悪用しているのか、結果的に脆弱性を引き出してしまったのか、といった異質性、悪質性をグラデーションで捉え、規律を考える必要がある。
消費者に関連して、消費者の意思決定に依拠する者(例えば親の意思決定の影響を受ける子ども)も考慮する必要がある。また、取引の場(基盤)を提供するプラットフォーマーも射程に入れる必要がある。
ハードローのみに依存しない、社会としてのガバナンスを機能させるため、国(行政)、消費者団体、事業者団体にも機能の拡充や役割の拡充が求められる。
2 消費者法の対象主体とその考え方
ここでは、消費者法(というより、消費者の幸福を実現するための社会のガバナンス全体と捉えるべきかと思います)の対象となるステークホルダーと、その役割の検討が行われています。
(1)消費者概念の再考
まず、その中心となる消費者について、以下の3点を論じています。
・消費者法が捉えるべき「消費者」
・消費者の脆弱性への対応
・「金銭を支払う人」としての消費者以外の「消費者」
消費者法が捉えるべき「消費者」については、従来、事業者との対比において、事業活動を担っておらず、相対的に劣位な立場にある自然人として捉えられてきました(双方が事業活動を行っている場合の取引関係上の格差等への対応については、競争法の射程とされています)。
しかし、消費者の「幸福」の実現を消費者法の目的とするのであれば、これでは不十分であり、生活空間における主体、生活者としての消費者像を考える必要性があると指摘しています。
この拡張により、事業者との対比による劣位性のみならず、生活者としての消費者が固有に有する「脆弱性」をも消費者法の射程にしていくことが必要であると論じられています。
そこで課題となる消費者の「脆弱性」については、消費者への脆弱性への対応として、従来の強い消費者像を前提とした消費者法の限界を指摘しています。
すなわち、十分な情報と判断の機会が与えられれば、消費者は合理的な意思決定が可能であるという前提(「強い消費者」)を置くのではなく、情報を与えられてもなお不合理な意思決定や行動をしてしまうという「脆弱性」を有するのが現実の消費者像であり、これに正面から向き合って対応を考えていくことが必要だと述べています。
その際、「脆弱性」にも様々な種類や背景があることを踏まえて、それぞれに必要な対応を検討する必要があること、その対応が行き過ぎた介入や過干渉になりうる可能性にも留意すること等をあわせて指摘しています。
また、 「金銭を支払う人」としての消費者以外の「消費者」として、いわゆるアテンション・エコノミーについても考慮すべきであると指摘しています。従来、消費行動は対価として金銭を支払うものとして捉えられてきましたが、デジタル化の進展、スマホの普及などにより、消費者の時間や関心・アテンションを対価とする取引が急速に拡大しています。
アテンションを取引する「消費者」も対象として、消費者法制の在り方を検討していくことが必要となります。
(2)事業者の多様性の考慮
続いて、事業者についての議論として、悪質性の度合に応じた対応の必要性を指摘しています。事業者の中には、意図的・積極的に消費者の脆弱性等を利用し、消費者被害を発生させるような悪質な事業者が存在します。
一方で、そうした意図はなく、むしろ消費者被害の防止等にも積極的であるものの、結果的に消費者の脆弱性を惹起させてしまい、消費者被害を起こしてしまうようなケースもあります。
これらを消費者被害の発生という結果のみで評価するのではなく、事業者の性質に応じたグラデーションのある規律とすることが必要です。具体的には、事業者の悪質性を事前と事後の二段階で評価すること、民事ルールや事前規制に反応しないような悪質性の高い事業者に対しては刑事規制も含めた対応が必要であることなどを指摘しています。
規制の一律な厳格化ではなく、こうした多様性を考慮した対応により、優良な事業者を萎縮させず、悪質な事業者には適切に対処していくことで、消費者法に対する事業者の懸念や抵抗感も軽減させうると述べられています。
(3)対象主体の広がり
さらに、消費者概念や消費者法の目的の拡張に伴い、消費者法の射程とすべき主体が広がりうることについて指摘しています。
まず、取引当事者である消費者に依拠する者として、取引当事者である消費者と生活を共にし、自身の生活をその消費者に依拠している者の「幸福」や利益の実現も消費者法によって考慮する余地があると論じています。典型的な例として、未成年の子どもをあげています。
加えて、取引当事者ではないものの、取引に影響を与えている主体として、取引基盤(プラットフォーム、決済機能等)提供者、情報・広告提供者を視野に入れて制度設計を行うべきと指摘しています。
こうした主体の中でも、特に消費者の意思決定に強い影響力を有する者に対し、健全な取引を促進するための対応を検討していく必要性があるとされています。
また、近年拡大しているCtoC取引について、それ自体を消費者法で規律することは考え難いとしつつも、プラットフォームに対する規律により、消費者の保護や取引の適正性を確保すべきとの考えも提示しています。
(4)国(行政)の役割、事業者団体や消費者団体といった民間団体の役割の再考
最後に、国や民間団体の役割についても論じています。
国(行政)の機能拡充の必要性としては、
・伝統的な規制者としての役割
・消費者取引における消費者の合理性を回復し取引行動を支援する支援者としての役割
・消費者取引の際に必要な情報の基盤を確保するトラストアンカーとしての役割
の3点をそれぞれ拡充する必要があるとしています。
伝統的な規制者としては、縦割りの排除や規制権限の統合的な執行といった規制のスマート化に加えて、例えば、消費者団体や事業者団体と協働して契約条項の評価・勧告を行うことや、事業者が法や制度を遵守するインセンティブの設計を行うことなど、規制のソフト化とそのための国の役割の拡充の必要性を提示しています。
支援者としての役割については、消費者の脆弱性やこれにともなうリスクをカバーするための仕組みを構築し見える化することや、必要な情報発信を行うこと、さらに、消費者の合理性回復に資する技術を実装する事業者を支援することなども国の役割となりうると指摘しています。
トラストアンカーとしての役割については、情報過剰社会において、情報発信主体の信用性の担保や、情報発信者の真正性を確認するような役割を積極的に担っていくことの必要性を指摘しています。
民間団体の役割としては、まず、消費者の脆弱性に着目し、消費者の概念を生活者としての消費者にまで拡張していくに際し、法や制度(国)による介入が過度になることへの懸念を指摘しています。このため、民間団体を含むマルチステークホルダーでの対応により、ハードローによる規制を抑制的に用いていくことが必要だとされています。
そのうえで、消費者団体については、従来契約によって規定されていた取引内容が、技術やシステムにより実質的に規程される場面が増加していることを踏まえ、契約条項のチェックのみならず、プラットフォームの監視や評価の役割を担うことが考えられるのではないかと指摘しています。
こうした役割を担うことを射程に入れた適格消費者団体(制度)の在り方、必要なリソースを備えた新しい消費者団体の在り方を検討し、その実現を支援していくことが必要とされています。その際、現状においてデジタルサービスやサイバースペースに対応した消費者団体が不在であること、また、新たな役割の担うことに伴いその正当性の確保など社会的な要請も高まることなど、いくつかの懸念や課題も指摘しています。
事業者団体においては、個々の事業者では対応困難な事象に対し、横断的なガバナンス機能を積極的に担うことが必要だとされています。契約条項の適法性を事業者団体が積極的に評価・勧告する仕組みを設けることで、規制のソフト化(ハードローによる介入の低減)が可能となると指摘しています。
さらに、デジタルサービスデザインの専門家の団体や、高齢者のケアサポートの団体など、消費者団体・事業者団体以外の団体を消費者法・制度・政策の枠組みに取り込んでいくことも検討すべきであるとされています。
ここまでのまとめ
消費者の「脆弱性」に正面から向き合い、消費者の「幸福」を実現する社会のガバナンスを実現するためには、消費者の概念を生活者にまで拡張する必要があること、また、国や関係団体の役割を拡張し、マルチステークホルダーでのガバナンスを機能させることが必要であることが指摘されています。
特に、デジタルサービスやプラットフォーマーに対する監視や評価といった役割を、消費者団体を含むマルチステークホルダーで担うことができるのか、事業者やプラットフォーマー自身を適切に巻き込むことができるのか、といった点は大きなチャレンジになるのではないかと感じています。
議論はいよいよ、これらの議論を踏まえて「消費者法に何が必要か」という核心に近づいていくわけですが、やはり長くなりましたので稿を改めることにします。(続く)
<このシリーズの過去記事>