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俺の日記(4) 上野「ぽん多 本家」のタンシチュー

#おいしいお店

「うどん暴威さんのおすすめのスポットや店を書いてほしい」

はてなブログの頃から3年以上個人投資家(大半が『Mr.逆神』岐阜暴威)のゴシップを書いてきた俺に、購読者からこんなリクエストがあった。
ついに己のライフスタイルや趣味趣向を求められるステージまでこれたかと少し感動だ。気分は都市生活の達人ないしプチ文化人だ。
憧れのブルータス誌から万世橋の常陸野ブルワリーで赤ら顔でインタビューを受ける日も近い。

さっそく溜めに溜めたプライベートネタを放出したのだが、いざその時が来ると悩むものである。
「巨人への愛憎25年」とか「ゴジラシリーズ私的ベスト5」とか「サッカーゴールキーパーマニアが選ぶ思い出のビッグセーブ」みたいなマニアックネタを最初からぶちこもうとする悪い癖が俺にある。
そんなことしようものなら多分大抵の人はウェー!!と引いてしまうだろう。前回ラブホ評論書いた分際で今更遅いと怒ってる人がいたらごめんなさい。

色々考えた結果。まずはオススメのグルメを紹介したい。グルメネタは安パイだが誰も傷つけない。ありがとうグルメ。

お気に入りの店は多い。
その中で今回紹介するのは上野にある「ぽん多 本家」だ。

俺のある料理に対する概念をひっくり返した、有名洋食屋である。



俺は『山中でヒクソングレイシーを倒せる男』『ダチョウ俱楽部の添え物』寺門ジモンのファンである。
滑り芸人とか危機管理コーディネーターとかスニーカーマニアとか様々な顔を持つジモンだが、なんといっても彼は芸能界屈指の食道楽である。
こと肉に関しては極めたい気持ちが強すぎて家畜商の資格まで持っている。多趣味な男といえば他に所ジョージがいるが、俺は世田谷で所さんに会うより寺門ジモンと山にもぐりたい。

そんな師が「ここのタンシチューは飲める!」と絶賛したのがぽん多のタンシチューである。
それほど柔らかく、トロトロなのだ。



上野は都内でよく行く街の一つ。
その割に飲食店は焼肉ライクか六厘舎、あとはごく稀に精養軒程度しか利用していなかった。これでは上野の街を知ったとは言えない。

2022年8月19日。
有名な店だと混んでいるだろうと昼営業終了ギリギリの13時20分過ぎを狙ってぽん多に出向いた。丁度お盆時期なので一層警戒せねばならない。
ジモンは「美味いタンが食いたければ11時には店に行け」と熱弁していたが、俺は師のように焼肉屋に2時間並ぶ体力がないのだ。

当時、俺は大江戸線の某柳町駅近くに住んでいたため上野御徒町まで10分程度で行けた。ここから大抵は地下通路を通って上野公園側に行くのだが、今日は逆方向。
上野松坂屋傍のA1出口から出て南に2、3分歩く。

見えてきたのは大きな木の扉。1階部分に他に窓はない。
ここがぽん多だ。



外から中の様子が見えない店は緊張する。
もし扉を開けて中に人が一杯だったらどうしようと思うと足が止まってしまう。
しかしこの日は何も食べておらず空腹も限界だ。

意を決して扉を開けるとすぐに厨房が見えた。店内は空いている。
厨房越しにはカウンターが4、5席。
貴婦人が一人食事をしている以外は空いていた。

ジモンが食っていたのはおそらく2階の広間の方だろう。
出来ればそちらに行きたいのだが、店員からは目の前のカウンターを案内された。

ラーメン屋ではテーブル席の方が緊張するが、このような洋食店だとカウンターの方がソワソワしがちになる。箸の持ち方が少し悪いだけで出ていかされそう、と勝手に身体をこわばらせているだけで店はなにも悪くない。

気を取り直してメニュー表を開くと、やっぱり高い。
いや、想像していたより高い!
お目当てのタンシチューに関しては5000円オーバーだ。

銀座の名洋食店「煉瓦亭」に行くときは5000円を懐に入れた状態にしているが、ここは煉瓦亭以上の価格帯。
上野だからと軽く見ていたが甘かった。

「残念だが今回は安めのフライ系で・・・」と思ったが、よく考えたらぽん多は煉瓦亭と違う点があった。
カード払いが出来るのだ。これは助かった。

そうと決まれば話は早い。店員を呼ぶと「タンシチューと白ご飯セットをお願いします」と告げた。
ぽん多は500円で白ご飯・味噌汁・お新香が3品つく。冷静に考えたら高いが、タンシチューがエグゼクティブすぎて店内で見ると超お得に感じるのだ。

料理を待つ間、シチューに関する苦い思い出がよみがえってきた。
それは神戸の名店『伊藤グリル』に行ったときのことである。

伊藤グリルのビーフシチュー、と言えば観光雑誌でも取り上げられる程の名品。
洋食屋の多い神戸でも特別な地位にある店だけにかなりの期待値を持って食べに行ったのだが、出てきたのは俺の感覚ではステーキだった。
ステーキにちょろ~んとソースがかかっていた。


HPにも書いているように、ビーフシチューというのはスープ系の料理ではなく固形物が主役なのだ。ソースのかかったステーキをビーフシチューと呼んでも問題はないのだ。
ただ親の作る汁が一杯のジャンクなビーフシチューに舌がすっかり慣れてしまっていた。
本格的なビーフシチューの前に「うーん、思ってたもんとちゃうな・・・」と微妙な感想のまま店を出たのである。

あれから数年。今度こそ俺の舌は繊細な味をキャッチできるのだろうか。

少し待っていると大皿に運ばれてタンシチューがやってきた。
おお、なんてド迫力だ。


海台のようなタン!!


今まで焼肉屋で食べていた細切りのタンとはなんだったのか。
誰の目から見てもこの料理の主役が分かるだろう。これはどえらいものを頼んでしまった。

一緒に来たライスも茶碗に盛られていて風情がある。
洋食屋だから米はナイフとフォークで食わないと、という妙なプレッシャーを感じなくてよい。
味噌汁も赤出汁でGOODだ。期待に胸が高鳴る。


ビールを頼めばよかった

さっそくフォークでタンに切り込む。

ムニュニュ。

力を入れる間もなくタンは切断された。
寺門ジモンは豆腐といったが、俺が例えるなら究極に煮込まれた角煮だ。とにかく柔らかい。

ソースがタンにべっとりとついている。このまま米をかっくらいたいが、まずは単品で食べてみよう。

口に端を含むとモノの5秒で溶けた。

おおっ!?溶けた!!

固形物が溶ける、このあり得ない現象。
それも、トロを食べた時と比べ物にならないくらいの感覚。
今まで食べてきたものとは違う、唯一無二の味。

まさに、このタンシチューは飲める。

サイドに置かれているニンジンとポテトもいいアクセント。
タンを食べる合間に挟むといい気分転換になる。

特にニンジンが最高だ。
イメージしていたビーフシチューのニンジンは輪切り。
しかしこの細切りニンジンはソースが絡み、これだけで単品で出せそうだ。

一口ごとにシチューの概念がぶち壊されていく。これは5000円出す価値のある一品だ。

・・・・ところがタンシチューを半分くらい食べたところで俺の身体に異変が起き始めた。
段々、胃の上の方に疲労感が出てきたのだ。

まさか。
そのまさかである。腹が一杯になってきたのだ。

白米や味噌汁もガシガシかき込みつつ、超トロトロのタンを間髪いれず体内に流し込む波状暴食行為に消化機能が間に合っていないのだ。

これでビール頼んでいたら更に窮地だっただろう。ナイスプレイだ。

この食事半分でいきなり腹が膨れる現象はラーメン二郎で起こる。
二郎の数倍するタンシチューで同じ現象が起きるなんてちょっと悲しいが、それだけタンが濃厚なのだ。次は単品で頼むか複数人で来よう。

なんと米も食べきり、あとはタン一切れ。
少し休憩してからじっくりとたいらげよう。

すると店員が俺の傍らによってきて、お皿を指しながらなにやら告げてきた。よく聞き取れなかったが、時計を見ると昼の部終了が近づいている。
ラストオーダーの有無、もしくはお皿を下げるサインなのだろう。

「はい、お願いします」

そう告げると店員は厨房の方へと消えていった。

もしかして伝票を持ってきてくれるのかな。

ところがよく見ると机の上にはすでに伝票があった。
じゃあ食後のコーヒーサービスか?

1分後、店員の手にはこんもりと盛られた茶碗があった。

しまった!あれはご飯のお代わりを聞きにきていたのか!!

しかし、よく分からないものを聞き返さず適当に返事した俺に責任があることは明白。

腹は一杯なのに目の前にあるのは茶碗とタン一切れ。味噌汁もお新香も食べてしまった。

少しのおかずで大量の米を食ってきた者としても、流石にタン一切れでは心もとない。
そういえば、お皿の中で唯一手を出していない謎の黒い物体があった。


これ


これはゼラチンボールなのか、ピータンなのか、もしかして調理過程で出たタンの脂肪分の塊か。
これを有効活用したら米は食えそうだ。胃袋にはもう少しだけ頑張ってもらおう。

黒い物体にフォークを突き刺した。

ブニュ。

この弾力・・・とても嫌な予感がする。

恐る恐る黒い物体をひっくり返してみると、裏面は白系統の色をしていた。
何本か筋の様なものも見える。
まるでキノコだ。

いや、これはキノコだ。

しかも俺が地球上で一番憎んでいるシイタケじゃないか。

カウンターで俺は絶望した。
まさか茶碗を目の前にして絶望するとは思わなかった。

これはいよいよタンで無理矢理食い切るしかないのか。

その時、寺門ジモンのあるワンシーンが蘇った。

「本当はこんなことやっちゃだめだよ」by寺門ジモン


ジモンはタンシチューのソースに砕いたタンを混ぜ込み米にかけて食べていたのだ。
そうだ、この食い方をまだしていなかった!

さっそくタンを崩しにかかる俺だったがタンは手ごわい。スプーンでペチペチ叩いてもこういう時に限って型崩れしない。

仕方なく俺は最後のタンを食べて、余ったソースをスプーンですくい次々と米にぶっかけた。

こんな高い店で汁ご飯してるよ!!

背徳感にゾクゾクするが仕方がない。
本当ならスプーンで米をかきこみたかったが、箸を使ったのはせめてもの美意識だったのだろう。

最後の方は食を楽しむというより作業になってしまったが、なんとか完食。

カードで支払って名店ぽん多を出たのであった。

これだけ胃を虐めたのだから、この日の夜は軽く食べて終わりなのが普通。
しかし見返すと夜は新宿の満来ラーメンで納豆ざるラーメンを食べていた。太るぞ!



俺の衝撃的タンシチュー体験はこうして終わった。
あれから1年以上経つが、実は2回目の来店をしていない。

時折、あのタンシチューが無性に食べたくなってくる。
他の洋食店でシチューと名のつくものは頼まなくなった。
シチューといえばぽん多のタンシチューと脳の構造が書き換わってしまったからだ。

だからこそ、2回目に行ってみてタンシチューが以前と違う印象だった時の「あれっ?」という瞬間を味わうのが怖いのである。

しかし、俺が何回も行っている店は全てその恐怖心を乗り越えてのもの。
ぽん多のユーザーになるには恐怖をいつかは乗り越えなければならないのだ。

幸い、ぽん多は他にも名物メニューがある。
カキフライだったりカツレツだったり、どれもハイレベルだ。

今度はそれらを目的に行きながら、タイミングをみて口の中で雪のように消えていくタンシチューにまたトライしてみたい。

そして、米のおかわりはきっぱり断る事にしよう。



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