マガジンのカバー画像

短編小説

13
運営しているクリエイター

記事一覧

『アップルパイ』(短編小説)

『アップルパイ』(短編小説)

(あらすじ)
 夫は無類のアップルパイ好き。それはどうやら、昔の彼女に訳があるようで...アップルパイと初恋をめぐる小さな物語。

**『アップルパイ』 上田焚火 **

「あなたって、どうしてそんなにアップルパイが好きなの?」

妻にそう言われて、確かにそうだ、と私は思った。

その日は誕生日で、目の前にはショートケーキじゃなくて、アップルパイがあった。

銀色のアルミの皿に入っているホールのア

もっとみる
『二番目の女について』(短編小説)

『二番目の女について』(短編小説)

(あらすじ)
 彼女のつき合う男たちには、いつも本命の女たちがいた。今度こそは本命の女になれる、と思った矢先......二番目の女がもたらす奇跡とは。

    『二番目の女について』 上田焚火 

「実は結婚しているんだ」
 と男に言われたとき、やっぱりそうか、と彼女は思った。男はベッドから起きあがると、ベッドサイドの照明をつけようとした。
「やめて」と彼女は小さく言った。
「タバコが吸いたいん

もっとみる
『ナンとインドカレー』(短編小説)

『ナンとインドカレー』(短編小説)

(あらすじ)
 高校時代に友人だった男と女が再会する。過去にそれぞれ引きずる愛を持つふたり。インドカレーとの関わりが、ふたりの愛をいやしていくことに...

『ナンとインドカレー』 上田焚火

 なぜかわからないが、インドのカレーを食べると高揚する。

 香辛料のせいなのだろうか。無意味な力が体の底からわき起こってくるのだ。もしインドのカレーを食べていなかったら、彼女とあのようなことにならなかった

もっとみる
『おさがりの赤い自転車』(短編小説)

『おさがりの赤い自転車』(短編小説)

(あらすじ)
姉からゆずり受けた赤い自転車が、大嫌いだった……自転車と友達、まだ僕らが何者でもなかった頃のコンプレックスをめぐる小さな物語。

『おさがりの赤い自転車』 上田焚火

 小学3年生の時、僕は二歳上の姉から赤い自転車を譲り受けた。少し錆びた女の子用の赤い自転車。僕はその赤い自転車が大嫌いだった。

 小学生にとって自分の自転車は特別な存在だった。それは、歩いて行ける近所しか知らない僕ら

もっとみる
『雨で手を洗う』(短編小説)

『雨で手を洗う』(短編小説)

あらすじ
 三年前にわかれた彼女に偶然出会い、マンションに誘われることになった男。過去に戻ろうとする男と女のすれ違いを淡く切なく描く。

『雨で手を洗う』 上田焚火

「今はつきあっている人はいないの?」

 と彼女が訊ねてきたので、「いや、いないよ」と僕は答えた。

 だからといって、彼女と何かが始まるとは思えなかった。そもそももう終わったことだった。どうしてこんな所にいるのか、その理由をなる

もっとみる
『不思議な人』(短編小説)

『不思議な人』(短編小説)

(あらすじ)
 彼女が愛した人は、ことごとく死んでしまう。友人にそう相談され、心配になった僕だったが、状況は思わぬ方向へむかっていくことに……夫婦にとって相性とは何か?

『不思議な人』 上田焚火

「私が愛した人はことごとく死ぬの、と彼女に言われたら、お前どうする?」

 そう友人に言われて、僕は震えるほど驚いていた。友人は彼女とすでに一年ほどつきあっていて、結婚も考えているようだった。彼女はそ

もっとみる
『父に伝える』 上田焚火

『父に伝える』 上田焚火

(あらすじ)仕事がうまくいかない男は、彼女に結婚を切り出せない。だが、父の危篤の知らせを受けて、男の心に微妙な変化が生まれる。父と息子それに彼女。3人の間に小さな奇跡が起こる。

『父に伝える』 上田焚火

「お父さん、あなたが来るのを待ってるみたいなの......」
 母からの電話だった。

 腕時計を見ると六時十七分だった。

「今、そっちは何時?」と私は母に訊ねた。
「今?今は......深

もっとみる
『100個のお願い』(短編小説)

『100個のお願い』(短編小説)

(あらすじ) 結婚したとき、夫婦はそれぞれ100個のお願いを紙に書いて、箱に入れた。誕生日には、その箱からお願いを一つだけ引いて、相手の願いを叶えてあげるのだ。夫婦にとって、願いごととは……

『100個のお願い』 上田焚火

 結婚した日、夫婦は一つの取り決めをした。

 それはお互いの誕生日にお互いのお願いを一つだけ叶えるというものだった。ただしそのお願いはクジ引きによって決められる。

 二

もっとみる
『君の夢を見る』(短編小説)

『君の夢を見る』(短編小説)

(あらすじ) 彼がやってくる日、私は必ず彼の夢を見た。別れて三年たったある日、私は久しぶりに彼の夢を見る。彼がやってくる。だが、今の私には夫も子供もいる……失われた愛の物語。

 夢の中に、以前つきあっていた彼が出てくるようになった。それは彼が私に会いたがっている証拠だった。

 普通に考えたら、私の方が彼に会いたいから、夢を見るように思えるのだが、そうではなかった。なぜだか彼が会いたいと思うとき

もっとみる
『幽霊と住む部屋』(短編小説)

『幽霊と住む部屋』(短編小説)

(あらすじ)
同棲した彼女が出って行ったあと、部屋に女の幽霊がいることに気が付いた。奇妙な同居生活は、傷ついた僕の心を癒してくれるのだが……

幽霊が部屋にいることに初めて気がついたのは、香里が出ていった後のことだった。すでに彼女の荷物は持ち去られていた。

 僕は半分になった本棚を見つめた。残された本は支えを失って、ドミノのように倒れていた。今までは隙間なく詰め込まれていたのに。

 支えを

もっとみる
『秋刀魚の苦味』(短編小説)

『秋刀魚の苦味』(短編小説)

(あらすじ)姑の葬儀でも母は泣かない。姑の入院中に母は積年の恨みを晴らしたようだ。一体どのような方法で?気になった息子の僕は、母にそのことを尋ねると、意外な方法を知らされることに……

 祖母が入院した日、
「やっと思い知らせてやる日が来たの」
 と母が僕に言った。

 祖母である姑との不仲は、僕だけでなく家族中の誰も知っていることだった。今までさんざん母をいびり倒してきた姑が、重篤な病気にかかり

もっとみる
『眠れない夜を』(短編小説)

『眠れない夜を』(短編小説)

(あらすじ)眠れない夜は、きまって昔つきあっていた彼女のことを思い出す。それは私にとって、大切だが、決して思い出したくない苦い記憶だった。どんな人生にも意味はある。私はすこしずつ大人になろうとしていた。

眠れない夜は、きまって昔つきあっていた彼女のことを思い出す。

 なぜなんだろう。私はひとりベッドで寝返りを打ちながら考えていた。

 私は不眠症ではない。だから眠れない夜といっても、一年に何度

もっとみる
「おお、わが総統!」短編小説

「おお、わが総統!」短編小説

《あらすじ》近未来、その国はO型とA型の人たちによって支配されていた。彼らはB型を憎み、絶滅させようと計画する。ある日、リーダーである総統が、何者かに狙撃される事件が勃発して…(SF.ショートショート)

「どけ、運転を代われ!」

いてもたってもいられなかった。運転手が降りると、私はすぐに後ろの座席から飛び出して、ハンドルを握った。

「長官、病院の場所はこちらになります」

運転手が窓から地図

もっとみる