矢野宏の平和学習 10「なぜ戦時災害援護法にこだわったか」
uco 前回まで矢野宏さんには、大阪空襲訴訟を通じて、戦争被害が市民生活に与える影響について、お聞きしてきました。
戦争被害については、空襲による死傷、家財の喪失、家族離散や戦争孤児を生み出すこと、また戦争被害を受け方の心の傷などは一生続きます。政府として、あるいは自治体として、市民生活を守るという観点から考えると、いろいろな補償を前提とした、法的な枠組みをつくっておかなければならないのではないでしょうか。
大阪空襲訴訟では、市民を守るということではどのような視点で行われたのでしょうか。
矢野 この裁判(大阪空襲訴訟、東京大空襲訴訟も同じですが)では、基本は憲法第14条です。民間の空襲被災者には補償がない。一方で軍人、軍属とその遺族は50兆円の補償、救済がある、と。これは明らかにおかしいじゃないか。憲法第14条で謳っている、国民はすべて法の下で平等である、これに違反しているのではないか、と訴えを起こしました。
そして、東京大空襲訴訟も、大阪空襲訴訟も上告棄却というかたちで敗訴しました。ただ判決の中で、これは司法の問題ではなく、立法、そして行政が贖わなければならない、補償しなければならない、ということを提示しました。それから国会議員の人たちも、自民党から共産党まで、この問題に関心を持つ議員たちが、超党派の議員連盟をつくって、この救済に対して今も動いていますが、厚生労働省など、お役所の壁は厚くて、法律をつくるところまではいっていないのが実情です。
「戦時災害援護法」は、これまでお話しした杉山千佐子さんや安野さんたちが呼びかけて、制定を目指してきましたが、これは別の名前で、いま法律案としてあがっています。内容的には同じです。民間空襲被災者についても補償してください、という法律です。ただ、いまどういう内容かというと一時金、けがをした人だけ。親を亡くしたり、家・財産を失くした人には補償なし。けがをした、障害を負った人にだけ一時金として50万円を渡しましょうということです。だから謝罪じゃない。謝罪じゃないということは反省していない、またやりかねないということです。
だから、民間の人たちが守られる法律をつくらないと、またやりかねない。なぜ安野さんたちが戦時災害援護法にこだわったか。もうお年ですから、お金が欲しいわけではない。こういう法律をつくると、国はもし戦争を行った時に、民間の、一般の人たちにも補償しなければならない。その額は相当なものです。だから二の足を踏むだろう、と。もし戦争に向かっていこうとした時、「戦時災害援護法」のような法律があって、市民に補償しなければならないとしたら、二の足を踏んでくれるのではないか、という思いで、闘ってこられました。残念ながら、まだ今のところ認められてはいません。
uco いまロシアのウクライナ侵攻という現実があるので、日本が侵攻、侵略を受けるのではないか、と声高に言う方もおられます。実際、何らかのかたちで軍事的な争いを起こすのか、起さないのか、という瀬戸際の部分で、どれだけ法律で縛られて、そういういろんな考えに政治家がいたるのか、という部分が必要だということですね。
矢野 だから「戦時災害援護法」のような法律があるのとないのとでは、政治家は(考える上でのスタンスが)違うと思います。政治家の役割は、国会議員も地方議員も同じだと思いますが、そこに住んでいる人たちの命と財産を守ること、それがすべてだと思います。だから戦争は絶対やってはいけないし、国民を巻き込んではならない。そういう歯止めになる法律はいくつあってもいいんじゃないかと思うし、それがなければ、いま憲法9条を骨抜きにしようと考えている現状ですから、歯止めとなる法律が絶対に必要だと思います。
uco 大阪市の過去の行財政のことを講座としてやっていますが、昭和14年、15年ごろになると、地方財政が国家財政に組み込まれていく。そして自治体そのものが国の政策に従わざるを得ないという状況が戦前はあったわけです。
現在において、地方自治体と国との関係は、戦前のそれとはずいぶん変わってきていて、地方自治体でさえも、地域の住民の生活、安全を守るという意識をもっと高めて持っておかなければならないと思っています。今回の「平和と人権」という問題は、単に人権の問題だけではなくて、地方自治として、住民自治として、住民と行政が単なる災害だけではなくて、戦災などを含めてどのようにして守っていけばいいか、もっと突き詰めて考えていくべきではないかと思っています。
矢野 戦争は国が起すものですから、やはり国会議員の責任は大きいと思います。そして国政に参画している政治家、そして官僚たちの責任は大きいと思います。じゃ、地方は何もしなくていいのかというと、そういうことではないと思います。そうした国家の暴走をチェックする、止めるのも地方の役割でもあるわけです。だから戦前・戦時中とは違った国と地方の関係をつくったわけですから、地方の政治家たち、役人たちがどんな思いで今の戦争について眺めているのか。他人事であってはいけないと思うし、われわれも、地方の議員たちの後押しするというか背中を押す、監視する目が必要だ思います。
uco 地方自治体も、その地域をどのようにして守っていくのか、という観点に立って、食料問題であったり、あるいは防災面などにも注力してもらわなければならないということですね。
矢野 今回のコロナウイルスの感染が、見事に表れてきたんじゃないですか。地方がどういう政治をしてきたのか、これまでも含めて。大阪なんかは、日本一のコロナ死者数を出したわけです。その反省もなく、いままた他人事のようにカジノや万博と騒いでいますが、本来ならばそうしたお金もきちんと大阪府民・市民のために使う、わたしがほんとうに幸せになるために使う私たちの税金だと思います。いま投機してますよね、博打に金を出しているような。これは許せないと思いますね。
uco これまでのお話を俯瞰して、地方自治体、政府、国民・住民という視点から、平和について、市民生活についてどう考えていくかということについてお話を伺いました。
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